花開く記憶~金色の獅子の煩悶~

あきすと

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代筆

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どんな相手かも分からずに、したためる手紙は
ほんの少し緊張するものだった。

インクに、ペン先を少し浸して
便箋の上を滑らかに記されていく。

引っ掛かりも無く、最後まで書き上げた
手紙を改めて読み返してみる。

万が一にも、相手方に失礼の無いようにと。
店主が詳しく知りたがっている事と、代筆の者であることを
丁寧に記した。

インクが乾くのを待って、便箋を綺麗に折り
封蝋の準備をした。
名も知れぬ、高貴な方とは一体どんな人物なのだろうかと
気にはなっている。

店主の人脈の広さから考えると、本当にもしかしたら
一国一城の主かもしれないのか?
などと考えながら、封筒に便箋を差し込み
しっかりと封印できた。

明日の夜に、もう一度古書店で店主に会いこの手紙を
届けてもらう事になる。

「あ、そういえばまだ店主からお給金を支払ってもらっていない。」
店は、すでに営業は出来なくなってしまったが
あの店主がしなくても、またきっと似たような店が
できるに違いない。

ベッドに寝そべる少し前に、一吹きしておいた
香水がそろそろ馴染んだ頃かと思って
ナイトウェアに着替える。

本当に、この匂いは人を心から落ち着かせる。
そういえば、あの仮面の紳士はどうしているのだろうかと
時々思い出しては、胸を焦がしている。
明日、店主に会った時に聞いてみようと思う。

優しい眠りの誘いが、手を伸ばして来たので
そっとその手を取った。

夢には、寝る前に想っていた仮面の紳士が出て来た。
碧い瞳がじっとこちらを、見つめている。
ずっと何かを語り掛けてくれているのに、声は夢だから
聞こえない。

でも、どうして?
仮面の下の姿は、見えない筈なのにとても苦しそうなのは
伝わる。

私も、手を伸ばせばいいのに。
上手く届きそうになくて、手を引っ込めてしまった。

もどかしい。
もう一度会えたならば、仮面の下の素顔を何とか見せてもらえないものかと
思っている間に夜は明けていた。

寝覚めが、あまり良くない。胸の奥に何かが詰まった様な
どうしようもない感覚。
朝からため息で始まるのは、やるせなくてしばらくベッドの中で
何度も寝返りをうったりして過ごした。


午後はいつもの様に、図書館に行き勉学に励む。
その後には古書店で、店主と落ちあい手紙を渡した。
『すまねぇな。にしても、綺麗な字だなぁ。……ん?なんかこの手紙、花の匂いがする。』
くんくん、と店主は封筒の匂いをかいでいる。

「そうですか?手紙には便箋以外入れていませんけど?」
『まぁ、イイ匂いではあるから気にするな。ところで、フラウムには
渡すもの渡しておかないとな。少し、色がついてんのは、初めの客でもあった
紳士からのお気持ちだそうだ。』

店主から、封筒を受け取ると頭を下げる。
「助かります。これで、少しは当面の生活費は何とかなりそうです。」
『もったいねぇな。本当に、お隣の国に行くのか?』
「はい、子供の頃からの夢でして。できれば、金色の獅子にお仕えしたいと思っております。」
『はぁ、しかも宮仕えなんて……俺からは、考えらんねぇな。』

「あの、店主。教えて欲しい事がありまして。」
『紳士の事だろ?あの人は庶民でもなければ、多分階級もかなり……だぞ。しかも、俺の勘では
この辺の人でも無い。ナマリが、どっちかと言えばお隣さんの国寄りだからな。』

よく、お客さんの事も見ている。聞いている事がうかがえる。
「もう、会えませんかね?あの紳士には。」
『そんなに、惚れちまったのか?』
直球な質問に、しどろもどろになりかけたけれど
なんとか冷静を保ちつつ頷いた。

「実は、……かなり。」
店主は、静かに笑って
『やっと、言ってくれたな?家に帰ってからその封筒の中身を見てみな。今日は、この辺にしとくわ。
まだ、一応は警備隊に監視されたりもしてる身でな。』

やれやれ、と店主は頭を掻くと後ろ手に手を振って
古書店の店先を後にした。
私は一人、店主の言った言葉を反芻しながら家路についた。

遅めの夕食を頂いたけれど、頭がぼんやりとしていた。
店主の言いつけを守らずに、道中に実は封筒の中を見てしまったのだ。
中には、小さなメッセージカードが同封されていた。
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