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第1巻第3章 ハーフエルフを探せ

クロエとジョン王子

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 時は少し戻って1ヶ月前のこと。

 マヤたちがヘンダーソン家から撤退した後、魔物を運籠キャリーに収納した際にそこらへんのロープで拘束され、そのまま放置されたジョン王子に近づく人影があった。

「つんつん」

「……」

「つんつんつんつん」

「…………」

「つんつんつんつんつんつん」

「………………」

「何だ、死んじゃったのか~」

 その人影は、金髪碧眼に肉感的な体つきをした若い女性だった。

「……死んではいない。素直に殺してくれなかったからな」

「なーんだ、つまんないのー」

「というより、クロエお前、全部見ていたのだろう?」

「えーなんのことかなー?」

 クロエと呼ばれた女性は、後ろ手を組んで縛られたジョンの周りを跳ねるように歩き回る。

 そのたびにその豊かな胸が揺れてジョンは目のやり場に困った。

「お前なら見ていなくても少なくとも聞こえてはいたのだろう?」

 ジョンが視線を向けた先には、クロエの長く尖った大きな耳があった。

「私純粋なエルフじゃないしー? そんな遠くの音なんて聞こえないしー?」

 明らかな棒読み加減に、ジョンがため息をつく。

「嘘だろう、絶対。まあいい、それよりもどこに行っていた? 私はあわや殺される、というとこだったんだが?」

 地面に座らされているため、クロエを見上げる形になってしまい、威厳も何もあったものではないが、ジョンはできる限り真剣な口調にクロエに問いかける。

「申し訳ございません、殿下。しかし、私とのお約束をお忘れ頂いては困ります」

 砕けた口調から一転、畏まったクロエはサッとジョンの前にひざまずいていた。

「やはりあのダークエルフがお前の姉だったのだな?」

「そうでございます」

 透き通るような白い肌、金糸のごとく輝く髪、エメラルドグリーンの瞳、ジョンより少し低いくらいの身長、肉感的で扇情的な体つき、どれをとっても先ほどのダークエルフの少女とは似ても似つかない。

 ましてやダークエルフの少女が姉で目の前の女性が妹とは、誰も信じられないだろう。

「はあ、それじゃあ仕方ないか、クロ姉とはそういう約束だったもんね」

 ジョンが脱力し、クロエをクロ姉と読んだことで、場の空気が弛緩する。

「ふふふっ、もうクロ姉って呼ばないんじゃなかったの?」

「いいだろ、今は誰も聞いてないんだから。それに、先にはいじってきたのはクロ姉の方じゃないか」

「たしかに。それじゃあもっといじっちゃおうかな?」

 クロエはジョンが動けないのをいいことに、その体をくすぐり始める。

「あひゃ、ははははっ、あひゃひゃひゃ、ちょ、ちょっと、あははははっ、クロ姉、ははははっ、やめ、あひゃひゃひゃ、く、苦し、ははははっ」

 そのままジョンはしばらくくすぐられ、満足したクロエが手を止めた時には、息も絶え絶えになっていた。

「クロ、姉、はあはあ……僕、はこれで、も、はあはあはあ、今は、君の、主、なんだけど?」

「主を励ますのも臣下の努めでしょ? 無理にでも笑えば少しは気も紛れると思ったんだけど?」

 言われて初めて、ジョンは少し気が楽になっていることに気がついた。

「やっぱりクロ姉にはかなわないなあ」

 ジョンは後ろに倒れると、そのまま仰向けに寝転んだ。

 マッシュによってぶち抜かれた壁から射し込む光はすっかりオレンジ色に染まっている。

「で、柄にもなく魔物師を拉致してまで用意した魔物軍団はあの白い女の子に奪われちゃったわけだけど、これからどうするの?」

 クロエの発言にジョンはジト目を向ける。

 ジョンはあの白髪しろかみの魔物使いのことは何も言っていないのに、それを知っているということはやはりクロエは見ていたのだ。

「……本当に殺されそうになったら助けに来てくれたんだろうな、全く」

「それはもちろんだよ、ジョンちゃん」

「!? そ、そうか……」

 独り言のつもりの言葉に返され、ジョンは驚いてしまう。

 ジョンとしたことが、さっき自分で指摘して置きながら、クロエが人並み外れた聴力を持っていることを忘れていた。

「って、ジョンちゃん、って呼ばないでって言ったじゃないか」

「ジョンちゃんはいつまでもジョンちゃんでしょう?」

 未だ拘束されたまま座らされているジョンの顔を覗き込むように腰を曲げたクロエが可愛らしく首を傾げる。

「だから今は僕が主……いや、もうこの話はいい」

 前傾姿勢になったことをクロエの豊かな胸とその谷間が服の胸元から覗き、思わず目をそらしたジョンは、気を取り直すように1つ咳払いをする。

「今回、あの魔物使いに奪われたのは最後に私を護衛する予定だった魔物たちだけだ。作戦に必要なほとんどの魔物はすでに所定の場所に移動させてある、そうだなクロエ?」

「その通りです、殿下」

「それなら、ここからの作戦は予定通りだ。護衛はクロエがいれば十分だからな」

「魔物たちの制御はどうするのです? 母魔石マザーストーンは私の姉が持ち去っておりますが」

「問題ない。魔物たちには私は村への侵入に成功した時点で村を襲うように指示を出した後だ。後は私が村に入れさえすれば、魔物たちは予定通り動き出す」

 ジョンに一つ気がかりがあるとすれば、それはあの魔物使いの謎の力だった。

 その動物を魔物化させた魔石、母魔石マザーストーンの制御は、その魔物に対して絶対の命令権を持つ。

 それを上書きしたするなどどいうことは、過去どんなに優れた魔物使いであってもできたことがない。

 そもそもそんなこと常識外れなことをやろうとした魔物使いがいなかっただけかもしれないが。

(気にしても仕方ないだろう……。それに、私にはもうこれしかないんだからな)

 ジョンが立ち上がると、いつの間にかクロエによって解かれていたロープが下に落ちる。

「行くぞクロエ」

 ジョンは歩きだすが、クロエがついて来ないことに気がついて振り返る。

「どうした?」

「ごめんね、ジョンちゃん」

「どうした今更」

 ジョンの言葉に、クロエは自嘲気味に苦笑する。

「いや、なんとなくね。ジョンちゃんは私のために本当はしたくないことを―――」

「それ以上は言わない約束でしょ、クロ姉」

「でも……」

「それに、クロ姉がしたいことが僕のしたいことなんだよ。だから気にしないで」

「ジョンちゃん……」

「じゃあ、行こうか、クロ姉」

 クロエの手を取ってあるき出したジョンに、クロエも今度はついていく。

 うつむきながら手を引かれるクロエの目もとに涙が輝いていた。
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