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第18話 終わる世界Ⅱ
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心は、頭と体のどこにあるのか?
デルフィニウムの場合……心はどちらにも存在した。体は頭に引っ張られ、機械人形である未散の心と混ざり合った。
冷凍して眠らせていたデルフィニウムの頭が目覚めたのをきっかけに、ミチルの曖昧な記憶は戻った。アサトがデルフィニウムを解凍したのは、これを試みたかったのだろうか?
死なない者がこの世からいなくなるか? という実験結果は、今回においては「不可である」とする。
ネモフィラの場合……新しい頭の意識をすべて奪い、自我を保った。その際ネモフィラの頭は体から遠く離されていたが、それが影響したのかは不明だ。
ネモフィラの新しい頭は無機物と有機物のハイブリッドで、状況がデルフィニウムとは異なっている。しかしどちらにせよ、ネモフィラはネモフィラでしかなかった。
アサトに遺棄されたネモフィラの本来の頭は、その後グロリオサによって回収された模様。
今回の事例により、Dを媒体として永遠の命を望んだ者の頭部のみをDに移植する、というプランは現実的ではない。
「なんだこりゃ」
アサトが僕のワードプロセッサの文章を読み終わり、不可解な声を上げた。
「デルフィニウムの実験結果だよ。この前ネモフィラに会った」
「そこじゃねえんだわ。デルフィニウム……? どういうことだ。お前デルフィニウムだったのか? 俺の親を殺したあの……、デルフィニウム?」
アサトは知らなかった事実に対して、混乱しているようだった。
そうか、アサトは知らなかったのか。なんで知らないんだ。
面倒なことになりそうだと血の気が引く思いだったが、やがてアサトは長い長いため息をつき、しばらくしてから口を開いた。
「もしかしてデルフィニウムは、永遠の命とやらの実験体だったのか? だから未散にはロックが掛かってた」
「ただ静かな場所に逃げたかったんだ」
「……Dはこれから、どうする?」
「さあ。僕にはわからない。でも、何が起こったとしてもそれはアサトのせいじゃないから気にしなくていいよ」
このまま世界は終わるのかもしれない。人口の減ったこの世界は、既に国家も崩壊している。植物に浸食され、本来の姿に戻ろうとしているのだろうか。
もう崩壊は止められないのかもしれない。Dはウイルスのように増殖し、デルフィニウムだけをどうこうしたところで、解決の糸口は見えない。
それで世界が終わるなら、それはそういう運命だったのだ。
「ねえところで、アサトが散々Dと試した快楽というのは何か、今更だけど聞いていい? 一体どこの誰と試したんだ。ずっと気になってた」
僕はわざとまるで関係のない話を持ち出してやった。尤も、実際気になっていたことではある。
「あー……それは……」
アサトは何だかばつが悪そうに言葉尻を濁した。
性欲が強いのは知っているから仕方ないと諦めているものの、やはり僕としては面白くない。
「違う……あれは、お前のことだ。嫉妬してくれるかなーと……」
「え」
なんだこの可愛い男は。
予想外の言葉が返ってきたので、僕は思わず笑ってしまった。
「嫉妬……嫉妬ねえ」
「んだよ! 俺は本当に小さい時からずっと未散と一緒にいて、途中から体はDになっちまったけど、マジで! お前が一番大切だったから……ああもう、これ以上言わせるんじゃねえよ」
照れたのか、アサトはそっぽを向いて小さなキッチンの方に行ってしまった。
長い間、僕達は一緒にいた。これからもそれは変わらない。
多分アサトが先に死ぬだろう。何故なら僕はデルフィニウムと同化してしまったのだから。
「僕はアサトが死ぬまで一緒にいるから、安心したらいいよ」
聞こえるか聞こえないかの声で、僕は呟いた。
アサトが死んでしまったら、その後僕はどうしたら良いのだろうか。それは遠い未来であるのか、もしかしたら明日なのか。答えの出る問題ではなかったので、それ以上そのことについて考えるのはやめた。
──けれどもしも叶うなら。
終わりゆくこの世界でアサトに壊されたいと願う。そう思ったのが僕であったのかデルフィニウムであったのか、今となってはもうわからなかった。
僕は閉じることの出来ないモノアイで、ただ行く末を見つめてゆくだけなのだ。
終
デルフィニウムの場合……心はどちらにも存在した。体は頭に引っ張られ、機械人形である未散の心と混ざり合った。
冷凍して眠らせていたデルフィニウムの頭が目覚めたのをきっかけに、ミチルの曖昧な記憶は戻った。アサトがデルフィニウムを解凍したのは、これを試みたかったのだろうか?
