うつろな果実

硯羽未

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「えっと……そうですね、楽器やってる人で。見た目はね、男の子になりたかった女の子、って感じなの。だけど服装とか髪とか、ちゃんとその人なりにこだわってるのがわかって、いつも綺麗にしてる。実際の男の子って、どんなに見た目きちんとしても、どこか繊細さに欠けるというか……」
「ああ、なるほどね。言いたいことわかる気はする」
「でも、禅さんはね。そういう男臭いの、非常に少ないと思います」
「えっ僕? ……それは褒められてるの? 貶されてるの?」
「本人の意識にもよりますよね」
 禅一は判断に困る批評に複雑そうな顔をしている。なんだか楽しくなって、環奈はくすくす笑った。
「──まあ、僕のことは置いておこうか。環奈さんのお話に戻ろう」
「あ、うん。でね……、こんなに相手が気になって気になって仕方ないのに、周囲にどんな目で見られるかとか、そっちもすごく気になって」
「昔と違って、今は多様性の時代だから、そんなに気にしなくてもいいかも……でも、本人にしてみれば、意外とそんな風に思えなかったりもするんだよね」
「そうなの……もしかして禅さんもそういうのありますか?」
「そう見えるならそうなんだろうし、思い違いかも。好きに取ってくれていいよ」
「禅問答ですね。……あは、禅さんだけに」
「巧いこと言うね」
「でも、あたしは自分をビアンとか思ったことはないし、……どうしたらいいか、よくわかんなくて」
 言葉にしたら、突然涙が滲んできた。
 こぼれはしなかったが、禅一がペーパーナプキンを差し出してくれる。
「えっ、なに。……やだ」
「大丈夫。僕の他には誰もいないよ」
 自分でびっくりして、慌てて差し出されたナプキンで目元を拭う。禅一の落ち着いた優しい声は、自然と環奈まで落ち着かせてくれた。
「自分の性的嗜好セクシャリティに名前をつけるのはまだ年齢的に早いかもしれないけど、今その子を好きな自分が嘘じゃないなら、それはそれでいいと僕は思う」
「でも……キモいとか思われたら」
「選択肢として……最初から何もしないか。または勇気を出して行動を起こすか。勿論、相手が気持ちを汲んでくれないこともある。そこで諦めるか、それでも粘って相手の意識を変えてゆくか。無責任なことは言いたくないけど、既に相手も環奈さんを憎からず思っている可能性だって、なくはない。いろんな分岐はあるけれど、結局は自分がどうしたいかだよ」
 押し付けるでもない、さらりとした口調だ。
「どう……したいのか、わからない。だって、先のこととか考えると」
「あのね、セクハラになりそうで怖いんだけど、例えば環奈さんがその子とパートナーになれたとして、じゃあ最終的にどうなるのか、肉体関係まで行くのか? ……とかは、今の時点で考えなくてもいいんだよ。そういうのは後からついてくるだろうし、精神的に愛してても、一線を越えるのは嫌だって人もいる。十人十色だからね」
「でも……」
「これはあくまでも僕の意見だから、環奈さんの思うようにしたらいい」
「……うん」
 再び落ちた沈黙に、禅一は終了のサインを読み取ったらしく、ちらりと自分の腕時計に目をやる仕草をした。二人で話し始めてから、既に十分以上経っていたようだ。
「話したくなったら、またどうぞ。ごゆっくり」
「……ありがとう、禅さん。今日だけじゃなく、これからも禅さんて呼んでいい?」
「これからも来てくれるならね」
 勿論そのつもりだった。


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