①天乃屋兄弟のお話

あきすと

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依頼屋

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天乃屋の家は、代々『依頼屋』を請け負ってきた。
7代目は、兄である天乃屋月夜が継いでいる。
俺は、そんな兄の体のいいアシスタントとして日々
こき使われたりしている。

本業は、占い師でありながら他の依頼があれば兄の気分次第で
請けてしまう。
家と小さな事務所が一緒になった、治安のあまり良くない
繁華街の片隅に、ウチの事務所は一応、構えてはいる。

酔っぱらいの相手の方が多い気もする毎日だけど、有能な?
兄のおかげでなんとか、路頭に迷うことも無く今日も暮らせているのだから
感謝はしても、しきれない。

今日も、昼前まで寝ている兄を起こしに2階に上がる。
陽射しが随分と強くなって来た。夏がじわりじわりと近付いているのを
実感する日々だ。
まぁ、その前に梅雨なんだけどね。

兄の部屋は2階の日当たりのいい部屋にある。
俺は一階。両親が寝起きしていた部屋にいる。

階段を上がってすぐの窓を開けて、少し風を取り込む。
これだけで、随分とからりとした空気が部屋に入り込む。

「兄貴、起きろ~。もう昼前!」
ドアをコンコンとノックする。
起きるはずも無い。
ガチャッとドアを開けて、部屋の中に入って半裸で寝ている兄のタオルケットを
はぎ取った。
『星明…?』
ぽやんぽやんな寝起きの頭で、やっと出て来た名前が俺でまだ、良かったと思う。
いつもなら、飲み屋の姉さん方の名前で呼ばれる。

「起きろ…!?ぅわ…」
急に腕を引かれて兄のベッドに、倒れこんでしまう。
『何だぁ、星明かぁ…残念…』
笑顔で言われるから、傷つかないと思ってたけど
今まで何度言われたか分からない、この言葉には俺も結構
心が痛かった。

「他に誰かいるのかよ…」
『えーと、美紗に、レイラ、ちとせに、あやめ…』
「もー、分かったから離せよ。」
崩れた体勢で手をついてしまったせいで、何だか手首に違和感があった。

俺は、立ち上がって手首を動かしてみる。
『どうした?』
「いや…、なんか変な体勢で手ぇついたからかな。…手首が、」
急に真面目な顔に変わって、ベッドの上から俺の方に来ると
正面から覗き込む。

「わ、…びっくりした。」
『ゴメンな、痛い?』
ジッと見上げて来る兄の…顔が無駄に良いから
「大丈夫、一瞬違和感があっただけだから。」
綺麗なはちみつ色に、碧い瞳で見つめられると、言葉に詰まってしまう。
『はぁ、星明に何かあったらどうしようかと思った。』

見た目の派手さに反して、兄はめちゃくちゃ優しい。
だから、困る。そもそもが、お人よしでもありこの容姿のせいで
今まで何人の女性と付き合ったのか…。

「心配し過ぎ。でも、本当に過保護が過ぎるよ?さ、もう朝ごはんじゃなくて
お昼ご飯くらいになってるけど。準備できてるから、下で待ってるね。」

身支度を促してから、ドアノブに手をかけると
『星明…、』
呼ばれて振り返る。
『今日も、可愛いな…。』

はぁ?
「馬鹿言ってないで、ご飯冷めちゃうから。急いで…!」
部屋を後にしてから、俺は階段を駆け下りた。
また、だ。
兄の気まぐれな言葉なんて、いちいち気にしなければいいのに。
俺は、昔から兄に言われる言葉を真に受けてきてしまったから
内心凄くうれしいのだ。

でも、喜ぶところはあんまり見られたくはないから
こっそり一人で、台所でにやけてしまう。

両親が、海外に行ったまま帰って来ないので
俺と兄は10年近く、二人で暮らしている。
料理とか家の事を、最初は兄がやっていたけれど、どうにも
得意ではないのが、横で見ていてよく分かったのだ。

ならば、俺がしてみようかな?と始めた家事。

案外、料理にしても苦では無かったし兄が『美味しい』って言ってくれた時の
嬉しさが今でも続いているから、すっかり板についてしまった。
兄は、兄で人たらしで占いも出来て人の心を読むのが上手い。

人にはそれぞれ、得手不得手がある。
補い合えば、何とか生きていけるものだと子供ながらに思った。

そして、俺は数年前から実は結構大きな悩みを抱えている。
単純すぎる答えを知りながら、ずっとその答えを選べずに来た。

「兄貴には、バレない様にしなきゃな。」
着替えを済ませて台所にやって来た兄は、俺の背後に来て
『何を…?』
と、聞き返してきた。
「ぇ、何が?」
まさかでしょ?あんな小さい声が、聞こえてるはずがない。

『しらばっくれてもダメ。聞こえたからな。何がバレたらまずいの?』
兄の地獄耳が、恐ろしい。

「気のせい、気のせい…。で、どうしたの?」
『ゴムしらない?』
「ゴムってなんのゴム?」
『髪縛ってるやつ…。ん?他に何のゴムがある?』
エプロンのポケットを探れば、やっぱりあった。

「何でも良いから、早く食べないと…。1時から依頼主さんが来るんだからね。」
俺は、兄の斜め前の席について少し早い昼食を摂る。
兄は、髪を結わえるとやっと椅子に腰を下ろした。
いつもと変わらない静かな食卓。
これが天乃屋の兄弟の日常である。
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