過負荷

硯羽未

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第19話 ポケットの中の

19-2

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 がっかりした。
 しかし壱流があまり落胆の表情を見せるのは、竜司に対して早く思い出せとプレッシャーをかけているような気がして、すぐに笑顔を作る。
 笑いたくない時でも、笑えるようになった。
 それがいいことなのか悪いことなのか、壱流にはわからない。本当は不安だったりつらくなったりすることが多いのに、どうして笑えるんだろう。

「ほら、冷えるし帰ろう」
 腕を引かれて、ふと我に返る。もう一つ話すべきことがあった。
「竜司、さっきの話だけど。あの、西野って女の。あれ、受ける気?」
「嫌か? だって壱流が送ったんだろ? いい話じゃん」
「だけど!」

 どこか嫌そうな壱流の態度に、竜司は苦笑する。何故嫌がっているのかは聞かなくても察したようだ。しかし竜司的には一向に気にした素振りがない。
「誰も悪くない。それくらい、わかってんだろ?」
 その頭に手が置かれて、ぐしゃぐしゃと壱流の髪を撫でた。

(誰も悪く、ない……)

 壱流も、まひるも、悪くない。
 怪我をしたのは竜司なのに、どうしてそんなふうにこともなげに言えるのだろう。覚えていないからか。
 覚えていても、竜司は同じことを言うだろうか。
 まひるが悪くないのは壱流も知っている。知ってはいるが、やはりわだかまりがある。沈黙してまた立ち止まった壱流に、目の前を行く男は軽く笑った。

「俺は壱流の為に弾けたら、なんだっていい。歌いたいんだろ」
(……あれ)
 今、
(なんかときめいたりして)

 どうしてか心臓が早くなった。
 急にどきどきしてきたのは何故だろう、と壱流は歩きながら考える。
 抱かれる時の感じとは違う、何か。

「しっかし寒いなあ。早く帰って温まろうな」
 温まろう、と言われ、そういえば出かけに変なところで中断されたままになっていたのを思い出す。なんとなくポケットを探り、先ほど払い損ねた万札を指で確認した。
「竜ちゃん、あのさ」
「んー」
「えーと……違うとこ、行かない?」
 言いづらそうに切り出した壱流に、速度を上げていた竜司の足が止まった。

「どこに? もう遅いだろ?」
「ベッド、狭いじゃん?」
「……は?」
 竜司はきょとんとして、壱流の顔をじっと見つめながらしばし考える。自分で言ってから、壱流は急に恥ずかしくなって視線を外した。

 何を言ってるのか。
 竜司がしたいからそうなっているだけで、壱流からお誘いしたことはまだない。言外にたまには広いベッドで寝たいと表現したのだが、これはつまり壱流からのお誘いだ。
 壱流はポケットから札を取り出して、呟いた。
「これで、お泊りしない? その……たまには」
 言っている意味がわかったのか、竜司はびっくりしたように何度か目を瞬かせた。
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