過労死した研修医、悪役令嬢になる〜1年後に”例の感染症”が流行る世界で一から医学を始めます!〜

上村 俊貴

文字の大きさ
上 下
32 / 45

32使用人エミリ

しおりを挟む
「エミリアさんっ!」

 エミリアの乗った馬車が王都に到着し、王城の門へと続く道に差し掛かったところで、エミリアは馬車の外から自分を呼ぶ声を聞いた。公爵令嬢である自分をさん付けで呼ぶ者はそう多くはない。しかし、窓から外を見ても、それらしい人影は見えなかった。

「止めてちょうだい」

 エミリアは御者に馬車を止めさせると、ドアを開いて外に出る。あたりを見渡すと、エミリアの馬車が進んでいた道に続く道を見つけた。

 エミリアが覗き込むと、そこには1台の馬車が停まっていた。男爵家の紋が入ったその馬車の窓から顔を出していたのは――
 
「セリーナさん? どうしてここに?」

「お待ちしておりました。エミリアさんなら必ずいらっしゃると思いましたので……」

 待っていたというセリーナだが、エミリアがいつ王城に来るかなどわからなかったかはずだ。何日もこんなところで待っていたのだろうか? いくら馬車の中にいたとはいえ、いつ来るかもわからないエミリアを待っていたとは驚きである。

「どうしてそんなことを……いえ、その前に、セリーナさん、私は来ると分かっていたということは、イリスのことを知っていますのね?」

 セリーナは小さく頷く。どういう事情かは分からないが、セリーナの目には涙が浮かんでいた。

「わかりましたわ。まずはセリーナさんのお部屋に案内してくださるかしら?」

「もちろんです。ですが……このまま王城に入るのは危険です。こちらへ」

 セリーナに促されるままセリーナの馬車に入ったエミリアは、数分後、セリーナの側仕えのメイドそっくりの姿になって馬車から出てきた。

「すごいですわね……でも、ここまでする必要があったのかしら?」

「どうしたのエミリ・・・! 変な話し方して」

「!?」

 まだからこちらに来てから昔に名前を呼ばれるとは思っておらず、エミリアは思わず固まってしまう。それを怒っているのだと勘違いしたセリーナが、耳元で囁いた。

「ごめんなさい、エミリアさん。でも、今は我慢して私の使用人になりきって下さい。名前はエミリです」

「わかましたわ。でも、別に怒っているわけではありませんから安心なさい。んんっ……申し訳ありません、お嬢様」

 エミリアの完璧な使用人っぷりに、セリーナは目を丸くする。

「心配掛けないでちょうだいね? それでは、王城に戻りましょう。出しなさい」

 セリーナの声で馬車は道から出て王城へと走り出す。エミリアが乗ってきた馬車は、セリーナの使用人が先ほどまでセリーナの馬車が入っていた場所に隠しておいてくれる手筈となっている。
 
「それにしてもお嬢様、どうしてあのようなところでエミリア様をお待ちになっていたのですか?」

 あくまで使用人として話すエミリアに、セリーナも話し方を合わせる。

「そう言えば、あなたには話していなかったわね。今のクレイス様は少し様子がおかしいの。エミリアさんのところのイリスを拘束した時、あの方は私を人質に使ったのよ」

 セリーナはシャツのボタンを上から2つほど外し、首元を露出させる。そこには、ロープで縛られた跡が残っていた。

(首にロープの後……穏やかじゃないわね)

「お嬢様を人質に!? ではその傷は……」

「ええ、その時ついたものよ。と言っても、実際に人質になっている間のことは覚えていないの。魔法で眠らされていたみたいでね」

「では、どうして自分が人質になっていたとわかったのですか?」

「状況的にそれしか考えられなかったからよ。私が何故か丸1日眠ってしまった日と、イリスが捕まった日は同じだったわ。起きたら首元にはこの跡があった日が、イリスの捕まった翌日。クレイス様の配下にイリスを捕らえられるほどの手練れはいないわ。私が何かしらの手段で人質になっていたと考えるのが妥当よ」

(確かに、筋は通ってるわね。でも、私との婚約を破棄してまで愛したセリーナを人質になんてするかしら? 私の命令を受けたイリスが、絶対にセリーナを見殺しにしない確信があったとか? 私がセリーナを散々いじめているのを見ていたクレイス様が? 考えにくい気がするけど……)

「エミリアさんが絡むと、クレイス様の様子がおかしくなることはこれまでもあったけど、今回は流石に異常よ。だから、エミリアさんがそのまま王城に入れば、なにをされるかわからないわ」

「だからお嬢様が先に接触してエミリア様の事情を説明するおつもりだったのですね」

「その通りよ。今日もハズレだったけどね」

 もちろん嘘である。なぜならセリーナが今話している使用人こそエミリアなのだから。

「ひとまず帰ったらお茶にしましょう。付き合ってくれるかしら?」

「よろしいのですか?」

「ええ。いつものことじゃない。変な子ね。ふふっ」

「申し訳ございません。ふふっ」

 門兵を騙し、王城内の憲兵を騙し、何事もなくセリーナの部屋に入った瞬間、セリーナは勢いよく頭を下げた。

「申し訳ありません、エミリアさん! 私、エミリさんにあんな失礼な……」

「だから怒ってませんわ。必要なことだったのでしょう。なら構いませんわ」

「ありがとうございます……」

「それよりセリーナさん、あなた、どうやって自分が眠らされたか、原因は突き止められているのかしら?」

「え? 私が人質にされていた時ですか?」

「そうよ」

「いえ……細かいことは……。おそらく魔法で眠らされていたのだろう、ということしか……」

「わかりましたわ。お嬢様、今から図書館に行きましょう」

「どうしたのですか、突然」
 
「お嬢様?」

「あっ……どうしたの、急に?」

「私は魔法に明るくありませんから、図書館の方に教えていただきたいことがあるのです。お付き合いいただけますか?」

「わかりました、付き合いましょう」

 セリーナと使用人に変装したエミリアは、早足で王城に隣接する王立図書館へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

処理中です...