過負荷

硯羽未

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番外編 Love Addict

35-13

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「そうですねえ。……それに、興味が持てることがあるのは良いですし、伸ばしてあげたらいいんじゃないでしょうか」
「頑張って上手になって、自分のピアノで壱流に歌って欲しいんだって」
 くすりと笑んだまひるにつられ、瀬尾も笑った。



 瀬尾が帰ったあと、まひるはピアノの音が途絶えない部屋に足を向けた。黒光りするアップライトピアノは、去年壱流が買ってくれたもので、今のところ竜司の影響で興味を持ったギターには触れていない。
 まひるが来ても止まらない手は、まだ小さい。それでも頑張って譜面を追う目が、指先に落ちることはない。
「瀬尾先生帰ったよ」
「なんのお話したの? ママ」
「まふゆのこと、いろいろよろしくねって。……ねえまふゆ。ママや壱流たち以外に、ああいうこと言っちゃ駄目よ」
「なにを?」

 まふゆは手を止めて、ピアノの横に置かれたソファに座るまひるを見た。何を駄目出しされたのかわかっていない表情だ。
「壱流、泣いてたの?」
「……前に聞こえたから。そのあとは普通だったから、仲直りしたのかなって。竜ちゃんに聞いたら、そうだよって。大切なパパ泣かせてごめんなーって」
 うーん、とまひるは考え込むように眉間の辺りをこつこつと指で叩いてから、天を仰いだ。

(それって、泣いてたわけ?)
 もしかして、違うシチュエーションだったりしないだろうか。
 まふゆは相手のOKがなければ絶対にドアを開けたりしない。何か怪しげな展開になっていた時に、ドアの外にまふゆがいたとしたらどうだろう。
 その雰囲気にノックを躊躇って、引き返す。
(頭いたーい)
 困ったものだ。壱流は竜司限定のセックス依存症と言っても過言ではない。まふゆの前で竜司とべたべたすることはないが、ドア一枚隔てたらすることはしている。

「……ねーまふゆ。泣かされちゃう壱流、どう思う?」
「ん? んー……」
 まふゆは静かにピアノの蓋を閉じて、椅子から下りる。ソファまでやってきて、じゃれるようにまひるにくっついた。
「血の匂いがしなければいい」

 唐突に核心を突かれた気がして、まひるは一瞬目を見開いた。
 子供は結構、細かいところを見ている。
 最近壱流から血の匂いがすることはあまりないが、まふゆが生まれてからも何度か手首を切る機会はあった。それを覚えているのだろう、と思う。
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