過負荷

硯羽未

文字の大きさ
上 下
17 / 94
第8話 閉ざされたドア

8-1

しおりを挟む
 むかむかと腹を立てながら、テーブルの上に既に用意されていた夕食を一人で黙々と食べ始める。
 なんなのだ、一体。
 壱流など知ったことではない。勝手に二人で気兼ねなく何でもやったら良いのだ。
 しかし俺が部屋を出てからほどなくして、壱流が無言で廊下に出てきた。俺はあえてかける言葉もなく、通り過ぎるその姿を見送る。
 静かに、壱流の部屋のドアが閉まる音が耳の端で聞こえた。

「あーあ、壱流惨敗だね。ごめんねえ、竜司くん」
 裸エプロンからちゃんとした服に着替えたまひるが、俺のはす向かいに腰を下ろす。先ほどのことはまるで気にした様子もなく、さばさばとした態度に見えた。
「……ごめんとか言われても」
 こっちは気まずい。
 あんな姿にすんなり欲情してしまって、抵抗することも出来なかった。
 今は謝罪の言葉を吐く柔らかい唇に翻弄されて、流されそうになった自分に嫌悪すら 覚える。

 壱流の意図も見えないまま、本能の赴くままに気持ち良いことだけ考えていれば良かったのか。
 それにしてもさっきの壱流のあの態度。
 一体何様だ。思い起こせば結構ひどいことを平気な顔で言っていた気がする。まひるは頭に来たりしないのか。
 ご主人様の命令だなんて、どうかしている。
 言われてみれば確かに「ご主人」ではあるのだろうが、何か違う。
 壱流に言われたら俺のでも誰のでも舐めるのか。あのままあいつが来るのがもっと遅かったら、それ以上のことに発展していたかもしれない。

 俺の内心を知ってか知らずか、まひるは苦笑いを浮かべてテーブルに肘をついた。
「はっきり言うと、あたしは結構楽しいのよね、こういうの。でも今の竜司くんは、さっきみたいの嫌っぽいから当分よしとくね。気を悪くしたなら、謝る。ごめんなさい」
 姿勢を正してぺこんと頭を下げたまひるは、炊飯器から白米をよそって自分の作った食事に箸をつけた。大根おろしの乗ったハンバーグは、ファミレスで出されるのよりずっと旨かった。

 ……ちょっとまひるの言葉が引っ掛かった。

 今の竜司くんていうのは、なんだ?
 以前の俺は、平気であんなことを受け入れていたのだろうか。
 だからまひるも壱流も、躊躇などないとか。悪気や悪戯心なんてまるでなくて、普通の行為だったとしたらどうしよう。どんなキャラ設定だったんだよ、俺は。
 それでもやはり、急には受け入れがたい。

「もう……ごはんなのになあ。壱流しばらく出てこないかも。竜司くんに怒鳴られて、かなりへこんでる。あのあと速攻萎えちゃった。わかりやすーい」
「──俺のせいかよ」
 わかりやすくなんか、ない。
 何がなんだか、まるでわからない。
 俺に怒鳴られたくらいで萎えるなら、最初からするな。あんなに無遠慮に目の前で突っ込みやがって、とか思ったら、意思とは裏腹にじりじりとまた熱を持った気がして困った。

「余計なお世話だけどさ……さっき、避妊とかしてなかった気がするんだけど……いいんだ別に?」
「あー、壱流とする時はいつもだよ。万が一出来ちゃっても、まあ籍入ってるしとか思ってんじゃないのかな? 聞いたことはないけど」
「ふうん……」
 まひるという相手がいるのに、どうして俺なんかと……と、またつまらないことを考える。
 会話が途切れ、また黙々と食事を胃に収めていたら、まひるがちらりとどこか不安そうに、壱流の消えた部屋の方を見た。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

もう一度、恋になる

神雛ジュン@元かびなん
BL
 松葉朝陽はプロポーズを受けた翌日、事故による記憶障害で朝陽のことだけを忘れてしまった十年来の恋人の天生隼士と対面。途方もない現実に衝撃を受けるも、これを機に関係を清算するのが将来を有望視されている隼士のためだと悟り、友人関係に戻ることを決める。  ただ、重度の偏食である隼士は、朝陽の料理しか受け付けない。そのことで隼士から頭を下げられた朝陽がこれまでどおり食事を作っていると、事故当時につけていた結婚指輪から自分に恋人がいたことに気づいた隼士に、恋人を探す協力をして欲しいと頼まれてしまう……。

すれ違い片想い

高嗣水清太
BL
「なぁ、獅郎。吹雪って好きなヤツいるか聞いてねェか?」  ずっと好きだった幼馴染は、無邪気に残酷な言葉を吐いた――。 ※六~七年前に二次創作で書いた小説をリメイク、改稿したお話です。 他の短編はノベプラに移行しました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

処理中です...