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31クレイスの手紙
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「遅いですわ」
「イリス殿のことですかな?」
「ええ。イリスが出発してからもう2週間ですわ。王都の公爵邸で数日身体を休めたとしても、流石にもう帰ってきているはずですわ」
そもそも、今回の件は至急の用件だ。こういう場合、イリスは最小限の休養で移動する。そんなイリスが帰ってこないということは……。
「何かあったと考えたほうがいいですわ。アウレリアノ、私は王都に――」
「お嬢様!」
「何かしら? ノックもなしに私の執務室に入ってくるなんて、何事ですの?」
主に非難の目を向けられたメイドは震え上がる。しかし、それでも部屋から出ることはせず、エミリアの元に1通の封書を持ってきた。
「し、失礼いたしましたっ! で、ですが、これを……」
「これは……「使用人は預かった。これを見た者はすぐにエミリアにこれを渡せ」? これは、王家の紋ですわ……」
わざわざご丁寧にすぐにエミリアに渡すように表書きがされたそれは、王家の封印で閉じられていた。
「お嬢様、これは、イリスさんが王都から戻らないことと関係があるんでしょうか?」
エミリアが顔を上げると、手紙を持ってきたメイドは涙ぐんでいた。イリスはその面倒見の良さから、年下のメイドたちからは姉のように慕われているのだ。このメイドもイリスを慕う1人なのだろう。
「おそらくそうですわ。ありがとう。私の部屋に飛び込んできたことは不問にしますわ。その代わり、このことは他の者には秘密にしなさい。いらぬ混乱を招くわけにはいきませんわ」
「わっ、わかりましたっ! 失礼いたしましたっ!」
メイドは勢いよく頭を下げると、いそいそと部屋を出ていった。それを見届けたアウレリアノが立ち上がる。
「私も外したほうがいいですかな?」
「いえ、あなたの知恵を借りることになるかもしれませんわ」
「そういうことでしたら」
アウレリアノが再び席につく。エミリアはナイフを取り出し、封書を開けた。中には、案の定、クレイスからエミリア宛ての手紙が入っている。
そこには――
『エミリア・オールディス公爵令嬢
先日、貴様の側仕えの使用人を王城にて拘束した。この者は私の命に背き、身体検査を拒否したため拘束したものである。身体検査の結果、王家に反逆するものと考えられる書状を所持している事が確認された。よって、現在、この者を王城の牢獄に収監している。異議があるのであれば、貴様が自ら王城に来い。話だけは聞いてやる。
クレイス第一王子』
「手紙にはなんと?」
「イリスがクレイス様に拘束されて、私の手紙を没収されたらしいですわ。その上、私の手紙の内容を理由に、今王城の牢獄に入れられているらしいですわ」
「なんと……」
「でも、これではっきりしましたわ。今回の件は完全にクレイス様の独断ですわね」
「あるいは、エミリア様を妨害する為のものと悟られないように陛下に酒税法を提案し、それを自分に一任するように言ったか、でしょうな」
「ですわね。どちらにせよ、私のアルコール生産が止まることは、陛下にとっても本意ではないということですわ」
それがわかっただけでも、イリスに書状を持っていってもらった意味があったと言える。
「しかし、イリスどの程の手練れが拘束されるとは……クレイス殿下の配下にはそれ以上の者がいるということになりますな」
「それはどうかしら? イリスは通常一個小隊、少なくともニ~三個分隊で行うお父様の護衛を1人でこなすんですわよ? そんなイリスを生かして捕らえられる者がクレイス様の配下にいるかしら?」
この国は一個分隊10名、四個分隊で1小隊だ。つまり、イリスは1人で20~40人ほどの戦力だということだ。それでも、不意打ちでなら殺せる者はそれなりにいるかも知れないが、生きたまま拘束できる者はいない気がする。
「ふむ……そう言われると、確かにそうですな……」
「おそらく、何か事情があったのですわ」
と言いつつ、エミリアはイリスが捕まってしまうような事情が思い浮かばない。
「とにかく行ってみるしかありませんわ。アウレリアノ」
「はあ……かしこまりました。全く、エミリア様は老人使いの荒い人ですな」
「申し訳ないとは思ってますわ。報酬も弾みますわよ」
「お気遣いありがとうございます。それでは私は早速講義の準備をしてまいります」
アウレリアノは部屋を出ていき、エミリアも王都へと向かう準備を始めた。
***
「ん?」
牢獄とは思えない部屋に捕えられているイリスは、朝食の食器の下に1枚の紙が挟まれていることに気がついた。
首を回すフリをして、部屋の中に変化がないことを確認する。
(どうやら、これ見たらまたあらぬ罪を着せられる、ということはなさそうですね)
イリスは紙を抜き取り、折られていたそれを開く。
『信じてもらえないかもしれないが、私は君の協力者だ。まず確認させて欲しい。君は、エミリア嬢といつも一緒にいたメイドのイリスで間違いないかな? もし間違いなければ、この紙をそのまま受け取って欲しい』
(なるほど、万が一回収に失敗しても良いように、ですか)
紙が帰ってこなければ、イリスが紙を読み、その内容を肯定したということになる。万が一紙が帰ってきてしまっても、イリスがきづいていて否定のための受け取らなかったのか、ただ単に気が付かなかったのかはわからない。万が一この紙のことがクレイスにバレても、気が付かなかった、としらばっくれることができるわけだ。
イリスは紙を素早くメイド服のポケットに仕舞う。
(しかし、協力者とは誰なのでしょうね? あの憲兵くらいしか、この城に私の味方はいなさそうですが……)
