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第14話 リブート
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数日未散は電源が勝手に落ちるのと再起動を繰り返していた。このままでは本当に駄目になるという焦りが募る。
「なんかねえかな……打開策」
「アサト……僕はもうジュウブン。アサトは大人になったし、一人でもイキテいける」
ぽつりと漏れた声に、再起動から目覚めた未散がつまらないことを返した。
「あー、そういうこと言う」
一人になるのは嫌だった。相棒とも呼べる存在の未散がいなくなるのは耐えられなかった。アサトの機嫌を損ねたと思ったのか、未散はすぐに違う意見を出す。
「……もしかシタラだけど、メーカーの入っていた建物にヒントがあるカモ?」
「ああ、確かに……なんかマニュアルとか、関係者に繋がるもんとか、あるかもな」
「ない可能性も、アルけど」
「駄目元で行ってみよう。俺は行かないで後悔するより、行って後悔する」
「そうか……じゃあ、一緒にイコウ」
アサトは未散を連れて出かけることにした。フードのついた服を着せて、頭部を目立たせないようにする。機械だから何をしても良いという思考の人間に遭遇するのを、少しでも減らす為だ。未散のモノアイはすぐに人間でないことがバレてしまう。
けれど遭遇したのはそういった悪意のある人間ではなかった。悪意はなかった、多分。
「やあこんにちは」
なんだか機嫌の良さそうな、鈴を転がすような声がどこかでした。
未散の開発メーカーの跡地を調べ、そこに向かう道中の地下鉄構内。地下鉄と言っても既に稼働はしていない。ただ、ルートが残されているのみだ。そこに沿って目的地の方向へ向かっていた。
暗闇の中に線路が続く。不便に思った誰かが、ところどころに気持ちばかりの照明を取り付けた。太陽光発電による電力の供給があるのは不思議だった。
一目でDであると判断出来たが、何故あちらから挨拶されるのだろう。アサトに用があるのだろうか。相手に悟られないように身構えるが、Dはのんびりと話しかけてきた。
「その子……命が尽きようとしているね」
未散の方を見ながら、Dは淡々と指摘した。
「内部に重大な欠陥がある」
「……適当なことを」
ぱっと見ただけなのに、内部の欠陥などわかるはずもない。未散は確かに再起動を繰り返しているが、そんなことを今出会ったばかりの者が知る術はなかった。それなのに、何をわかったような口を聞いているのだ。
「もし君がよければ、僕がその子の代わりの体を用意してもいいよ」
Dはその綺麗な顔に柔らかい笑みを浮かべ、こちらに歩み寄った。
「ある実験をしたくてね」
「実験?」
「死なない者が、どうしたらこの世からいなくなれるかの、実験だよ」
Dの言っていることがよくわからなかった。
「まあ君には関係のない話だが。もしかしたらデメリットもあるかもしれないし、よければの話。嫌なら他を当たる」
「──聞くだけ聞いてやる」
本当は、Dと差し向かいで話すのは好ましくなかった。相手を信用出来るはずもない。人類の天敵、厄災と言われている。Dはこちらの命など大したものと思っていない。
けれどもし、そこに未散を救う手立てがあるのであれば、聞かない手はなかった。
「実はね。僕は頭と胴体を離されても死なないんだ」
「……知ってる」
「おや、驚かない? 僕が君達の言うところの【D】であるとわかるのか?」
「見りゃわかんだろ」
「ふうん」
Dは面白そうにアサトのすぐ傍まで歩み寄ると、パーソナルスペースを侵して来た。近距離で見るDは本当に美しく整った姿かたちをしていて、可憐で、良い匂いがした。
くらりとする。
何が媚薬効果のあるような匂いを発しているのかも知れない。この匂いを嗅いでいると、頭の芯が何か別のものに支配され、力が抜けてゆく。理性が飛びそうになる。
「心はどこにあると思う?」
教師が生徒に質問するような口調で、Dが静かに訊いた。そんなこと改めて考えたこともなかったアサトは眉を顰める。
「頭と胴体が離れた時、心はどちらにあるのだろうか」
「……頭……、じゃねえの」
「例えば手や足には感情があるだろうか。それは僕を構成する大切な一部ではあるが、恐らく心はない気がする。じゃあ心臓。心臓には心という字が付くから、可能性としてはあるのかな」
何故こんな話になったのだろう。アサトはDが一体何を言いたいのか、まるでわからずにいた。聞いている間もずっと頭がくらくらとして、早く離れた方が良いに決まっているのに何をやっているのだろう。おかしくなりそうだった。
「これ何か意味のある会話なのか……」
「あれ、どうした? 顔が赤い」
「……少し離れてくれ」
「そんなに僕の匂いに反応するなんて、きっと体の相性がよさそうだね」
くすくすと楽しそうに笑うDは、横にいる未散に視線を移した。未散にはDの発する匂いは効かないようで、ただぼんやりと突っ立っている。
「単眼のドール……素材としては面白い」
一瞬のことだった。
アサトの了承も何もなく、Dは被っていたフードごと、いきなり未散の頭をもぎ取った。
「……は……っ!?」
何をしてくれているのだ。
ただ話をするだけだと思っていた。こちらの油断があったのは否めない。
