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第1巻第3章 ハーフエルフを探せ
クロエの真意
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「クロエ、どうしたんですか? 何があなたにそこまでさせるんです?」
諦めないクロエを決して怪我をさせないように追い詰め続けたオリガは、体力も魔力も尽き果て、とうとう立っていられなくなったクロエのそばに歩み寄る。
「…………」
すぐ側に立ったオリガの影の中で、クロエはうつむいて顔をあげようとしない。
話そうとしない妹に幼い頃の面影を感じたオリガは、ゆっくりと息を吐くと、静かに話し始めた。
「さっき、ジョン王子の声が聞こえてきました」
「…………」
一瞬ピクッと肩を震わせたクロエだったが、話し始めることはなかった。
「今ジョン王子とあなたがしている私達の村への襲撃は、あなたの望みだそうですね」
「っ!? ジョンちゃん……どうして……」
「ねえクロエ、どうしてこんなことをしたのか、お姉ちゃんに教えてくれない?」
オリガは昔クロエと話していた時の様に、優しくクロエに呼びかける。
「お姉ちゃん……」
顔を上げたクロエの目元にはいっぱいの涙が今にも溢れそうになっていた。
体は大きくなっても泣き虫なところは変わっていないらしい。
オリガはそっとその頭に手を置いた。
「お姉ちゃんが悪かったなら謝るから。もうこんなことやめて、ね?」
「違うよ! お姉ちゃんは悪くない!」
オリガに頭を撫でられながら、クロエは強い口調でそう言って、激しく首を振った。
「クロエ?」
「最初はお姉ちゃんが私を置いていったんだって思ったの。お姉ちゃんひどい、って。でも、でもね、いつも私をいじめてた奴らの一人を問い詰めたら……」
そこまで聞いて、オリガはすべてを察した。
クロエは、オリガが出ていった本当の理由を知っているのだ。
「クロエ、まさかあなた……」
「うん、知ってるよ、お姉ちゃんが村を出ていった理由。私それを聞いてあいつらのこと本当に許せなかったし、自分の弱さも許せなかったの。だから、外に行って修行しようって」
後先考えずに村を出ていったクロエを、たまたま近くの平原に狩りに来ていたジョン王子の父が魔法使いとして採用し、そのままジョン王子の教育係兼王国お抱えの魔法使いとして、今日まで生きて来たらしい。
エルフより魔力量の低い人間の魔法使いは、あの手この手で魔力を節約する。
その技術を身につけることで、クロエは急速に力をつけていった。
「でも、それなら普通に帰って来て私達をいじめていた奴らだけに復讐をすればよかったんじゃないの?」
「ううん、それじゃ意味ないよ。だって、あいつらが私達をいじめてたのは、大人がそれを止めなかったからだもん」
「それはそうだけど……ん?」
そこまで話して、オリガは気がついた。
「ねえクロエ、それじゃああなたの目的は、村の大人たちにハーフエルフやダークエルフを差別しないことを約束させる、とかそういうことなの?」
オリガは頬を引きつらせながらクロエに尋ねる。
オリガは自分の予想が当たっていてほしいような、当たっていてほしくないような複雑な気分だった。
「うん、だいたいそんな感じ」
クロエの言葉に、マヤは内心頭を抱える。
「えーっと、それならもう―――」
どう説明したものか悩むオリガに、ちょうどよく近くの魔物を片付けたらしい村長のジョセフが走ってきた。
「オリガさーん、そちらは大丈夫ですかー!」
「村長! お姉ちゃん逃げないと!」
「いや、大丈夫だよクロエ」
「え? どういうこと?」
かつて公然と純血至上主義を掲げ、人との混血であるハーフエルフはもちろん、純粋なエルフではないと言ってダークエルフをも差別の対象としていたジョセフしか知らないクロエは、オリガが何を言っているのか理解できなかった。
