①天乃屋兄弟のお話

あきすと

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物心ついた頃から、兄はお日様の様に明るくキラキラ
眩しい存在だった。
憧れとして、追いかける事もできたのだろうけど
追いかけられなかった。

あまりに遠すぎて、目がくらんでしまうのが
見失うのが怖くて。

俺は追う事を諦めた。でも代わりに、ずっと俺だけは
この場所に居続けようと思ったんだ。

いつか、また自分の方にも帰って来てくれる気がしたから。
その為に、少しでも居心地のいい場所を作ろうと考えて
気が付いたら、兄は本当にすぐ傍に居てくれる生活が
叶っていた。

精神的な距離は、縮めるのが難しいけど。
この家こそが俺の安心であり、居場所である。
どこに行っても、帰る場所となって兄の事を
支えたいのだ。

両親が、旅立つ前に兄と俺に伝えた事は
『困った時は、本を開きなさい』
とだけだった。

今思えば、確かに家の本棚には両親の蔵書が無数に
置いてある。生活に関するものから占いの本、
六法全書に、手芸の本まで。
多ジャンルが所狭しと並んでいる。

本屋に行かなくても、学べる事が多くて助かる反面
定期的に書庫の掃除が大変だったりもする。

兄は、高校を出てからすぐに繁華街で前々からスカウトされていた
ホストを勤める様になっていた。
容姿も、資質も言うことなしと言われていたものの
それから、兄と俺の生活は一変した。

まずは、朝帰ってきたら台所のテーブルに突っ伏している
姿をよく見かける様になった。
心身共に疲れ果てて、2階に上がることも無く
寝てしまった事を思うと、ここまでしてする仕事なのかと
問いたくなった。

成人するまでは、裏方として立ち回っていたけど
成人してからは、一ホストとして店の中でもかなり上位の人気に
あっという間に駆け登っていた頃、
俺は兄との距離感にいつも悩んでいた。

俺の思春期は、兄との確執の時期と言っても良い程に
あまり仲がよく無かった。
耐えながら、深夜遅くに帰って来る兄を待つ日々だった。

「帰って来ないのだけは、許さないから!」
その日は、本当に我慢の限界を超えてしまっていた。
兄の友人である、派出所の加賀さんに相談に行った程だ。

兄と同級生でもあり、天乃屋の家の事のも理解のある
加賀さんは夜中に俺が、やって来た事自体に驚いて
『こんな時間に、出歩いてるのが月夜にバレたら…俺が
シメられるからな。』

兄の勤める店で起きている事も、理解はできているつもりだったけど
家に一人で待ち続ける事に、苦痛を感じている。
「一人で帰れるよ、大丈夫。」
『駄目だ。いくら家が近くても…星明の事は任せられているからな。』
加賀さんは、外に出て自転車のスタンドを起こし
「もう、兄貴の事まってるのは…辛くて、」
自転車を引きながら、加賀さんは家に向けて歩き出す。

俺も隣を歩いていて、少し安心感を覚えた。
加賀さんは真面目で、真摯で、昔から俺にも本当に優しく
接してくれている。
爽やかなお兄さん、と言うイメージが似合う人だ。

『待ってるのに疲れたら、もう寝ても良いと思うけど。月夜にも
そう言われてないか?』
「うん…、実は言われてる。俺が好きで待ってるだけ。」

歩いて10分ほどで、家に着くと
『あれ?外に誰かいるみたいだけど…。』
「え!?嘘、誰だろうこんな夜中に?」
『俺が様子を見て来るから、星明はここで待ってて。』
「ぇ、うん…。大丈夫?気を付けてね。」

俺は加賀さんに手渡された懐中電灯を持って、その背中を
見送った。

しばらくして、加賀さんが足早に戻って来る。
『星明、家の鍵かけて来たのか』
「うん、もちろん。で、誰だったの?」
『戻ってやってくれ。…その、お前の兄がかなりキレ散らかしてるから。』
「!?もう、帰ってたの?分かった、加賀さん。ありがとうございました!」

俺は加賀さんに借りていた懐中電灯を返して、走って家に向かった。
入れ違えになって、家の前で待っている兄は
かなり怒っている様子で、俺は怖々と家の鍵を開けた。

「兄貴、ごめん…。その、心配になって加賀さんに相談に行ってたんだ。」
兄は、家の中に先に入り。
俺も玄関に上がると、
「っぅ…わ…」
思い切り抱き締められて、危うく腰が抜けるかと思った。

『何で、居ないんだよ…心配するだろうが。』
フワっと香るのは、女の人の香水の匂いと、煙草の匂い。
そしてアルコールのも混じってる。
「ごめん…。俺、待ってようと思ったんだけど、辛くて。」

あ、この人も少しは俺の事を心配とかするんだ。と、どこか
他人事みたいに思えていた事が、やっと自分の事として
受け止められた。

『こんな思いするくらいなら、俺もうホスト…辞める。』
「えぇ!?そんな簡単に?いいの?」
きっと、兄は酔ってるし錯乱しかけてるのかもしれない。
『星明に嫌われるから、もう続けられない…他の仕事探す。』

何を言い出すのかと思えば。
嫌ってなんかないし、むしろ大好きなのに全然伝わってないんだから。

数年前までは、地元のヤンキーでさえ一目置くような人物だったのに
こんな一面も持っているんだから、何と言うか…。
「月の裏側を知ってるのは、俺だけ…だったらいいのになぁ。」

俺は、抱きついて来る兄のはちみつ色の頭を優しく撫でた。


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