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第2巻第1章 バニスターとキサラギ亜人王国
ドワーフの里との交渉
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「はじめまして、ジョセフさん」
「あなたは――――」
マヤが留守にしている間、キサラギ亜人王国の運営を任されているジョセフは、仕事を始めようというタイミングで、見知らぬ女性に声をかけられた。
「私はレオノル。旅の者です。ここに亜人の国ができたと聞きまして」
「ええ、確かについ最近できましたが……」
ジョセフはまだ自覚していないが、すでにジョセフはレオノルの虜になっている。
自覚する間ものなく魅了するのがレオノルの本来のやり方なのだ。
「私は人間の国で魔法使いとして働いていたのですが、やはり亜人ということでどうにも馴染めず各国を転々としていたのです」
そう言って、レオノルはフリルに飾られた闇色のローブのフードを外した。
レオノルに魅了されているジョセフには、その何気ない仕草すら艶めく映ってしまう。
「その耳は……」
「ええ、私もエルフなのです。それで、どうでしょう、私もこの国に入れてほしいのですが……」
きっと、エメリンがいれば止めていただろう。
マヤがいれば、ジョセフがレオノルに魅了されていることがわかったかもしれない。
しかし、今はそのふたりとも、ジョセフの近くにはいなかった。
レオノルはそのタイミングを狙ってやってきたのだから当然である。
「もちろんです」
「ふふっ、あなたならそう言ってくれると思っていました。改めてよろしくおねがいしますね、ジョセフさん」
レオノルが差し出した手に、ジョセフはなにかに操られているように手を伸ばすと、その手を握った。
「ええ、こちらこそよろしくおねがいします」
冷静に考えれば、なぜ突然やってきたレオノルがジョセフの顔と名前を知っていたのか、とか、初めて会ったはずなのに改めてよろしくおねがいしますと言うのはおかしいのではないか、とかおかしなところだらけなのだが、ジョセフはそれに気がつくことができなかった。
(相変わらず簡単な男……同じエルフとして、情けないったらないわね……まあ、私が言えたことじゃないけれど……)
魅了の魔法を完成させる条件である、対象者から術者への接触を難なく達成し、レオノルはジョセフを手中に収めたのだった。
***
「セルヒオさーん」
セルヒオとの交渉から1ヶ月後、マヤとオリガ、カーサの3人は再びセルヒオと交渉すべく、今度は直接里長の屋敷を訪れていた。
「こんにちは、マヤ陛下。わざわざお越しいだだいかなくても、ご連絡くださればこちらからお迎えに上がりましたのに」
「いやいや、そこまでしてもらわなくて大丈夫だよ。それより、今日の話はここでいいかな?」
「ええもちろん。良い取引ができることを祈っていますよ」
「多分満足してくれると思うよ」
「楽しみです」
マヤたち3人は、セルヒオの案内で屋敷の中に入ると、応接室らしき部屋にたどり着いた。
流石にエルフの村やヘンダーソン王国でも高級家具の作り手として知られるドワーフの里だけあって、室内の家具はどれも一級品だった。
全員が席につくなり、セルヒオが話し始める。
「それで、我々がキサラギ亜人王国に加入した際のメリットはご用意いただけましたか?」
「うん、セルヒオさんが考えているのとはちょっと違うかもしれないけど…………」
「と、言いますと? 思いつくところでは、金銭的なメリットはない、ということでしょうか?」
「流石に察しがいいね。その通りだよ」
金銭的に旨みがないことを素直に認めるマヤに、セルヒオは怪訝な表情を浮かべる。
「それでは、我々としてはあなたの国に加入する理由はないと思うのですが?」
「まあ待ってよ。それ以外のメリットをちゃんと用意してるから」
マヤは、ドワーフが作った武器を、キサラギ亜人王国で整備中の精鋭部隊の装備にすること、一流の使い手に使われることは武器職人たちにとっては嬉しいのではないか、ということを説明した。
「なるほど……確かに一理ある気もしますが……」
マヤの提案に、セルヒオは難しい表情になる。
マヤに提案はわかりやすい利益を示しているとは言えない。
セルヒオが、悩むのも仕方がないことだった。
「だめかな?」
「いえ、駄目ではありません。おそらく、ですが……」
「じゃあ加入してくれるってこと?」
「そうとも言い切れません」
「じゃあどっちなのさ」
「私は自分で物を作ることから離れて久しいのです。自分が作った物が一流の人に使ってもらえれば嬉しい、という気持ちはわかりますが、それが現役のドワーフの職人たちもそうなのか、それがドワーフたちの支持を得られるほどの理由になるかわからない、というのが正直なところです」
「なるほどね。じゃあさ、まずは試してみてもらうってのはどうかな」
「試す、というと?」
「とりあえず、うちに精鋭部隊の武器をこの里の職人が作った武器にするから、それで職人さんたちの反応を確認するってことでどう?」
「キサラギ亜人王国としてそれで問題ないんですか?」
マヤはセルヒオに言われて、隣のオリガの方を見る。
「問題ないんじゃないですか? この里に武器の供給の全てを依存するのは危険な気はしますが、いずれうちに加入してくれるということであればそれでも問題ないでしょうし」
「カーサはどう思う?」
「ドワーフの武器、は、どれも使いやすい、から、みんな喜ぶ、と思う」
「ってことらしいから、大丈夫だと思うよ」
「ではそうさせていただきましょう」
「じゃあ決定だね。さっそく今日武器を買って帰るよ。ねえねえ、ちょっと安くなったりは……」
「それは今後の実績次第で考えさせていただきましょう」
「えー、けちー」