姉の言葉に困惑するクロエは、やってきたジョセフによってより困惑することになる。
「大丈夫ですかオリガさん? そちらのハーフエルフ方は? 見かけない顔ですが……」
「こっちは大丈夫ですよ、村長。それより、他の方に加勢してあげて下さい。ほら、あっちの方とか大変そうですよ」
「おお、確かにそうですね。それに、村一番の魔法使いであるオリガさんに加勢する必要もありませんでした。それでは、ハーフエルフの方オリガさんにおまかせして、あちらに行ってきますね!」
「…………」
オリガが指さした方に走っていくジョセフを、クロエは目を大きく見開いて信じられないものを見るような目で見ていた。
しばらくそのまま呆然としていたが、やがてゆっくりとオリガの方に向き直る。
「お姉ちゃん、今の本当にあの村長? お姉ちゃんのこと助けに来たし、私のこと知らなかったし、それに……」
「私達の事心配してたでしょ?」
「うん。ねえお姉ちゃん、村長に何があったの?」
「それはね―――」
オリガはつい先日村長の身に起こった事をかいつまんで説明した。
「じゃああのマヤって魔物使いが操られてた村長をもとに戻してくれたから、村長はあんな感じになってるって事?」
「そういうこと。だからねクロエ、もうこんなことしなくていいの」
「そう、なんだ……そっか………そっか……」
クロエは噛みしめるように言うと、次第に嗚咽をもらし始める。
オリガはクロエが泣き止むまで、大きな妹をそっと抱きしめていた。
***
「ジョンちゃーん!」
「うぷっ!? ちょ、ちょっとクロ姉!? どうしたんだよ突然!」
四方八方からジョン王子に襲いかかる魔物を、ジョン王子が華麗な身のこなしと剣技でかわす、そんな攻防を何度か繰り返した後、一瞬生まれた戦いの隙間に、ジョン王子は横から飛びついてきたクロエにそのまま押し倒されていた。
ジョン王子は今まで、死角を突いたマヤの魔物による攻撃も、まるで見えているかのようのかわし続けていた。
しかし今は、ただ普通に横から突っ込んできたクロエに押し倒されたのだ。
それは先ほどまで戦っていた、マヤにとっては驚愕すべきことだ。
なのだが、マヤにはそれよりも気になる点があった。
「ジョンちゃん? クロねえ?」
「「っ!?」」
マヤのつぶやきを聞いた途端、ジョン王子とクロエは地面で抱き合ったまま硬直する。
しばらく無言の時間が流れた後、クロエがジョン王子から離れて立ち上がり、ジョン王子もクロエに手を貸してもらって立ち上がる。
「んんっ」
「こほんっ」
2人はわざとらしく咳払いをすると、
「それでクロエ、突然どうしたのだ」
「はい殿下、実は―――」
と何事もなかったかのように話し始めた。
クロエが先ほどオリガから聞いたことをジョン王子に話している間に、オリガがマヤのところにやってきた。
「ねえオリガ、あの2人もしかしてさあ?」
マヤは近くに来たオリガに、わざと大きな声で話しかける。
「ええ、あの2人、たぶん付き合ってますよね?」
マヤの意図を察したオリガは、少しいたずらっぽい笑みを浮かべ、こちらもわざと大きな声で話した。
「ねえ? やっぱりそうだよねえ?」
マヤたちの会話が聞こえているのだろう。
ジョン王子とクロエの顔はどんどんと赤くなっていく。
「ええ、そうですよ。あの感じ、間違いないです」
「だよねえ? いやー、すごいじゃんオリガの妹さん。だってあれでもジョン王子は王子様だからね」
「そうですね、玉の輿ですねー」
「あ、じゃあオリガは王子様のお姉さんじゃん! なになに、もしかして王族の仲間入り?」
「えー、どうなんでしょうね、それは。でも―――」
「「お願いだからもうやめて下さい!」」