イリスは期待しないで自称協力者の次の接触を待つことにした。
「イリス殿のことですかな?」
「ええ。イリスが出発してからもう2週間ですわ。王都の公爵邸で数日身体を休めたとしても、流石にもう帰ってきているはずですわ」
そもそも、今回の件は至急の用件だ。こういう場合、イリスは最小限の休養で移動する。そんなイリスが帰ってこないということは……。
「何かあったと考えたほうがいいですわ。アウレリアノ、私は王都に――」
「お嬢様!」
「何かしら? ノックもなしに私の執務室に入ってくるなんて、何事ですの?」
主に非難の目を向けられたメイドは震え上がる。しかし、それでも部屋から出ることはせず、エミリアの元に1通の封書を持ってきた。
「し、失礼いたしましたっ! で、ですが、これを……」
「これは……「使用人は預かった。これを見た者はすぐにエミリアにこれを渡せ」? これは、王家の紋ですわ……」
わざわざご丁寧にすぐにエミリアに渡すように表書きがされたそれは、王家の封印で閉じられていた。
「お嬢様、これは、イリスさんが王都から戻らないことと関係があるんでしょうか?」
エミリアが顔を上げると、手紙を持ってきたメイドは涙ぐんでいた。イリスはその面倒見の良さから、年下のメイドたちからは姉のように慕われているのだ。このメイドもイリスを慕う1人なのだろう。
「おそらくそうですわ。ありがとう。私の部屋に飛び込んできたことは不問にしますわ。その代わり、このことは他の者には秘密にしなさい。いらぬ混乱を招くわけにはいきませんわ」
「わっ、わかりましたっ! 失礼いたしましたっ!」
メイドは勢いよく頭を下げると、いそいそと部屋を出ていった。それを見届けたアウレリアノが立ち上がる。
「私も外したほうがいいですかな?」
「いえ、あなたの知恵を借りることになるかもしれませんわ」
「そういうことでしたら」
アウレリアノが再び席につく。エミリアはナイフを取り出し、封書を開けた。中には、案の定、クレイスからエミリア宛ての手紙が入っている。
そこには――
『エミリア・オールディス公爵令嬢
先日、貴様の側仕えの使用人を王城にて拘束した。この者は私の命に背き、身体検査を拒否したため拘束したものである。身体検査の結果、王家に反逆するものと考えられる書状を所持している事が確認された。よって、現在、この者を王城の牢獄に収監している。異議があるのであれば、貴様が自ら王城に来い。話だけは聞いてやる。
クレイス第一王子』
「手紙にはなんと?」
「イリスがクレイス様に拘束されて、私の手紙を没収されたらしいですわ。その上、私の手紙の内容を理由に、今王城の牢獄に入れられているらしいですわ」
「なんと……」
「でも、これではっきりしましたわ。今回の件は完全にクレイス様の独断ですわね」
「あるいは、エミリア様を妨害する為のものと悟られないように陛下に酒税法を提案し、それを自分に一任するように言ったか、でしょうな」
「ですわね。どちらにせよ、私のアルコール生産が止まることは、陛下にとっても本意ではないということですわ」
それがわかっただけでも、イリスに書状を持っていってもらった意味があったと言える。
「しかし、イリスどの程の手練れが拘束されるとは……クレイス殿下の配下にはそれ以上の者がいるということになりますな」
「それはどうかしら? イリスは通常一個小隊、少なくともニ~三個分隊で行うお父様の護衛を1人でこなすんですわよ? そんなイリスを生かして捕らえられる者がクレイス様の配下にいるかしら?」
この国は一個分隊10名、四個分隊で1小隊だ。つまり、イリスは1人で20~40人ほどの戦力だということだ。それでも、不意打ちでなら殺せる者はそれなりにいるかも知れないが、生きたまま拘束できる者はいない気がする。
「ふむ……そう言われると、確かにそうですな……」
「おそらく、何か事情があったのですわ」
と言いつつ、エミリアはイリスが捕まってしまうような事情が思い浮かばない。
「とにかく行ってみるしかありませんわ。アウレリアノ」
「はあ……かしこまりました。全く、エミリア様は老人使いの荒い人ですな」
「申し訳ないとは思ってますわ。報酬も弾みますわよ」
「お気遣いありがとうございます。それでは私は早速講義の準備をしてまいります」
アウレリアノは部屋を出ていき、エミリアも王都へと向かう準備を始めた。
***
「ん?」
牢獄とは思えない部屋に捕えられているイリスは、朝食の食器の下に1枚の紙が挟まれていることに気がついた。
首を回すフリをして、部屋の中に変化がないことを確認する。
(どうやら、これ見たらまたあらぬ罪を着せられる、ということはなさそうですね)
イリスは紙を抜き取り、折られていたそれを開く。
『信じてもらえないかもしれないが、私は君の協力者だ。まず確認させて欲しい。君は、エミリア嬢といつも一緒にいたメイドのイリスで間違いないかな? もし間違いなければ、この紙をそのまま受け取って欲しい』
(なるほど、万が一回収に失敗しても良いように、ですか)
紙が帰ってこなければ、イリスが紙を読み、その内容を肯定したということになる。万が一紙が帰ってきてしまっても、イリスがきづいていて否定のための受け取らなかったのか、ただ単に気が付かなかったのかはわからない。万が一この紙のことがクレイスにバレても、気が付かなかった、としらばっくれることができるわけだ。
イリスは紙を素早くメイド服のポケットに仕舞う。
(しかし、協力者とは誰なのでしょうね? あの憲兵くらいしか、この城に私の味方はいなさそうですが……)
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