花開く記憶~金色の獅子の煩悶~

あきすと

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恋患う者。

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子供の頃に、初恋は済ませたと思っていたのに。
どうして今になって、この胸の奥に閉じ込めて置いた
小さな蕾はまた膨らみ始めたのか。

相手は顔さえ知らない、お金で人の時間を買い上げる様な人。
ではあるけれど、私の匂いに触れたのは
つまりは、私自身の心の深層に触れた事と同義である。

愛してやまない香りを身にまとい、見知らぬ誰かと
親密に過ごしただなんて。

あまりに、破廉恥ではあるけれど。

実は、私がしばらく勤めていた例のお店は街の風紀を
乱すと言う事で、警備隊の摘発を受けてしまったのだ。
私は、大変な事になったと思い自身も捕らえられてしまうかと
怯えていたのに。

1週間もしない内に、夜の街で店主に再会した時には
かなり驚いた。

「私、ずっと心配しておりました。その、店主は……てっきり囚われたのではと、」
『フラウム……。お前、良かったなぁ。今回の件は、余りにも多くの裏の世界の
方々が関わってるからな。俺が捕まったのも、パフォーマンスみたいなもんだ。』

店主とは、私が時々出入りしている古書店にて偶然会った。
店内の階段にさえ、本は山積みであり
客が入って来ても、見えもしないので古書店の店員は
接客をする気が無いのか、ずっと本を読んでいるだけだ。

「裏の世界……私が聞いても、縁遠くて理解が及ばないです。」
『俺はもう、違う仕事を与えられたんでな。ここではちょっとまた言えないんだけど、
フラウムにならなぁ。』

店主の楽しそうな顔を見ているだけで、ワクワクしている事が
私にまで伝わって来そうだった。
「どんな事です?よかったら私にもお手伝いさせてください。」

店主は、眼をキョロキョロさせて警戒した様子で
『実はな、人探しをしてるんだよ。』
私は、本を探すフリをしつつ店主に時折視線を送る。

「それは、また大変そうな……。どういった方でしょう?」
『麗しい姫君じゃないかって、言われてんだけどまぁ~とにかくイイ匂いがするらしくて。』
「店主、一体どんな方が捜してらっしゃるのです?」

だんだんと興味が湧いて来て、足を止めると
『そういやぁ、この前の紳士なお客はフラウムの事をえらく気に入ってたが。』
「でも、今回の方は女性を捜してらっしゃるのでは?」

『俺の事を世話してくださってるのは、とある高貴なお方ではあるんだけどな。
何分、顔もロクに見た事も無い。当たり前か、高貴な方が俺なんかに顔をさらす
ハズも無い。』
あいかわらず、人脈の広さを思い知らされる。
「良い匂いとは、例えばどんなものか。もう少し手がかりを求めても
良いのかもしれませんね。漠然とし過ぎている気もします。」

一緒に考え込みながら、そろそろ古書店の店員が店を閉めに
やって来た。

『直接、会える訳でも無いし。困ったもんだよ。やり取りは手紙か使いの者を
通してでしか無理だからな。』
「では、お手紙で聞いてみましょう?」
『馬鹿言え~、俺のきったねぇ字なんかミミズがダンスしてるのかって笑われる。』

「なんなら、私が代筆をいたしますよ。」
『ぁ、そうか。フラウムになら……お願いできそうだな。お前はお育ちが良いもんな。』
「こればかりは、両親に感謝するだけです。」

店員の咳払いが聞こえて、店主と共に当てもなく繁華街を歩きながら
『じゃ、2日後の夜にまたさっきの古書店で同じ時間はどうだ?』
「分かりました。では、それまでにお手紙をしたためておきます。」

店主とは、その場で別れて私は家路についた。
誰かに手紙を書くなんて、久し振りだった。
少しだけ、胸が弾んだ気がした。
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