死なない者がこの世からいなくなるか? という実験結果は、今回においては「不可である」とする。
ネモフィラの場合……新しい頭の意識をすべて奪い、自我を保った。その際ネモフィラの頭は体から遠く離されていたが、それが影響したのかは不明だ。
ネモフィラの新しい頭は無機物と有機物のハイブリッドで、状況がデルフィニウムとは異なっている。しかしどちらにせよ、ネモフィラはネモフィラでしかなかった。
アサトに遺棄されたネモフィラの本来の頭は、その後グロリオサによって回収された模様。
今回の事例により、Dを媒体として永遠の命を望んだ者の頭部のみをDに移植する、というプランは現実的ではない。
「なんだこりゃ」
アサトが僕のワードプロセッサの文章を読み終わり、不可解な声を上げた。
「デルフィニウムの実験結果だよ。この前ネモフィラに会った」
「そこじゃねえんだわ。デルフィニウム……? どういうことだ。お前デルフィニウムだったのか? 俺の親を殺したあの……、デルフィニウム?」
アサトは知らなかった事実に対して、混乱しているようだった。
そうか、アサトは知らなかったのか。なんで知らないんだ。
面倒なことになりそうだと血の気が引く思いだったが、やがてアサトは長い長いため息をつき、しばらくしてから口を開いた。
「もしかしてデルフィニウムは、永遠の命とやらの実験体だったのか? だから未散にはロックが掛かってた」
「ただ静かな場所に逃げたかったんだ」
「……Dはこれから、どうする?」
「さあ。僕にはわからない。でも、何が起こったとしてもそれはアサトのせいじゃないから気にしなくていいよ」
このまま世界は終わるのかもしれない。人口の減ったこの世界は、既に国家も崩壊している。植物に浸食され、本来の姿に戻ろうとしているのだろうか。
もう崩壊は止められないのかもしれない。Dはウイルスのように増殖し、デルフィニウムだけをどうこうしたところで、解決の糸口は見えない。
それで世界が終わるなら、それはそういう運命だったのだ。
「ねえところで、アサトが散々Dと試した快楽というのは何か、今更だけど聞いていい? 一体どこの誰と試したんだ。ずっと気になってた」
僕はわざとまるで関係のない話を持ち出してやった。尤も、実際気になっていたことではある。
「あー……それは……」
アサトは何だかばつが悪そうに言葉尻を濁した。
性欲が強いのは知っているから仕方ないと諦めているものの、やはり僕としては面白くない。
「違う……あれは、お前のことだ。嫉妬してくれるかなーと……」
「え」
なんだこの可愛い男は。
予想外の言葉が返ってきたので、僕は思わず笑ってしまった。
「嫉妬……嫉妬ねえ」
「んだよ! 俺は本当に小さい時からずっと未散と一緒にいて、途中から体はDになっちまったけど、マジで! お前が一番大切だったから……ああもう、これ以上言わせるんじゃねえよ」
照れたのか、アサトはそっぽを向いて小さなキッチンの方に行ってしまった。
長い間、僕達は一緒にいた。これからもそれは変わらない。
多分アサトが先に死ぬだろう。何故なら僕はデルフィニウムと同化してしまったのだから。
「僕はアサトが死ぬまで一緒にいるから、安心したらいいよ」
聞こえるか聞こえないかの声で、僕は呟いた。
アサトが死んでしまったら、その後僕はどうしたら良いのだろうか。それは遠い未来であるのか、もしかしたら明日なのか。答えの出る問題ではなかったので、それ以上そのことについて考えるのはやめた。
──けれどもしも叶うなら。
終わりゆくこの世界でアサトに壊されたいと願う。そう思ったのが僕であったのかデルフィニウムであったのか、今となってはもうわからなかった。
僕は閉じることの出来ないモノアイで、ただ行く末を見つめてゆくだけなのだ。
終
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