執拗に冷やかすマヤとオリガに、ジョン王子とクロエは異口同音にそう叫んでいた。
叫ぶ2人の顔は、耳まで真っ赤だった。
諦めないクロエを決して怪我をさせないように追い詰め続けたオリガは、体力も魔力も尽き果て、とうとう立っていられなくなったクロエのそばに歩み寄る。
「…………」
すぐ側に立ったオリガの影の中で、クロエはうつむいて顔をあげようとしない。
話そうとしない妹に幼い頃の面影を感じたオリガは、ゆっくりと息を吐くと、静かに話し始めた。
「さっき、ジョン王子の声が聞こえてきました」
「…………」
一瞬ピクッと肩を震わせたクロエだったが、話し始めることはなかった。
「今ジョン王子とあなたがしている私達の村への襲撃は、あなたの望みだそうですね」
「っ!? ジョンちゃん……どうして……」
「ねえクロエ、どうしてこんなことをしたのか、お姉ちゃんに教えてくれない?」
オリガは昔クロエと話していた時の様に、優しくクロエに呼びかける。
「お姉ちゃん……」
顔を上げたクロエの目元にはいっぱいの涙が今にも溢れそうになっていた。
体は大きくなっても泣き虫なところは変わっていないらしい。
オリガはそっとその頭に手を置いた。
「お姉ちゃんが悪かったなら謝るから。もうこんなことやめて、ね?」
「違うよ! お姉ちゃんは悪くない!」
オリガに頭を撫でられながら、クロエは強い口調でそう言って、激しく首を振った。
「クロエ?」
「最初はお姉ちゃんが私を置いていったんだって思ったの。お姉ちゃんひどい、って。でも、でもね、いつも私をいじめてた奴らの一人を問い詰めたら……」
そこまで聞いて、オリガはすべてを察した。
クロエは、オリガが出ていった本当の理由を知っているのだ。
「クロエ、まさかあなた……」
「うん、知ってるよ、お姉ちゃんが村を出ていった理由。私それを聞いてあいつらのこと本当に許せなかったし、自分の弱さも許せなかったの。だから、外に行って修行しようって」
後先考えずに村を出ていったクロエを、たまたま近くの平原に狩りに来ていたジョン王子の父が魔法使いとして採用し、そのままジョン王子の教育係兼王国お抱えの魔法使いとして、今日まで生きて来たらしい。
エルフより魔力量の低い人間の魔法使いは、あの手この手で魔力を節約する。
その技術を身につけることで、クロエは急速に力をつけていった。
「でも、それなら普通に帰って来て私達をいじめていた奴らだけに復讐をすればよかったんじゃないの?」
「ううん、それじゃ意味ないよ。だって、あいつらが私達をいじめてたのは、大人がそれを止めなかったからだもん」
「それはそうだけど……ん?」
そこまで話して、オリガは気がついた。
「ねえクロエ、それじゃああなたの目的は、村の大人たちにハーフエルフやダークエルフを差別しないことを約束させる、とかそういうことなの?」
オリガは頬を引きつらせながらクロエに尋ねる。
オリガは自分の予想が当たっていてほしいような、当たっていてほしくないような複雑な気分だった。
「うん、だいたいそんな感じ」
クロエの言葉に、マヤは内心頭を抱える。
「えーっと、それならもう―――」
どう説明したものか悩むオリガに、ちょうどよく近くの魔物を片付けたらしい村長のジョセフが走ってきた。
「オリガさーん、そちらは大丈夫ですかー!」
「村長! お姉ちゃん逃げないと!」
「いや、大丈夫だよクロエ」
「え? どういうこと?」
かつて公然と純血至上主義を掲げ、人との混血であるハーフエルフはもちろん、純粋なエルフではないと言ってダークエルフをも差別の対象としていたジョセフしか知らないクロエは、オリガが何を言っているのか理解できなかった。
姉の言葉に困惑するクロエは、やってきたジョセフによってより困惑することになる。
「大丈夫ですかオリガさん? そちらのハーフエルフ方は? 見かけない顔ですが……」
