①天乃屋兄弟のお話

あきすと

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依頼主

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依頼主は、時間より少しだけ早くやって来た。
妙齢の女性だった。事務所の応接室に案内すると
どこか落ち着かない様子で、女性は帽子を脱いで
兄貴と俺に丁寧にお辞儀をした。

俺は、依頼主の前にお茶を出すと部屋を後にした。
依頼内容は、兄が『守秘義務があるし、あまり俺もまだ
星明には話したくないから。』と、言われているので
席を外すようになった。

まだ、兄は俺の事を染めたくないのだろうな、と言ったところか。
繁華街の外れの怪しげな事務所にいる時点で、俺もそれなりには
耐性があると思うんだけど。

でも、兄はきっとまだ俺を子ども扱いしてるんだろうな。
話自体には興味こそなかったけれど、どんな対応をしてるのか。
それだけが気になるって言うのか。

30分ほどで、話が終わったのか給湯室の扉が開いた。
『もう、お帰りだからコッチに来ても大丈夫だよ。』
俺は、トレーを持ってローテーブルに残された湯呑を取りに行く。
ほんのりとまだ、依頼主の香水の残り香があった。
『…ソレさ、窓開けたかった』
「兄貴、香水とか作ったような香りは苦手だもんね。」
『そう、頭痛くなる。』

「お疲れ様、この後2時半から鑑定の依頼が3件続いてるよ。」
『結構、人来るんだよなぁ…。言ってんだよ?占いに依存するものじゃないって。』

兄は、本当に気が付いては居ない。
お客さんの大半が、兄を目的として鑑定依頼をしてると言う事に。
20年以上生きてて、本当に無自覚すぎてみてるコッチが心配になる。
「占い師なのに、そんな事言うからさ…余計に信じ込まれるんだよ。」
『言われれば、占うよ?でも、未来は自分で創っていくものだよ。』

うさんくさい占い師みたいな恰好をしてるのは、本人のセンスだから
いい加減見慣れてしまった。
本人は至って真面目だし、声なんかもう優しくて溶けちゃいそうな程に…

いけない、いけない。

「飲み物もちゃんとメニューで、聞いてくださいね?」
『ぇ?あぁ、大丈夫。』
話に夢中になると、時間を忘れかけるから俺が時々様子を見に来て
お客さんに飲み物を提供する。

兄はタロット占いから、手相などを得意としている。
そして、俺だけが知っている特別な能力として
ほんの少し先の未来を観測できる、らしい。

よく人を見ているせいか、何を考えてるのかも分ったりするらしい。
俺に、子供の頃言った言葉が今でも頭から離れない。

大人になっても、ずっと一緒に居てね。

と、俺がまだ小学校に上がる前に、言われた言葉だった。
もしかしたら、兄は両親が居ない生活を見ていたのかもしれない。

意外にも寂しがり屋な兄は、人恋しさを満たせる今の仕事には
満足しているのだろう。

「ちょっと、疲れた?」
『…まだ平気。でもさ、あの場に居なくてよかったね、星明。』

給湯室で洗い物をしていると、後頭部を撫でられた。
「もしかしてまた、素行調査とか?」
『いや、今回の依頼は断ったんだ。私怨が凄かったから。』
「ぁ、そっちね…兄貴は一切そういうのは、受け付けないのにね。」
首筋を指先でなぞられると、ゾクゾクしてくすぐったい。
「もー、ヤメロってば…」

『吸い弟させてよー。星明~、さっきの人の良くない気に中てられそうだった。』
吸い弟ってのは、この兄が考えた吸い猫の…まぁ、俺版?みたいなもので
背中とかお腹、手のひらにされてる。
嫌では無いけど、ただただ恥ずかしいだけ。

「分かったから…」
『やった!じゃ、そんな星明には特別に恋愛相談に乗ってあげよう。』

「余計なお世話。それに、俺には…好きな人は居ない。」
『好きな人は、ってなら他に何か気になる人が居るような言い方だな。』
「そぉ?」
『絶対、居るだろ!だって、何か最近の星明こう…キラキラしてて、可愛いし。』

「な…っ!?」
兄はタオルで手を拭く俺の腕を捕まえて
『約束、忘れちゃった?好きな人が出来たら、俺に言うんだよ。って』
真剣な表情で言われてしまうと、危うく気持ちを吐露しそうになる。

「兄貴は、人の心が分かるんだったらさ?読んでみたらいいんじゃないの、俺の心を…」
ジッと、瞳を覗き込まれると何にも言えなくなる。
碧い瞳に、本当に心を見透かれそうで怖い。

『俺は、お前の事に関しては…読まない様にしてるの、知ってるだろう。』
言葉の感覚が冷たい。怒らせたかな?
でも、言えるはずがない。
俺は、いつかの日を覚悟しなきゃいけないって思ってる。

「何で、俺だけはちゃんと見てくれないの?」

ずっと、言いたくても言えなかった言葉だった。
兄は、薄い笑みを浮かべて
『そんなの、星明が…特別だからに決まってるだろう?』

間近で初めて見る、切ない表情。抱き締められて
このまま何か大きな感情に流されてしまえたら、と思って
俺は目を閉じた。
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