「まずはこれが第一段階だよ。大丈夫、そんな顔をしなくてもね。……ただ、失敗したら運が悪かったと諦めてくれるかい」
未散の体が、バランスを崩してその場にがしゃりと倒れ込んだ。
「なんかねえかな……打開策」
「アサト……僕はもうジュウブン。アサトは大人になったし、一人でもイキテいける」
ぽつりと漏れた声に、再起動から目覚めた未散がつまらないことを返した。
「あー、そういうこと言う」
一人になるのは嫌だった。相棒とも呼べる存在の未散がいなくなるのは耐えられなかった。アサトの機嫌を損ねたと思ったのか、未散はすぐに違う意見を出す。
「……もしかシタラだけど、メーカーの入っていた建物にヒントがあるカモ?」
「ああ、確かに……なんかマニュアルとか、関係者に繋がるもんとか、あるかもな」
「ない可能性も、アルけど」
「駄目元で行ってみよう。俺は行かないで後悔するより、行って後悔する」
「そうか……じゃあ、一緒にイコウ」
アサトは未散を連れて出かけることにした。フードのついた服を着せて、頭部を目立たせないようにする。機械だから何をしても良いという思考の人間に遭遇するのを、少しでも減らす為だ。未散のモノアイはすぐに人間でないことがバレてしまう。
けれど遭遇したのはそういった悪意のある人間ではなかった。悪意はなかった、多分。
「やあこんにちは」
なんだか機嫌の良さそうな、鈴を転がすような声がどこかでした。
未散の開発メーカーの跡地を調べ、そこに向かう道中の地下鉄構内。地下鉄と言っても既に稼働はしていない。ただ、ルートが残されているのみだ。そこに沿って目的地の方向へ向かっていた。
暗闇の中に線路が続く。不便に思った誰かが、ところどころに気持ちばかりの照明を取り付けた。太陽光発電による電力の供給があるのは不思議だった。
一目でDであると判断出来たが、何故あちらから挨拶されるのだろう。アサトに用があるのだろうか。相手に悟られないように身構えるが、Dはのんびりと話しかけてきた。
「その子……命が尽きようとしているね」
未散の方を見ながら、Dは淡々と指摘した。
「内部に重大な欠陥がある」
「……適当なことを」
ぱっと見ただけなのに、内部の欠陥などわかるはずもない。未散は確かに再起動を繰り返しているが、そんなことを今出会ったばかりの者が知る術はなかった。それなのに、何をわかったような口を聞いているのだ。
「もし君がよければ、僕がその子の代わりの体を用意してもいいよ」
Dはその綺麗な顔に柔らかい笑みを浮かべ、こちらに歩み寄った。
「ある実験をしたくてね」
「実験?」
「死なない者が、どうしたらこの世からいなくなれるかの、実験だよ」
Dの言っていることがよくわからなかった。
「まあ君には関係のない話だが。もしかしたらデメリットもあるかもしれないし、よければの話。嫌なら他を当たる」
「──聞くだけ聞いてやる」
本当は、Dと差し向かいで話すのは好ましくなかった。相手を信用出来るはずもない。人類の天敵、厄災と言われている。Dはこちらの命など大したものと思っていない。
けれどもし、そこに未散を救う手立てがあるのであれば、聞かない手はなかった。
「実はね。僕は頭と胴体を離されても死なないんだ」
「……知ってる」
「おや、驚かない? 僕が君達の言うところの【D】であるとわかるのか?」
「見りゃわかんだろ」
「ふうん」
Dは面白そうにアサトのすぐ傍まで歩み寄ると、パーソナルスペースを侵して来た。近距離で見るDは本当に美しく整った姿かたちをしていて、可憐で、良い匂いがした。
くらりとする。
何が媚薬効果のあるような匂いを発しているのかも知れない。この匂いを嗅いでいると、頭の芯が何か別のものに支配され、力が抜けてゆく。理性が飛びそうになる。
「心はどこにあると思う?」
教師が生徒に質問するような口調で、Dが静かに訊いた。そんなこと改めて考えたこともなかったアサトは眉を顰める。
「頭と胴体が離れた時、心はどちらにあるのだろうか」
「……頭……、じゃねえの」
「例えば手や足には感情があるだろうか。それは僕を構成する大切な一部ではあるが、恐らく心はない気がする。じゃあ心臓。心臓には心という字が付くから、可能性としてはあるのかな」
何故こんな話になったのだろう。アサトはDが一体何を言いたいのか、まるでわからずにいた。聞いている間もずっと頭がくらくらとして、早く離れた方が良いに決まっているのに何をやっているのだろう。おかしくなりそうだった。
「これ何か意味のある会話なのか……」
「あれ、どうした? 顔が赤い」
「……少し離れてくれ」
「そんなに僕の匂いに反応するなんて、きっと体の相性がよさそうだね」
くすくすと楽しそうに笑うDは、横にいる未散に視線を移した。未散にはDの発する匂いは効かないようで、ただぼんやりと突っ立っている。
「単眼のドール……素材としては面白い」
一瞬のことだった。
アサトの了承も何もなく、Dは被っていたフードごと、いきなり未散の頭をもぎ取った。
「……は……っ!?」
何をしてくれているのだ。
ただ話をするだけだと思っていた。こちらの油断があったのは否めない。
「まずはこれが第一段階だよ。大丈夫、そんな顔をしなくてもね。……ただ、失敗したら運が悪かったと諦めてくれるかい」
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