「こっちは大丈夫ですよ、村長。それより、他の方に加勢してあげて下さい。ほら、あっちの方とか大変そうですよ」
「おお、確かにそうですね。それに、村一番の魔法使いであるオリガさんに加勢する必要もありませんでした。それでは、ハーフエルフの方オリガさんにおまかせして、あちらに行ってきますね!」
「…………」
オリガが指さした方に走っていくジョセフを、クロエは目を大きく見開いて信じられないものを見るような目で見ていた。
しばらくそのまま呆然としていたが、やがてゆっくりとオリガの方に向き直る。
「お姉ちゃん、今の本当にあの村長? お姉ちゃんのこと助けに来たし、私のこと知らなかったし、それに……」
「私達の事心配してたでしょ?」
「うん。ねえお姉ちゃん、村長に何があったの?」
「それはね―――」
オリガはつい先日村長の身に起こった事をかいつまんで説明した。
「じゃああのマヤって魔物使いが操られてた村長をもとに戻してくれたから、村長はあんな感じになってるって事?」
「そういうこと。だからねクロエ、もうこんなことしなくていいの」
「そう、なんだ……そっか………そっか……」
クロエは噛みしめるように言うと、次第に嗚咽をもらし始める。
オリガはクロエが泣き止むまで、大きな妹をそっと抱きしめていた。
***
「ジョンちゃーん!」
「うぷっ!? ちょ、ちょっとクロ姉!? どうしたんだよ突然!」
四方八方からジョン王子に襲いかかる魔物を、ジョン王子が華麗な身のこなしと剣技でかわす、そんな攻防を何度か繰り返した後、一瞬生まれた戦いの隙間に、ジョン王子は横から飛びついてきたクロエにそのまま押し倒されていた。
ジョン王子は今まで、死角を突いたマヤの魔物による攻撃も、まるで見えているかのようのかわし続けていた。
しかし今は、ただ普通に横から突っ込んできたクロエに押し倒されたのだ。
それは先ほどまで戦っていた、マヤにとっては驚愕すべきことだ。
なのだが、マヤにはそれよりも気になる点があった。
「ジョンちゃん? クロねえ?」
「「っ!?」」
マヤのつぶやきを聞いた途端、ジョン王子とクロエは地面で抱き合ったまま硬直する。
しばらく無言の時間が流れた後、クロエがジョン王子から離れて立ち上がり、ジョン王子もクロエに手を貸してもらって立ち上がる。
「んんっ」
「こほんっ」
2人はわざとらしく咳払いをすると、
「それでクロエ、突然どうしたのだ」
「はい殿下、実は―――」
と何事もなかったかのように話し始めた。
クロエが先ほどオリガから聞いたことをジョン王子に話している間に、オリガがマヤのところにやってきた。
「ねえオリガ、あの2人もしかしてさあ?」
マヤは近くに来たオリガに、わざと大きな声で話しかける。
「ええ、あの2人、たぶん付き合ってますよね?」
マヤの意図を察したオリガは、少しいたずらっぽい笑みを浮かべ、こちらもわざと大きな声で話した。
「ねえ? やっぱりそうだよねえ?」
マヤたちの会話が聞こえているのだろう。
ジョン王子とクロエの顔はどんどんと赤くなっていく。
「ええ、そうですよ。あの感じ、間違いないです」
「だよねえ? いやー、すごいじゃんオリガの妹さん。だってあれでもジョン王子は王子様だからね」
「そうですね、玉の輿ですねー」
「あ、じゃあオリガは王子様のお姉さんじゃん! なになに、もしかして王族の仲間入り?」
「えー、どうなんでしょうね、それは。でも―――」
「「お願いだからもうやめて下さい!」」
執拗に冷やかすマヤとオリガに、ジョン王子とクロエは異口同音にそう叫んでいた。
叫ぶ2人の顔は、耳まで真っ赤だった。
応援ありがとうございます!
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