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28酒税法
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「父上。少しよろしいでしょうか」
エミリアがジュードにマドレーヌを振る舞っている頃、王都のクレイスは王の執務室を訪ねていた。
「どうした。お前から私の部屋に来るなど珍しいではないか」
「今日はご提案したいことがあって参りました」
「申してみよ」
約束もなくやって来た者には取り合わない王だが、息子となれば多少は多めにみるのか、書類に走らせていたペンを止め、顔を上げる。クレイスは王の机の前までやってくると、紙の束を机の上に広げた。
「これは昨年、ワインが原因で起こった事故です」
「それがどうしたのだ? ワインを飲めば酔うものだ。酔えば事故を起こすことも珍しいことではないだろう?」
「ええ、それは父上のおっしゃるとおりです。しかし、ここに書かれている事故は、酔った事による事故ではありません。ワインを飲んだけで死んでしまった、という事故です」
「ワインを飲んだだけで? 聞いたこともないな」
「私達が飲んでいるような、名のある工房が作ったワインであれば、飲んだだけで死ぬようなことはまずないでしょう。しかし、家庭で作っているものや、街に安く出回っている品質の低いものでは、それなりに起きていることのようです」
「なるほど。しかし、なぜ今さらこのような事に注目し始めたのだ?」
「私が医学を学んだためです」
「お前が医学を! あれだけ嫌っているエミリアが始めた医学をお前が……」
クレイスは、何やら感動している様子の王を無視する。
「医学を恨む理由はありませんから。私が医学を学んでわかったことは、適切な方法で製造されていないワインは危険だということです」
「なるほど。では、適切な方法で製造するように徹底させよう」
「父上、それでは不十分です。いくら王の命とはいえ、今粗悪品を売っているような連中が素直に言うことを聞くとは思えません」
「ではどうするのだ?」
「取り締まるべきです」
「そんな金がどこにある」
「ですから、ワインを含めた酒に税を課します」
「なるほど……しかしそれは誰に納めさせるのだ?」
「酒を製造している者たちです」
「つまり、正しい製造方法を守ったうえで、酒の販売にかかる税も納めろと?」
「その通りです」
「それを素直に聞く者がどれだけいるか……」
「そのための取り締まりです。すでに酒を製造している者には、正しい方法で作っているのかの確認をし、問題なかった場合にのみ酒の製造について王の許しを与え、税を納めさせる。作り方に問題があった場合や、税を納めなかった場合は、酒の製造の禁止する。これで正しい方法で作った酒のみが出回るようになるはずです」
「ふむ…………わかった、検討しよう」
「いえ、父上、これは緊急で対応するべきです。このままでは今年もワインを飲んだけで死ぬ民が出てしまいます」
「そうは言ってもな、クレイスよ。今はそれができる者がおらん。私はもちろん、宰相を始めとした私を支えてくれている貴族たちも、皆今担当している仕事で手一杯だ」
「ええ、それはわかっております。ですから父上、この仕事、私に任せてはいただけませんか?」
「お前に? うーむ……」
王が悩むのも無理はない。クレイスは先日学院を卒業したばかり。一応成人王族であるとはいえ、これほど大きな仕事を任せるのは少し早い。
「父上、私はエミリアを見て思ったのです。私ももっとこの国のためにならねば、と。あれだけ悪逆非道の限りを尽くしたエミリアが、心を入れ替えて民のために尽くしているのです。私が何もしないわけには行きません」
クレイスの決意に満ちた瞳を見て、王は嬉しくなった。少し自分勝手なところがあり、民のために行動する事ができるのか心配していた息子が、民のためになにかしたいと言っているのだ。
「よく言った、クレイス! そうでなくては時期王など任せられぬ! お前の力で成し遂げて見せよ!」
「はい! 必ずや父上のご期待に添える結果にしてみせましょう!」
(不安が完全になくなった訳では無いが、あのクレイスが初めて自分から民のために動こうとしているのだ。ひとまず任せてみようではないか)
王は息子の成長を喜んでいた。クレイスは、決意に満ちた表情のまま王の執務室を後にする。
ちょうど執務室を出たところで出くわしたセリーナは、クレイスの口角が上がっている事に気がついた。
「クレイス殿下? なにか良いことでもあったのですか?」
「そう見えるか?」
「ええ。何やら笑っておられましたから」
「実は、父上に大きな仕事を任せていただけたのだ」
「大きな仕事?」
「ああ。民のためになる素晴らしい仕事だ」
「クレイス様?」
言葉とは裏腹に、クレイスの笑みは酷薄なものへと変わっていく。民のためになる仕事を任され、充実感を得ている、という様子には見えなかった。
「ん?」
「クレイス様のなさろうとしていることは、本当に民のためになるのですか?」
「私に意見するのか?」
クレイスはセリーナを壁に追いやると、その顎を指で持ち上げる。しかし、セリーナは一歩も引く様子を見せなかった。
「クレイス様、もう一度聞きます。クレイス様のやろうとしていることは、本当に民のためになるのですか?」
「ああ、なるとも。疑うなら、その目で確めるがいい」
セリーナからフッと身体を離し、クレイスは踵を返す。至近距離で見つめ合っていたにも関わらず、クレイスの目は、一度もセリーナを映していないように感じた。
