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20再び王都へ

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「お父様、お話というのは?」

(わざわざ忙しいお父様が公爵領まで帰ってくるなんて、何かあったのかしら)

「まあ座れ、エミリア」

「はあ……」

(なんかちょっと嬉しそう? とりあえず怒られるわけじゃなさそう)

 イリスが用意してくれた紅茶に口をつけて、エミリアは一息つく。公爵が帰ってくるとついさっき聞かされるまで、インフルエンザに関する質問の手紙の回答に追われていたのだ。

「エミリア、陛下がお前に勲章を授与したいとおっしゃっている」

「がはっ!? ごほっ……」

 突然のあまりにも予想外の言葉に、エミリアは飲んでいた紅茶で盛大に咽せる。なんとかソーサーと自分の服だけに被害を留めたが、それなりの量をこぼしてしまった。

「汚いぞエミリア」

「し、失礼いたしましたわ……」

「お嬢様、こちらを」

「ありがとう、イリス」

 イリスが差し出してくれたタオルでこぼれた紅茶を拭う。

「なんでまた突然、社交界を追放された私に勲章をくださるなどという話になったのです?」

「毎年、冬にそれなりの死者を出していた熱病……お前の医学でなんというんだったか……」

「インフルエンザですわ」

「そう、そのインフルエンザに関するお前の功績を陛下はとても高く評価しておられるのだ」

 公爵が言うには、毎年冬になると貧しい民の多くが熱病で亡くなってしまうことに、王は心を痛めていたらしい。原因もわからなかったため、なにもできずにいたところに、エミリアの医学が登場し、感染者数と死者数が例年になく少なくなった。そのことを王は大層喜んでいるらしい。

「それで私に勲章を…………しかしお父様、私はまさにその陛下のご子息から婚約破棄をされて自領で過ごしておりますわ」

「そうだな」

「その私に勲章だなんて、クレイス殿下が黙っていないのではないですか?」

「いや、それがどうも、叙勲の件は第一王子殿下には知られぬよう、ことを進めているようでな」

「うわあ…………面倒なことになりそうですわね……」

「お嬢様、本音が出ております」

「…………失礼いたしましたわ」

「はあ……お前というやつは…………しかし、お前の気持ちもわからんでもない。殿下は、最後には周りの反対を押し切ってお前との婚約破棄宣言することに決めたらしいしな。今回の叙勲の件も、知れば絶対に反対してくる」

「でしょうね。しかし、叙勲式に殿下がいない、というわけにはいきませんわよね?」

「そうだ。したがって、どれだけ隠したところで、叙勲式の日には露呈する」

「難しいですわね……」

(クレイス様とのことだけを考えるなら、この件は断るのが得策よね。でも、私を呼んでいるのは今の国王陛下。あと半年もしないでコ◯ナがこの世界で流行ることを考えると、王から嫌われるのは避けたい)

「だから私が直接来たのだ。エミリア、私はこの件は断っても問題ないと思っている」

「お父様……」

「第一王子殿下の件は、陛下もお前に負い目があるようだからな。もしここでお前が断っても、陛下はお前を非難したりはできないだろう」

「そうなのですね」

 エミリアはしばし考える。

 エミリアと公爵の紅茶がなくなり、イリスが新しい紅茶を注ぎ終わった頃、エミリアは口を開いた。

「お父様のお気遣いは嬉しいですわ。ですが、今回の件、私は叙勲式に参加しようと思いますわ」

「…………大丈夫なのか?」

 公爵が、いや、父が言いたいのは、クレイス王子が何をしてくるかわからないのに大丈夫か、ということだろう。エミリアは安心させるように大きく強く頷いた。

「大丈夫ですわ。実は私、セリーナさんとお友達になったのです」

「あのセリーナ嬢と? よく許してくれたものだな……」

(そういえば、どうしてこの前会った時、昔のこと何も言われなかったんだろう? あれだけ酷いことしたんだから、まだ恨まれてて当然だろうに……)

 この前マーキュリー男爵領で会った時した話といえば、クレイスに関することだけだ。エミリアにとってセリーナにしたことは、自分(転生前のエミリア)の記憶であって自分(転生後のエミリア)の記憶ではない。そのせいもあって、セリーナに対して、正直そこまで負い目は感じないなかったりする。しかし、セリーナにとっては間違いなく自分の記憶のはずだ。どうしてその点に触れてこなかったのだろうか。

「私の医学を知って、昔のことを水に流してくれたのですわ」

(と、いうことにしとこう。多分違うだろうけど)

 一番考えられるのは、自分が過去に受けた仕打ちより、今の様子のおかしいクレイスのことが心配だった、という可能性だ。しかし、それを宰相でもある父に言えば、間違いなく話がややこしくなるので伏せておくことにする。

「お前が良いならいいが……十分気をつけろよ?」

「ええ、わかってますわ」

 それから数日後、エミリアは叙勲式に参加するべく王都へと移動した。もちろんお忍び用の簡素な馬車だ。

 実を言うと、社交界から追放されているエミリアだが、王都に入ること自体は、なんの問題もない。慣例として、社交界を追放されたものは、王都に戻ることがない、というだけだ。社交界に参加できないだけで、それ以外に行動の制限はない。

(まあ、だからといって、堂々と王都にいるわけにもいかないんだけどね……)

 慣例を重視する貴族社会で、堂々と慣例を破るほど、エミリアもバカではない。エミリアは誰にも気づかれず、王都の公爵邸までたどり着いた。

「エミリアさん、お待ちしておりました」

「セリーナさん? どうしてここに……」

 誰にも気づかれすに移動したはずのエミリアたちを、王都の公爵邸で待っていたのは、父である公爵でも、母である公爵夫人でもなく、セリーナだった。
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