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23解析の魔法

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 叙勲式を終え、王都の公爵邸から公爵領に本邸に戻ったエミリアは、解析の魔法で細胞を観察していた。

「見えた!」

 細胞小器官を姿を捉えたエミリアは声を上げた。
 
「何がですか、お嬢様?」

「細胞の中身よ。ようやくだわ」

「細胞の中身が見えると何ができるのですか?」

「ワクチンを作れるわ」

「ワクチン?」

「なんて言ったらいいかしら……そうね、それを打つと、実際に病気になった時の症状を軽くすることができるのですわ」

「それはすごいですね。どういう原理なのですか?」

「一度罹った病気にもう一回罹ると症状が軽くなるでしょう? それを人工的に起こすのですわ」

 イリスは医学を学んでいはいない。だが、この説明であれば理解できるだろう。と、思っていたのだが――

「病気にかからなくても免疫を得られるということですか」

(なんで免疫のことだってわかったの?)
 
「…………イリス、あなたいつの間に医学に詳しくなったかしら?」

「確かに私はお嬢様の講義は受けておりませんが、お嬢様が研究する姿はいつもそばで見ております。ですから、簡単なことは自然に覚えてしまいました」

「なるほど、確かにイリスはいつでも私の隣にいてくれましたわね」

「お嬢様のお守りするのが今の私の使命ですので」

「ふふっ、頼りにしてるわね。それからイリス、アウレリアノを呼んで来てくれるかしら。そろそろ今日の医学講義も終わるはずだわ」

「かしこまりました」

(さて、ここからが大変ね……)

 解析の魔法で細胞小器官を見ることはできた。魔法を使えば細胞小器官を動かすこともできる。メッセンジャーRNAを取り出せたら、ワクチン開発のスタートに立てたと言っていいだろう。

「頑張りますわよ! まずはインフルエンザワクチンの開発ですわ!」

 エミリアが気合を入れた時、イリスがアウレリアノを連れて戻ってきた。

***

「――――という手順で作業を進めますわ」

 エミリアはワクチン開発の手順を一通り説明し終え、話を聞いていたアウレリアノとイリスの方に振り返った。

「エミリア様、その手順ですと、エミリア様しかできない作業が多すぎますぞ?」

「ええ、わかってますわ。ですから、効果が確認できた後、私がいなくてもできる量産方法を検討しますわ」

「そういうお考えでしたか。出過ぎた発言をお許しください」

「気にしてませんわ。気になったことはどんどん指摘してくださって構いませんわ」

「ではお嬢様、その量産方法とやらに、目処はついているのでしょうか?」

「ええ。魔法を用いて先ほど説明したメッセンジャーRNAを量産しますわ。目に見えないほど小さなものを操ることになりますから、大変でしょうけど、補助魔法陣を使えば、実現可能なはずですわ…………おそらく」

「自信はない、と。それでジュード様をお呼びしているのですね? てっきりまた……」

 エミリアは三白眼をイリスに向ける。その耳はほんのりと色づいていた。

「イリス?」

「失礼いたしました。ワクチンの量産に必要だというのが7割、ジュード様に会いたいというのが3割だと理解しておきます」

「謝る気ありませんわね!? 10割ワクチンのためですわ!」

「本当ですか? では?、ジュード様には会いたくないのですね?」

「それは……」

 (実際どうなのかしら? 私はジュードに会いたいのかしら?)

 とかなんとか考えながら、すでにエミリアの心は踊っている。考えるまでもなくジュードに会いたいのだ。

「………………会いたい、ですわ」

「かしこまりました。その日はとっておきのお召し物をご用意いたします」

「…………ありがとう……ですわ……」
 
 何やら話が脱線し、その場に流れた甘酸っぱい空気を壊すように、アウレリアノは質問する。
 
「それで、エミリア様、実際このワクチンとやらはどれくらいでできそうなんですかな?」

「こほんっ。そうですわね……インフルエンザウイルスはすぐ用意できるはずですわ。それを加味すると……ざっと1週間ですわ」

「1週間、ですか。つまりエミリア様はこれから1週間研究室にこもりきりだと」

「あー…………っと…………そうですわ」

 現在、医学講義はエミリアとアウレリアノの2人で交互に行っている。1日の講義が5時間、質疑応答を含めると6~7時間は医学講義に時間をとられるのだ。エミリアがワクチン開発に集中するということは、アウレリアノがその全てを1人で対応しなければならないということになる。

「はあ、わかりました。エミリア様がそういうことをする時は、いつもそうしなければならぬ時。このアウレリアノ、その間の医学講義はすべてお引き受けいたします」

「助かりますわ。それで、そのイリス姉様……」

「はあ、わかりました。エミリア、しばらくの間公務は任せなさい」

 エミリアは領主代理でもある。医学のことだけ考えていればいいだけではないのだ。領主の承認が必要な書類の確認、式典への参加、街の視察等々、領主代理としての仕事もそれなりにある。

「いつも通り、あくまで私はあなたから全権を預けられた使用人、ということで良いのよね?」

「ええ、それで構いませんわ」

 イリスは以前にも何度か、エミリアの全権代理として、公務を代わってもらったことがある。一介のメイドが領主代理の全権代理を務めることを領民が不審がらないのは、イリスが公爵の娘だという噂が流れおり、それを信じている民が多いからだ。そういう意味では、イリスの秘密は、もうバレているとも言えるかもしれない。

「任せなさい。でも、1週間以上は無理よ?」

「わかってますわ」

 アウレリアノとイリスは部屋を出ていった。さっそく仕事に取りかかかるようだ。

(さて、私も頑張らないとね!)

 エミリアはインフルエンザに感染させた細胞に対して解析の魔法を使い、ワクチン開発を始めたのだった。
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