(嫌な予感がします……)
遠ざかるクレイスを背を見ながら、セリーナは胸騒ぎを感じていた。
エミリアがジュードにマドレーヌを振る舞っている頃、王都のクレイスは王の執務室を訪ねていた。
「どうした。お前から私の部屋に来るなど珍しいではないか」
「今日はご提案したいことがあって参りました」
「申してみよ」
約束もなくやって来た者には取り合わない王だが、息子となれば多少は多めにみるのか、書類に走らせていたペンを止め、顔を上げる。クレイスは王の机の前までやってくると、紙の束を机の上に広げた。
「これは昨年、ワインが原因で起こった事故です」
「それがどうしたのだ? ワインを飲めば酔うものだ。酔えば事故を起こすことも珍しいことではないだろう?」
「ええ、それは父上のおっしゃるとおりです。しかし、ここに書かれている事故は、酔った事による事故ではありません。ワインを飲んだけで死んでしまった、という事故です」
「ワインを飲んだだけで? 聞いたこともないな」
「私達が飲んでいるような、名のある工房が作ったワインであれば、飲んだだけで死ぬようなことはまずないでしょう。しかし、家庭で作っているものや、街に安く出回っている品質の低いものでは、それなりに起きていることのようです」
「なるほど。しかし、なぜ今さらこのような事に注目し始めたのだ?」
「私が医学を学んだためです」
「お前が医学を! あれだけ嫌っているエミリアが始めた医学をお前が……」
クレイスは、何やら感動している様子の王を無視する。
「医学を恨む理由はありませんから。私が医学を学んでわかったことは、適切な方法で製造されていないワインは危険だということです」
「なるほど。では、適切な方法で製造するように徹底させよう」
「父上、それでは不十分です。いくら王の命とはいえ、今粗悪品を売っているような連中が素直に言うことを聞くとは思えません」
「ではどうするのだ?」
「取り締まるべきです」
「そんな金がどこにある」
「ですから、ワインを含めた酒に税を課します」
「なるほど……しかしそれは誰に納めさせるのだ?」
「酒を製造している者たちです」
「つまり、正しい製造方法を守ったうえで、酒の販売にかかる税も納めろと?」
「その通りです」
「それを素直に聞く者がどれだけいるか……」
「そのための取り締まりです。すでに酒を製造している者には、正しい方法で作っているのかの確認をし、問題なかった場合にのみ酒の製造について王の許しを与え、税を納めさせる。作り方に問題があった場合や、税を納めなかった場合は、酒の製造の禁止する。これで正しい方法で作った酒のみが出回るようになるはずです」
「ふむ…………わかった、検討しよう」
「いえ、父上、これは緊急で対応するべきです。このままでは今年もワインを飲んだけで死ぬ民が出てしまいます」
「そうは言ってもな、クレイスよ。今はそれができる者がおらん。私はもちろん、宰相を始めとした私を支えてくれている貴族たちも、皆今担当している仕事で手一杯だ」
「ええ、それはわかっております。ですから父上、この仕事、私に任せてはいただけませんか?」
「お前に? うーむ……」
王が悩むのも無理はない。クレイスは先日学院を卒業したばかり。一応成人王族であるとはいえ、これほど大きな仕事を任せるのは少し早い。
「父上、私はエミリアを見て思ったのです。私ももっとこの国のためにならねば、と。あれだけ悪逆非道の限りを尽くしたエミリアが、心を入れ替えて民のために尽くしているのです。私が何もしないわけには行きません」
クレイスの決意に満ちた瞳を見て、王は嬉しくなった。少し自分勝手なところがあり、民のために行動する事ができるのか心配していた息子が、民のためになにかしたいと言っているのだ。
「よく言った、クレイス! そうでなくては時期王など任せられぬ! お前の力で成し遂げて見せよ!」
「はい! 必ずや父上のご期待に添える結果にしてみせましょう!」
(不安が完全になくなった訳では無いが、あのクレイスが初めて自分から民のために動こうとしているのだ。ひとまず任せてみようではないか)
王は息子の成長を喜んでいた。クレイスは、決意に満ちた表情のまま王の執務室を後にする。
ちょうど執務室を出たところで出くわしたセリーナは、クレイスの口角が上がっている事に気がついた。
「クレイス殿下? なにか良いことでもあったのですか?」
「そう見えるか?」
「ええ。何やら笑っておられましたから」
「実は、父上に大きな仕事を任せていただけたのだ」
「大きな仕事?」
「ああ。民のためになる素晴らしい仕事だ」
「クレイス様?」
言葉とは裏腹に、クレイスの笑みは酷薄なものへと変わっていく。民のためになる仕事を任され、充実感を得ている、という様子には見えなかった。
「ん?」
「クレイス様のなさろうとしていることは、本当に民のためになるのですか?」
「私に意見するのか?」
クレイスはセリーナを壁に追いやると、その顎を指で持ち上げる。しかし、セリーナは一歩も引く様子を見せなかった。
「クレイス様、もう一度聞きます。クレイス様のやろうとしていることは、本当に民のためになるのですか?」
「ああ、なるとも。疑うなら、その目で確めるがいい」
セリーナからフッと身体を離し、クレイスは踵を返す。至近距離で見つめ合っていたにも関わらず、クレイスの目は、一度もセリーナを映していないように感じた。
(嫌な予感がします……)
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