過負荷

硯羽未

文字の大きさ
上 下
66 / 94
第30話 遮られた視界

30-1

しおりを挟む
 どうしてこんなことになっているのだろうか。
 よくわからない展開に、俺はかなり戸惑っていた。
 最初壱流は、「歩み寄ろうとする気持ちだけで嬉しい」とか言っていたくせに、今俺は、微妙な立場にある。
 昼間は音楽番組の収録等があると言われてまひるの運転で出かけ、一曲弾いた。
 壱流のボーカルは、機嫌が直ったせいか、あるいは俺との妙な会話でテンションが持ち直したのか、昨日よりもいろんな意味で結構キてた。感情に左右されているのが、良くわかる。

 TVでしか見たことのない司会者が壱流に(たまに俺にも)何か話題を振っているのが変なふうに思えたり、記憶のない間に出てきた知らないアイドルやバンドの存在も奇妙だった。
 俺は浮いたりしていないだろうか、なんて心配をしてしまう。
 こういうことに、慣れていない。だがギターを弾いている間は、そういうことも失念する。弾いている間は、気持ち良い。俺からギターを取り上げたら何が残るだろう。
 その後別の場所で雑誌に載せる写真を撮ったり、一緒に載せるらしい取材を受けたりしたが、仕事が終わった途端壱流は昨日と同じくとっとと帰りたい空気を醸し出した。

 なんでそんなに帰りたがるんだか、俺にはよくわからない。
 出かける前に、取材で色々聞かれるだろうけど、壱流が仕切るからあまり考えなくて良いと言われた。
 対外的な俺のキャラクターというのは、「寡黙ないかつい男」という設定らしい。
 べらべらしゃべってもすぐに綻ぶだろうし、それは賢明ではあるのだろう。しかし俺は別に、本来無口な方ではなかった。ちょっとストレスがたまりそうだ。

 だが、それはいい。
 問題は、今の俺の現状だ。

 何も見えない。
 真の闇、ではない。
 周りは薄暗い。部屋の照明はまだ消されていないはずだ。けれど俺の目に、何も映ってはいない。目を瞑っている。そして俺の顔には包帯が巻かれている。
 壱流の手首に巻かれてあった、白い包帯。風呂に入ったあと新しいので巻き直したらしく、血はついていない。それが今何故か、俺の瞼を覆っている。

「これは一体なんのつもりだ……」
「あ、きつかった?」
「いや、そういう問題じゃなくて。なんで俺の視界を遮る?」
 風呂から出ても壱流はしばらく一人で部屋にこもり何かをしていたのだが、一時間くらいしてからパジャマ姿でやってきた。
 今日は特に、俺と一緒に寝ても良いかの確認は取らなかったが、ごく当然のようにドアをノックされた。

 床に座り込んでインターネットで現在の世の中の流れをリサーチしていた俺は、知らないうちに好きだった女優が引退していたことなんかを知って若干ショックを受けたりしていたのだが、その作業は中断された。
 まあ、ベッドは一つしかないし……。
 もう一つ買えるくらいの収入はあるだろうに、仕方ない奴だ。だがそれまで上手く眠りに就くことの出来なかった俺が、壱流と同じ布団の中だと何故かあっさり眠れたのは事実だった。
 ちょっと目を瞑ってじっとしてろと言われたのでうっかり壱流の言葉に従ったら、くるくると包帯を巻かれてしまった。俺の両手は自由だし、自分で解くことは可能なのだが、手をかけようとしたら止められた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

リセット

爺誤
BL
オメガの健吾が見知らぬアルファに犯されて、妊娠して死にかけて記憶喪失になって、見知らぬアルファが実は好きだった人だったのだが忘れている。記憶喪失のままで新たに関係を築いていく話。最終的には記憶を取り戻して平穏な生活をしていたある日、番のアルファが運命の番に出会うが、運命を断ち切って健吾を選ぶ。 ・オメガバースの設定をお借りしています 男性(Ω)妊娠、記憶喪失、運命の番(当て馬)。 ムーンライトノベルズにも掲載しています

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

もう一度、恋になる

神雛ジュン@元かびなん
BL
 松葉朝陽はプロポーズを受けた翌日、事故による記憶障害で朝陽のことだけを忘れてしまった十年来の恋人の天生隼士と対面。途方もない現実に衝撃を受けるも、これを機に関係を清算するのが将来を有望視されている隼士のためだと悟り、友人関係に戻ることを決める。  ただ、重度の偏食である隼士は、朝陽の料理しか受け付けない。そのことで隼士から頭を下げられた朝陽がこれまでどおり食事を作っていると、事故当時につけていた結婚指輪から自分に恋人がいたことに気づいた隼士に、恋人を探す協力をして欲しいと頼まれてしまう……。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

処理中です...