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お話の世界

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(千紘目線です)




「お土産ってコレ?」
帰宅した真幸から、文庫本みたいなのを渡されて
『ちゃんと設定があるんだよね。』
表紙には、俺が声を担当しているキャラと
もう一人が描かれてる。
「あー、月夜が出てる…。この絵師さん好きだなぁ。」

まさかの展開が続いて、本当に思わぬ形で真幸と俺が
共演する事になってしまうし、しかもBL…。

『読んでおくといいよ、もちろんそういう内容も含まれてるし
俺の声にも慣れなきゃいけないから…千紘大変だね。』

真幸のお仕事の声が、今まで自分を対象にされて来なかった事が
唯一の救いどころだと思っていただけに。

「俺、演技は習ってたけど…」
真幸はリビングの自分の席に着いて、穏やかに笑ってる。
『ま、ね…さすがに段階はあるよ?いきなりそんな内容のは、ね。』
「演技と言うか、実践も理解できてるだけに逆にそれを、演技するって
難しそう。」

真幸も何か言いたげにしてるけど、言わないでいてくれている。
『うん、現実との違いも分かるからね。妙にリアルになるんじゃないかと思う。』

既に、手元に来た2人分の設定や資料を見て
「でもさ、歌の声と普通に話す声って違う人もいるだろ?」
『そうだね、ギャップある人もいたりするけど。』

俺は、正面に座ってる真幸に
「じゃ、月夜のサンプルボイスってもう、あったりする?」
自分から地雷を踏みに行く感じがしてるけど。
『あ、いいの?聞いてく?』
真幸は、にこにこ笑いながら
『…星明、』
「……!無理!!!ぜぇったい無理!!!」
『まだ名前呼んだだけだよ?』
完全に、入ってる時の声の質はやっぱり全然違う。

「こんなんじゃ、絶対無理…耳がくすぐったい。そうだー、ヘッドフォン!」
ソファの上に置いてあるヘッドフォンを取りに行こうとすると、ガッと
真幸に手首を掴まれた。
『慣れたいんでしょ?我慢しようね…』
「だって、恥ずかしい…俺の共感性羞恥をなめるな~、本当にコレって辛いんだからな!!」
『知ったこっちゃないよ、仕事なんだからね?割り切らないと。』

納得いきたくない。
『家でも、この声はさみながら…生活してもらうから。』
「耳栓するし。」
『えー、卑怯だよ?そんな…大人げないなぁ。』
「う…だって、」
そもそもは、好きなはずなのになぁ。どうしてなんだろうと自分でも思う。
やっぱり、自分の事の様に思ってる証拠なのか。
『もうこれからは、星明として暮らして。』
「…やり方的には、確かにあるけどさ。そういうのも。」
『そして、私は月夜として暮らすから。』

俳優さんとかでも、完全に役を自分のものにする人は居たりする。
「完全には、ちょっと難しいから。」
『諦めるなんて選択肢には無いからね。もう、動き出してるから。』
「俺も、声?した方が良いのかな」
『千紘の場合は、俺の声に対しての免疫力を付けて貰う方が先決かな。』

分かってた、自分でもそんな気はしてるから。
「でも、俺もさ…真幸だからまだこの話、受けれたのかな。」
『多分、同居してる絡みで…後は同じ事務所だからね。柔軟に対応してくれてるだろうし。』
「柔軟に、ねぇ…。」
『あー、でも世に聞かれてしまうのかぁ。千紘の声が。』
俺は、真幸の手に手を重ねて
「複雑?」
『もちろん…。千紘そのものがモデルさんでもあるのに、これ以上見せ過ぎな気がする。』
「言われてみれば、だね。俺、どこまでオープンするのか。」

夕食が終わって、真幸が入浴してる間に俺はソファで小説を読み始めた。
あ、結構フツーな内容じゃん。って思ってたけど。
「距離ちか…っ。」
設定も、少し複雑で両親は既にいないらしく兄弟で依頼屋をしながら
生計を立てているらしい。

兄である月夜が、星明を溺愛してる感じがよく作中からも伝わってくる。

かなり読みやすくて、挿絵まであるから物語にも入り込みやすい。
ちゃんと、胸がきゅっとなる様なシーンも、ドキドキする雰囲気も丁寧に
描かれている。

キスシーンの挿絵を見て、思わず顔が熱くなった。
『千紘、お待たせ~』
…もう、何でこんな時に限ってフツウの真幸の声で来るんだよ!
リビングのドアが開いて、真幸が側にやって来た。
『勉強熱心だね…エライ。』
真幸に髪を撫でられた。

読んでいたページを、真幸につきつけた。
『可愛いよね。やっと、気持ちを伝えた星明の方から…月夜にしてくれるんだよ?』
分かってる。分かってるけど、
「色々、思い出しちゃって余計しんどい。」
『まぁ、恋の時はしんどいよね。楽しくもあるんだけどさ。』
他人事とは、思えない様な恋情だと思う。

星明の今まで深くは見えてこなかった部分が多く取り上げられていて
単なる恋愛感情だけではなく、血縁の者への想いが
深まり過ぎて葛藤もしている事がよく分かる。

仮にも自分の演じているキャラなんだから
「…星明は、俺が少しでも想いを届けてやんなきゃな。」
『読んでたら、分かるんだろうけど星明の健気さが、本当に俺は堪えるんだよ。』
「ちょ、まだ内容言うなよ?お風呂行って来るから。」

おかしいな?かなり世界に入り込んでるかも。
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