過負荷

硯羽未

文字の大きさ
上 下
20 / 94
第9話 悪循環

9-2

しおりを挟む
 確かに、そのとおりだ。
 どれが真実かなんて俺には見極められない。記憶がないのだから当然だ。日記でもつけてろよ昨日までの俺、と消えた自分を罵ってみて、ふと考える。
 ……もしかして、部屋の中探したら、そんなんがあったりするか?
「俺記録とか残したりしてねえの?」
「さあ……知らない。俺が知ってんのはスマホのメモ。……あ、そういえば」
 壱流は何かを思い出したように、一度停止して俯いた。

「なんだよ?」
「……いや、ちょっと恥ずかしいこと思い出した」
「さっきの3Pも結構恥ずかしいぞ。なんでもいいから、言えよ。俺はなんにもわかんねえんだから」
「あの……、ハメ撮りされたことなら、ある」
 ……それ、俺?
 そんな趣味はない、と思いたいのだが、そもそも壱流を抱いていること自体がおかしい。
 ハメ撮りなんて考える俺も、もしかしたらいるのかもしれない。……今の俺は、ドン引きする方だけど。

「竜司が忘れちゃった時に、これでも見せて思い出させてやれって。その動画見せながらさ、また俺のことめちゃくちゃ抱くの。……信じてないだろ?」
「いや……えーと……」
 つい先ほど信用されないのが辛いなんて言われたばかりだったので、素直に肯定することが出来なくて困った。かなり困惑した顔をしていると思う。すんなり受け入れることは出来ないが、とりあえず壱流の言うことを噛み砕いてやろうと努力してみる。

「その動画、残ってんのか?」
「えげつかなったから、すぐ消した。恥ずかしいもん」
 ……残念なんだか、ほっとしたんだか、自分でもよくわからない。
 別にそんなもの見たくはない。ただ、本当にそういうことがあったという記録が提示されれば、俺だって認めないわけにはいかない。何かの足がかりになると思ったから。

「昨日……記憶なくす前、」
 壱流の声のトーンが、少し落ちた。
 昼間の質問の続きだろうか。何か思い出したのかと待っていたら、言葉が続いた。
「俺、竜司を殺そうとしたんだ」
「──ああ?」
「出来なかったけど」

 あまりにも予想していなかった科白に、思考が停止する。
 いきなり、何を言うのか。
 それが事実なのかどうかよりも、本当に意味がわからなくて怒る気も失せる。どうしてそんな展開になったのだ。

 ……あ、もしかして。
 壱流は自分を抱く俺のことを、好きなんかじゃなかったのではないか?
 今日話した内容を最初から辿ってみても、俺が壱流を好きだと言ったという話は出てきても、壱流が俺をそういう意味で好きだという言葉は、一度も出てきていない。
 考え込んでいる俺をよそに、壱流がまた言葉を発した。

「そしたら竜ちゃん、また記憶喪失になってた。俺のことすごく好きだった竜司じゃなくて、前から知ってる友達の顔になってた。それはそれで、嬉しかったんだ。……だけど」
 言葉はそこで途切れた。
 なんと答えたら良いのか迷って、ひとまずくるくると包帯を巻いてやった。
 一旦立ち上がって勝手にクローゼットを探り、着替えを物色する。今着ている服は、血で汚れてしまっていた。いつまでもそれを身につけてるのは、なんとなくいたたまれない。

 ばさりと代わりの服を放って、「とりあえず着替えろ」とぞんざいに言った。壱流はぼんやりと、床に落ちた服を手に取る。
 服を掴んだまま、その体を丸めて自分の膝を抱えた壱流の姿は、猫のようにも思えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

もう一度、恋になる

神雛ジュン@元かびなん
BL
 松葉朝陽はプロポーズを受けた翌日、事故による記憶障害で朝陽のことだけを忘れてしまった十年来の恋人の天生隼士と対面。途方もない現実に衝撃を受けるも、これを機に関係を清算するのが将来を有望視されている隼士のためだと悟り、友人関係に戻ることを決める。  ただ、重度の偏食である隼士は、朝陽の料理しか受け付けない。そのことで隼士から頭を下げられた朝陽がこれまでどおり食事を作っていると、事故当時につけていた結婚指輪から自分に恋人がいたことに気づいた隼士に、恋人を探す協力をして欲しいと頼まれてしまう……。

すれ違い片想い

高嗣水清太
BL
「なぁ、獅郎。吹雪って好きなヤツいるか聞いてねェか?」  ずっと好きだった幼馴染は、無邪気に残酷な言葉を吐いた――。 ※六~七年前に二次創作で書いた小説をリメイク、改稿したお話です。 他の短編はノベプラに移行しました。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

運命のつがいと初恋

鈴本ちか
BL
三田村陽向は幼稚園で働いていたのだが、Ωであることで園に負担をかけてしまい退職を決意する。今後を考えているとき、中学の同級生と再会して……

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

処理中です...