①天乃屋兄弟のお話

あきすと

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あの日の夜の事
(星明視点でのお話です)



誕生日にって、兄貴には言われたものの俺は来月までを
漠然と遠いなって感じていた。

疑似的に終わった、あの日の夜からずっと胸が騒ぐのを抑えられなくて
苦しかった。

一度、覗き込んでしまった世界の事が気になって俺は数日程
くすぶり続ける体と心を抱えたまま、家の中でも事務所でも
些細なミスを連発していたんだ。

グラスを割ってしまったり、調味料を間違えたり、お裁縫してれば
針で指を刺してしまったりしてた。

兄が俺の沢山のミスに、どのくらい気が付いていたのかは分からないけど
割れたグラスを進んで片してくれたり、フォローされてると
感じる事はいくつもあった。

何気ない優しさが、本当に俺は嬉しくて。
事務所の掃除をしていると、兄に声を掛けられた。

『依頼の方に、変わった内容のが来てるんだけど。興味あるか?』
最近の兄は、依頼屋に舞い込む内容を結構厳しく吟味しているとは
思っていたけど。

少しは、兄のお眼鏡にかなう物が、あったって事かな。
「え、何だろう?またいかがわしい調査とかでは無さそうだね。」
『…何て言えばいいのか。とある事務所からなんだよな。調べてみたら、小さな
芸能事務所でもあるんだけど、最近はライバー育成にも力を入れてるみたいなんだよな。』

今までの依頼とは、確かに毛色が違う気がした。
「兄貴、ライバーになるの?」
『お前も、なんだよ。』
「俺も?…昔もあったけどさ、近所の人が勝手に写真を芸能事務所に送った、とか。そういうのじゃない?」

これはこれで、かなり問題なんだけど。実際に数回あった話だから笑えない。
『とりあえず、連絡してみるわ。手違いって事も…どうだろうな?』
「実在するんだったらね、話のしようがあるけど。兄貴、気を付けてね。」

ほんの少しだけ、胸騒ぎがした。

事務所の応接間に掃除機を掛けたり、換気をしたりしながら午後には兄の方に雑誌社から取材の人が
やって来た。
占いの雑誌に、兄はコーナーを持ってるらしくて
それなりにちゃんと占い師として、活動している事を実感した。

『俺はいいけど、星明が顔晒す様な事には絶対にさせないけどな。』
「俺は、兄貴程も需要は無いから。」

あれ?兄はそれ程つっぱねる様子でもないみたい。
これ以上兄が遠い存在になったら、俺は本当に寂しいし。
どうやって、気を惹いたらいいのか分からない。

明るい内は、本心を隠すだけ。
兄が取材を受けてる最中に俺は、近所の商店街に足を向けた。
昔からよく通っている、洋品店。少し、レトロな店の外観が特に好きで月に何度も
お店で買い物をしている。
手芸の商品が店の半分を占めていて、見ているだけでも本当に楽しい。

兄の占いの衣装は、俺が製作してる。
私服自体がとんでもなく派手なのが多いから、ある意味俺が製作する衣装とも
相性がいい。

ここの所、気になるコーナーがあって。俺は視線でチラチラ見てしまうだけで満足していたけど
今日は、レース地やリボン、フリルの計り売りコーナーに足を向けてみた。
「~可愛い…♡」
思わず、屈み込んで見てしまう。
今まで、数回見た事があるロリータファッションなどに使われている様な繊細なものが
目の前にある。

欲しい、何か作りたいんだけど…。
こんなの、買ったのが兄にバレてしまうと、きっと笑われてしまうかもしれない。
「はぁ…夢みたい…」
そうだ、俺の大切にしてる縫いぐるみに作ればいいんじゃない?

