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第5話 理解の範疇
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「せめて、壱流って呼んであげると、しばらくは保つんじゃないかなあ。名前くらい、どってことないでしょ?」
……名前。
まあ、手首を切られるより、名前を呼ぶくらいで解決出来る問題であるならば、譲歩してやっても良い。しかし真田が次に目覚めたあといきなり名前にシフトするのは、客観的に見てどうにも奇妙だ。
「そいや、まひるさん。どうして俺のこと竜司くんて?」
「あ。ごめんごめん。入江くんじゃないと駄目だった。壱流寝ちゃったから、なんとなく」
「なんだよそれ」
「あたしが竜司くんて呼ぶと、壱流めちゃくちゃ嫌がるから。あたしに嫉妬してんの。すごい嫉妬深いの、この人。そのくせ3Pなんて平気で提案するあたり、よくわかんないんだけどね。我が夫ながら」
ぎょっとした。
今、夫って言ったか。
「夫……って、まさかこいつのこと?」
「籍、入ってんの。一応。本当に、一応なんだけど。前にあたし壱流の子妊娠しちゃったから、その時にね。でも結局、産まなかったんだけどー……」
なんだか話の雲行きが、更によくわからない方向に流れ出した。
どういうことかと。
一応だとしても、自分の結婚相手が俺なんかと妙な関係であることを、よく容認出来るものだ。
真田の神経も、まひるの神経も理解の範疇を超えている。いつの間にしたんだか知らないが、真田も女と結婚したんだったら、俺なんかにかまってないでちゃんとしろ。何故男と寝る必要がある。
「──あ。メシ作ってくれたりするのって、そういう……」
「おいしかった?」
そうか、と思い至る。
食事を作ってくれるのはマネージャーとしてではなく、妻としてなのか。どうして隣の部屋などに住むのか。俺とまひるのポジションは普通逆だ。入れ替えればしっくりくる。
それにしても、平気で「マネージャー」なんて呼びやがって。
本当に真田はおかしい。俺が怒ったって仕方ないが、憤りが湧いてくるのは俺の心が狭いとかではないだろう。多分正論だ。
真田に向けた俺の目に険がこもったのに気づき、まひるがまた笑う。
もうそのような返事を過去に何度も俺にしているのか、迷いも淀みもなく言った。
「あのね。あたしと壱流の間に、男女の愛とかはないから。気まぐれで寝てみたらうっかり避妊に失敗しちゃった、ってだけで。あたしは壱流が気持ち良く歌えて、血をなるべく流さないような環境を作れたらそれで満足だし」
「変じゃねえの、そういうのって」
「変かなあ」
「変だろ!」
真田の体が、ぴくんと動いた。
まひるが人差し指を唇のあたりにかざして、「お静かに」と囁いた。
「まあとにかく、落ち着いて壱流のために最高のギター弾いてやって。昨日までのことなんか覚えてなくたって、入江くんの音は変わったりしないんだから」
真田の目がいつの間にか開いていたことに、俺とまひるは気づかなかった。
……名前。
まあ、手首を切られるより、名前を呼ぶくらいで解決出来る問題であるならば、譲歩してやっても良い。しかし真田が次に目覚めたあといきなり名前にシフトするのは、客観的に見てどうにも奇妙だ。
「そいや、まひるさん。どうして俺のこと竜司くんて?」
「あ。ごめんごめん。入江くんじゃないと駄目だった。壱流寝ちゃったから、なんとなく」
「なんだよそれ」
「あたしが竜司くんて呼ぶと、壱流めちゃくちゃ嫌がるから。あたしに嫉妬してんの。すごい嫉妬深いの、この人。そのくせ3Pなんて平気で提案するあたり、よくわかんないんだけどね。我が夫ながら」
ぎょっとした。
今、夫って言ったか。
「夫……って、まさかこいつのこと?」
「籍、入ってんの。一応。本当に、一応なんだけど。前にあたし壱流の子妊娠しちゃったから、その時にね。でも結局、産まなかったんだけどー……」
なんだか話の雲行きが、更によくわからない方向に流れ出した。
どういうことかと。
一応だとしても、自分の結婚相手が俺なんかと妙な関係であることを、よく容認出来るものだ。
真田の神経も、まひるの神経も理解の範疇を超えている。いつの間にしたんだか知らないが、真田も女と結婚したんだったら、俺なんかにかまってないでちゃんとしろ。何故男と寝る必要がある。
「──あ。メシ作ってくれたりするのって、そういう……」
「おいしかった?」
そうか、と思い至る。
食事を作ってくれるのはマネージャーとしてではなく、妻としてなのか。どうして隣の部屋などに住むのか。俺とまひるのポジションは普通逆だ。入れ替えればしっくりくる。
それにしても、平気で「マネージャー」なんて呼びやがって。
本当に真田はおかしい。俺が怒ったって仕方ないが、憤りが湧いてくるのは俺の心が狭いとかではないだろう。多分正論だ。
真田に向けた俺の目に険がこもったのに気づき、まひるがまた笑う。
もうそのような返事を過去に何度も俺にしているのか、迷いも淀みもなく言った。
「あのね。あたしと壱流の間に、男女の愛とかはないから。気まぐれで寝てみたらうっかり避妊に失敗しちゃった、ってだけで。あたしは壱流が気持ち良く歌えて、血をなるべく流さないような環境を作れたらそれで満足だし」
「変じゃねえの、そういうのって」
「変かなあ」
「変だろ!」
真田の体が、ぴくんと動いた。
まひるが人差し指を唇のあたりにかざして、「お静かに」と囁いた。
「まあとにかく、落ち着いて壱流のために最高のギター弾いてやって。昨日までのことなんか覚えてなくたって、入江くんの音は変わったりしないんだから」
真田の目がいつの間にか開いていたことに、俺とまひるは気づかなかった。
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