過負荷

硯羽未

文字の大きさ
上 下
79 / 94
第34話(最終話) 真冬

34-3

しおりを挟む
「壱流ー? 入るぞ」
 何度ノックしても反応がなかったので勝手に入ると、案の定壱流はヘッドフォンをつけてテーブルに肘を突き、ノートパソコンに向かっていた。多分俺の曲を聴きながら歌詞を練っているのだろう。集中すると、多少のことでは反応しなくなる。

「ほらな、いるだろ」
「いたー」
 ようやく俺たちの気配に気づいた壱流が、ヘッドフォンを外してこちらを見た。まふゆを床に下ろしてやると、壱流のところへ走っていってまとわりついた。
 くっついてきたまふゆの額にちゅうとキスをして、さらさらの髪を撫でている壱流。
 これだけ見ると、娘を溺愛している普通の父親にも見える。

 けれど、けして一緒に住んだりはしない。生活に困らないように金銭的なことはちゃんとしているみたいだが、まふゆは寂しくはないのだろうか。変な家庭環境で育って大丈夫だろうか、と他人事ながらも心配だ。
 まふゆと戯れている壱流の傍に腰を下ろし、パソコンの画面を覗き込む。十数行の歌詞が出来ていた。退廃的なラブソングなんか書いている。
 誰を想って書くのだろう。俺だったら嬉しい気もするが、それはまひるかもしれないし、あるいは架空の女かもしれない。

「──あ、竜司。まだ見るな」
 俺の視線の先に気づいた壱流が、慌ててノートパソコンの画面をぱたんと閉じた。
「別にいーじゃねえか」
「書き途中だから駄目だ」
「いーじゃねえか」

 まふゆが俺の言葉を真似したので、壱流が思いっきり眉をしかめた。女の子が使う言葉ではない。俺の影響を受けて育ったら、外見は本当に可愛らしいのに台無しだ。壱流は俺を非難するように見て、ため息をついた。
「まふゆ、竜司になついてるよな」
「なんだ悔しいのか」
「竜ちゃんも、子供欲しかったりする? 誰かと結婚したいか?」
「──は?」

 いきなり聞かれて、俺は戸惑った。
 俺が結婚どころかまともな恋愛すら出来ないことを壱流は良く知っている。相手を忘却するし、俺には壱流の傍にいるという使命がある。それに、俺は自分の血を残そうなどとは思っていなかった。
 俺が残すのは、壱流が歌う為の曲。それだけで充分だ。俺がこの世にいたという証。俺が残せるただ一つのもの。
 心を覗き込むようにじっと見つめている壱流の黒い目をまっすぐに見つめ返し、俺は軽く笑った。

「そうだなあ。俺はまふゆと結婚しようかな。なあまふゆ。俺のこと好きだよなあ?」
「うん、りゅーちゃんすき」
「大きくなったらりゅーちゃんと結婚してくれるか?」
「んー?」
 結婚の意味も恐らくわかっていないだろうまふゆを壱流から取り上げながら冗談を言った俺に、壱流は本気で顔を歪めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

ポンコツアルファを拾いました。

おもちDX
BL
オメガのほうが優秀な世界。会社を立ち上げたばかりの渚は、しくしく泣いているアルファを拾った。すぐにラットを起こす梨杜は、社員に馬鹿にされながらも渚のそばで一生懸命働く。渚はそんな梨杜が可愛くなってきて…… ポンコツアルファをエリートオメガがヨシヨシする話です。 オメガバースのアルファが『優秀』という部分を、オメガにあげたい!と思いついた世界観。 ※特殊設定の現代オメガバースです

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

処理中です...