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第1巻第2章 マッシュの家族救出作戦

貴族の屋敷

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 無事検問を越えたマヤとマッシュは、検問からさらに2日間歩いて、ようやく件の貴族が屋敷を構える隣国の中央都市にたどり着いた。

「いやー、栄えてるねえ、こっちの街は」

 マヤは人で溢れかえる市場を見て、感嘆の声を上げた。

「この国は3つの街道が交わり、2つの港を持っているからな」

「なるほど、それでこんなに栄えてるんだ」

「とりあえずは宿を探すぞ。まさか今日このままの屋敷に乗り込むわけではないだろう?」

「もちろん。マッシュじゃないんだからそんな無謀なことしないよ」

「……まったく、口の減らんやつだ。そこまで言うのだから、マヤの作戦とやらはそれは素晴らしいのだろうな?」

 マッシュは苦笑した後、挑発的な笑みを浮かべると、大きくジャンプしてマヤの腕の中に収まった。

「ふふふっ、まあ任せてよ。私にかかれば貴族の屋敷なんか余裕余裕」

 飛び込んできたマッシュを受け止めたマヤは、得意満面でそう言うと、意気揚々と歩き始めた。

***

「それで、マヤの作戦とやらはどういうものなのだ?」

 宿に到着し、マヤが荷物を下ろしていると、マッシュがそう切り出した。

「うーん、今説明してもいいんだけど、そもそもその貴族のお屋敷の大きさによっても変わるからなあ」

「では見てくるといい。の屋敷はあれだ」

 マッシュは窓に向かうと、鍵を開け、後ろ足で蹴るようにして窓を開けた。

 そして、遠くに見える巨大な壁を指し示す。

「えーっと、どれ?」

 バカでかい壁と、その中のちょっとした街くらいある建物の群れを見て、マヤは頬を引きつらせながら首をかしげる。

 なんとなくこの後のマッシュの言葉が予想できたが、正直あたってほしくはなかった。

 が、そんなマヤの望みを打ち砕くように、

「どれもこれもない。あの壁の内側すべてがの屋敷だ」

と、マヤの予想通りのことをマッシュは言い放ったのだった。

***

「もう、マッシュってば、付いてきてくれたっていいじゃん」

 マヤはぶつぶつと文句を言いながら街の中を歩いていた。

 宿からでは大きいことしかわからないため、意味があるかはわからないが、ひとまず屋敷の近くまで行ってみることにしたのだ。

 ただし、前回正面から乗り込んでお尋ねものになっているマッシュはついてこなかった。

 マヤが検問のときのようにぬいぐるみとして抱っこしていくからついてきて欲しい、と頼んだのだがだめだった。

 まあ、ぬいぐるみのフリをしていたマッシュを撫で回したマヤの自業自得がほとんどなので、マヤも本気で怒っているわけではないのだが、愚痴の一つくらい言ってもいいだろう。

「それにしても人が多いなあ」

 思わずつぶやいたマヤが周囲を見渡すと、右も左の人、人、人だ。

 それこそこっちの世界に来る前は、毎朝通勤ラッシュを戦っていたマヤだが、こっちに来てからというものどちらかといえば田舎のスローライフといった感じだったので、久しぶりの人込みに早くも疲れ気味だった。

「ん? あれは……」

 あたりを見渡していたマヤは、通りの端にうずくまっている少女を見つけた。

 日本では見たことがなかったが、物乞いの孤児か何かだろう。

 マヤもこっちに来てからはよく見ていたので、物乞い自体はそれほど気にならなかったが、その少女の髪で隠れた右目あたりから黒いもやが発せられていたのだ。

 気がついた時には、マヤは少女の近くまで歩いており、その前でしゃがみこんでいた。

「ねえお嬢さん、どうしてそんなところで倒れているの?」

「……」

 憔悴しょうすいしているのだろう。少女から返事はなかった。

 マヤはポケットから銀貨を取り出すと、少女の前にあったお椀に投げ入れた。

「!?」

 銀貨の音を聞いた途端ガバッと勢いよく顔を上げた少女に、マヤは苦笑する。

「なんだ、意外と元気そうだね。それで、どうして君は―――」

「だめっ! お姉さん逃げてっ!」

 マヤの言葉を遮るように少女が叫んだその瞬間、少女の後ろに広がる路地の闇から、ナイフを構えた数人の男たちがマヤの方へと飛びかかって来た。

「えっ? え? なになに、どういうこと? もしかして私ヤバいのかも?」

 あれよあれよと言う間に男たちに囲まれたマヤの背中に冷たい汗が流れる。

「おい!オリガ! てめえさっきのはどういうことだ、ああ? 今回の獲物がどんくさいガキじゃなけりゃ逃げられてたかもしれないんだぜ? お前それがわかってんのか?」

 男の怒声にマヤが目を向けると、一人の男がうずくまっている先ほどの少女、オリガの背中を踏みつけていた。

「ねえ、その女の子はおじさん達の仲間じゃないの?」

「ああ? なんだお前、この状況でオリガのことが気になるってのか? のんきなやつだ。そうだ、オリガは仲間さ、俺たちの大切な大切な餌だからなあ」

 男のその言葉に、周りの男たちがドッと笑う。

「今回もお前みたいなお人好しの金持ちを釣るのに大いに役に立ってくれた。まったく最高の餌だぜ」

「あんた達……っ!」

 マヤは怒りで体を震わせながら男をにらみつける。

「おー、怖い怖い、おいお前ら、獲物様がお怒りだぜ?」

 その言葉に、再び男たちは笑った。

「さて、あんまり騒ぎになっても面倒だ、お前らさっさと片付けるぞ! 今回の獲物は上玉だ、殺すんじゃねーぞ?」

「っ! 強化ブースト!」

 男たちの手がマヤに届く寸前、マヤが叫んだのは魔物を強化する呪文だった。

 叫んだ瞬間、マヤの手から光の粒子がほとばしる。

 それを見て男たちの動きが一瞬止まる。

「へっ、驚かせやがって、なにも起こらねーじゃねーか」

 が、何も起こらない。

 魔物を強化する魔法を、魔物がいないところで使ったのだから当然である。

 マヤもそれはわかっているのだが、この1ヶ月マッシュとともに戦っていたため、とっさに唱えてしまったのだった。

 だから、何も起こるはずはない、そのはずだったのだが―――、突如として男の一人が悲鳴を上げる暇もなく吹き飛ばされると、大きな音を立てて路地の奥の壁へと叩きつけられた。

「な、なんだ!?」

 吹き飛ばされたのは先ほどのオリガを踏みつけていた男で、男がもといた場所には、男を吹き飛ばしたらしいオリガが立っていた。

 そしてオリガが立っている周りにはが漂っていて、驚くべきことにどんどんとその体に溶けていっていた。

「オリガちゃん? それはいったい……」

「お姉さん、危ない!」

 オリガはマヤの後ろに忍び寄っていた男との距離を一瞬で無にすると、その鳩尾みぞおちに拳を叩き込む。

「お姉さん、私もよくわからないけど、とりあえず話は後で!」

「う、うん、わかった!」

 その後オリガは次々と男を倒していき、すべての男を無力化した後、2人は逃げるようにその場を後にしたのだった。
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