「商人ですから」
マヤたちはその日、国の予算を使って、とりあえず精鋭部隊の候補生全員分の武器を買って帰った。
「あなたは――――」
マヤが留守にしている間、キサラギ亜人王国の運営を任されているジョセフは、仕事を始めようというタイミングで、見知らぬ女性に声をかけられた。
「私はレオノル。旅の者です。ここに亜人の国ができたと聞きまして」
「ええ、確かについ最近できましたが……」
ジョセフはまだ自覚していないが、すでにジョセフはレオノルの虜になっている。
自覚する間ものなく魅了するのがレオノルの本来のやり方なのだ。
「私は人間の国で魔法使いとして働いていたのですが、やはり亜人ということでどうにも馴染めず各国を転々としていたのです」
そう言って、レオノルはフリルに飾られた闇色のローブのフードを外した。
レオノルに魅了されているジョセフには、その何気ない仕草すら艶めく映ってしまう。
「その耳は……」
「ええ、私もエルフなのです。それで、どうでしょう、私もこの国に入れてほしいのですが……」
きっと、エメリンがいれば止めていただろう。
マヤがいれば、ジョセフがレオノルに魅了されていることがわかったかもしれない。
しかし、今はそのふたりとも、ジョセフの近くにはいなかった。
レオノルはそのタイミングを狙ってやってきたのだから当然である。
「もちろんです」
「ふふっ、あなたならそう言ってくれると思っていました。改めてよろしくおねがいしますね、ジョセフさん」
レオノルが差し出した手に、ジョセフはなにかに操られているように手を伸ばすと、その手を握った。
「ええ、こちらこそよろしくおねがいします」
冷静に考えれば、なぜ突然やってきたレオノルがジョセフの顔と名前を知っていたのか、とか、初めて会ったはずなのに改めてよろしくおねがいしますと言うのはおかしいのではないか、とかおかしなところだらけなのだが、ジョセフはそれに気がつくことができなかった。
(相変わらず簡単な男……同じエルフとして、情けないったらないわね……まあ、私が言えたことじゃないけれど……)
魅了の魔法を完成させる条件である、対象者から術者への接触を難なく達成し、レオノルはジョセフを手中に収めたのだった。
***
「セルヒオさーん」
セルヒオとの交渉から1ヶ月後、マヤとオリガ、カーサの3人は再びセルヒオと交渉すべく、今度は直接里長の屋敷を訪れていた。
「こんにちは、マヤ陛下。わざわざお越しいだだいかなくても、ご連絡くださればこちらからお迎えに上がりましたのに」
「いやいや、そこまでしてもらわなくて大丈夫だよ。それより、今日の話はここでいいかな?」
「ええもちろん。良い取引ができることを祈っていますよ」
「多分満足してくれると思うよ」
「楽しみです」
マヤたち3人は、セルヒオの案内で屋敷の中に入ると、応接室らしき部屋にたどり着いた。
流石にエルフの村やヘンダーソン王国でも高級家具の作り手として知られるドワーフの里だけあって、室内の家具はどれも一級品だった。
全員が席につくなり、セルヒオが話し始める。
「それで、我々がキサラギ亜人王国に加入した際のメリットはご用意いただけましたか?」
「うん、セルヒオさんが考えているのとはちょっと違うかもしれないけど…………」
「と、言いますと? 思いつくところでは、金銭的なメリットはない、ということでしょうか?」
「流石に察しがいいね。その通りだよ」
金銭的に旨みがないことを素直に認めるマヤに、セルヒオは怪訝な表情を浮かべる。
「それでは、我々としてはあなたの国に加入する理由はないと思うのですが?」
「まあ待ってよ。それ以外のメリットをちゃんと用意してるから」
マヤは、ドワーフが作った武器を、キサラギ亜人王国で整備中の精鋭部隊の装備にすること、一流の使い手に使われることは武器職人たちにとっては嬉しいのではないか、ということを説明した。
「なるほど……確かに一理ある気もしますが……」
マヤの提案に、セルヒオは難しい表情になる。
マヤに提案はわかりやすい利益を示しているとは言えない。
セルヒオが、悩むのも仕方がないことだった。
「だめかな?」
「いえ、駄目ではありません。おそらく、ですが……」
「じゃあ加入してくれるってこと?」
「そうとも言い切れません」
「じゃあどっちなのさ」
「私は自分で物を作ることから離れて久しいのです。自分が作った物が一流の人に使ってもらえれば嬉しい、という気持ちはわかりますが、それが現役のドワーフの職人たちもそうなのか、それがドワーフたちの支持を得られるほどの理由になるかわからない、というのが正直なところです」
「なるほどね。じゃあさ、まずは試してみてもらうってのはどうかな」
「試す、というと?」
「とりあえず、うちに精鋭部隊の武器をこの里の職人が作った武器にするから、それで職人さんたちの反応を確認するってことでどう?」
「キサラギ亜人王国としてそれで問題ないんですか?」
マヤはセルヒオに言われて、隣のオリガの方を見る。
「問題ないんじゃないですか? この里に武器の供給の全てを依存するのは危険な気はしますが、いずれうちに加入してくれるということであればそれでも問題ないでしょうし」
「カーサはどう思う?」
「ドワーフの武器、は、どれも使いやすい、から、みんな喜ぶ、と思う」
「ってことらしいから、大丈夫だと思うよ」
「ではそうさせていただきましょう」
「じゃあ決定だね。さっそく今日武器を買って帰るよ。ねえねえ、ちょっと安くなったりは……」
「それは今後の実績次第で考えさせていただきましょう」
「えー、けちー」
「商人ですから」
マヤたちはその日、国の予算を使って、とりあえず精鋭部隊の候補生全員分の武器を買って帰った。
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