これなら、バレても平気。クマッタに、えーっと何だっけ?頭にする…ヘッドドレスか。
作ってみよっと。
俺は、必要な生地とレースと、サテンのリボンを買って家に帰った。

『星明、お前どこ行ってたんだよ。編集さんがお前に会いたがってたのに。』
急に言われても、と思いつつ事務所の玄関を上がると
『それ何?お菓子でも買ってきたのか?』
昔ながらのクラフトの袋を兄に見られて、俺は
「ん、違う。手芸の生地とか。」
『また、俺の衣装作ってくれるの?マメだなぁ…』

違うけど、とは言わずに俺は渡り廊下から母屋に帰った。

自室に行って、テーブルの上のクマッタを抱え居間に戻る。
『あれ?お昼寝でもするのか、星明。』

あのさー、俺19歳なのに。こんな可愛いクマ抱えてお昼寝なんて
する訳無いのにさ。

「もー、あっち行っててよ兄貴。」
こんな事滅多にも言わないんだけどね。
『え!?何で…ヤダ。絶対行かないし。』
俺は、キャビネットからソーイングセットを出して来て
テーブルの上に置く。

「子供みたい。…邪魔するなら、部屋行っててよ。」
『何か冷たいな…。もしかして、俺の事意識してるの?』
くーっ、と顔を上げて、一気に脱力する。
「関係ない話でしょ?それは。」
『あれ、違うんだ?それはそれで残念。』

嘘じゃん。あんな卑猥な事されて意識しない方がおかしいよ。

『邪魔なんてしないからさ、ここで…見てても良い?』
穏やかな兄の笑顔は、俺が最も好きなのを知ってか知らずか。

「分かったよ。」
兄には、最初から敵わない。

俺は、クラフトの袋から材料を取り出す。
『…綺麗、可愛い…』
兄の指先は早速、レースに伸びている。
気を惹くものには、とても素直で正直。

「そうでしょ?俺も、おんなじ事思ってさ。ちょっと作りたくなっちゃた。」
『…怒らない?星明、』
あ、またよこしまな考えでもしてるな?
「だーめ、怒るよ。兄貴。」
『だって、こんなの絶対パンツじゃん…』

ほらねー、言わんこっちゃない。
嫌な予感してたけど、ここまでダイレクトに言うとは思わなかったよ。

「お黙り、クソ兄貴♡」
『リボンはさ、解く瞬間が良いよ。』
「何、思い出してるのさ…」
『えっちじゃない方だし。プレゼントの話だよ。』
「プレゼントかぁ、兄貴からは何回か貰った事あるけど。」
『星明も、お菓子とかよくくれたけどね。』

「覚えてるの?」
『嬉しかったからね…。ウチはおやつなんて無かったけど。星明が料理をし始めてから
大きく変わった。忘れないよ。』

う、こう言う時の兄は…もの凄く好きなんだけど。
優しくて、穏やかで。俺にだけ向けてくれる表情が、くすぐったい。
「俺も、記憶力は良いからね。昔の事も沢山覚えてるよ。」
『いつも一緒だと思ってた…。』

兄は、サテンのリボンを綺麗に結んで俺の前に置く。
ふっくらと柔らかな丸みの二つの輪がバランス良く整っている。
手先は器用なんだよね。

「一緒だよ…今もそうでしょ?」
『もっと、本質的に。俺は、ずっと星明が足りなくて。段々遠のいていくのが、哀しい。』
「まだ、足りないって思うなら…いいんじゃない?もっと欲しがれば。」
俺は、それ以上何にも言えないと思って。
手芸用のノートを開いて、製作用の図案をペンで書き始めた。

『今夜、迎えに行っても良い?』
俺は、書く手を止めて兄を見つめた。
相変わらずの綺麗な碧い瞳が、俺を見ている。

「迎えにって…部屋に?」
『そう。嫌なら、もうこんな事も考えないようにする。』

兄は、テーブルに横を向いて突っ伏しながら
淡々と話す。

「…分かった。」

もう、後戻りは出来なくなった。

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