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千紘のモヤモヤ

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あの、千紘が俺の演じる声に対して初めて「切ない声」と表現した。
日頃から、散々、無理、恥ずかしい、おかしくなりそう、やめろ。と
拒否し続けた千紘が、まさか素直さの片鱗を見せるなんて…(普段どれだけ
素直じゃないのかと、本人が聞いたら不服だろうけど)

いつも、俺が買って贈ったウサギの耳付きヘッドフォンで音楽を楽しみながら
眠りこけている千紘だけど。
実は、以前気になる事があった。
帰宅が、真夜中を過ぎてしまった時があり
手を放り出して、ベットで眠る千紘の寝顔を見つめて
眼福をし終え、いつもの様に千紘のヘッドフォンをそっと耳から外した時だった。

「…?」
聞いているのは、一瞬、ラジオかと思ったけど。
そっと、耳の近くにヘッドフォンを近づけてみた。
…これは、ドラマCD?
よく、聞いてみると千紘が前に買ってしまったBLCDが再生されていた。
聞きながら寝てる…って、え、本気で?
こんな可愛い寝顔して、一体どんな夢を見てるのかと心がざわつく。

さすがに、今日はいい夢?みてるだろうから邪魔せずにこのまま
隣で寝る事にした。

朝になって、半分寝ぼけた千紘が隣で探し物をしている。
「どうした?何、探して…」
『スマホ…、』
「あぁ、フレームの上に置いた。」
『ヘッドフォン…外れてたぁ』
「いやいや、毎回俺が外してるの。耳に良くないから。前から注意してるし」
『余計な事なのに…』
「ドラマCD聴いて寝てただろ。」
千紘は、ギクッとした表情で目を逸らした。
毎回、外されるの分かってて何で同じことを繰り返すのか。
俺には、よく分からなかった。
『途中までは、起きてるんだよ。いつも。でも、寝落ちしちゃうんだから…仕方ない』
「音楽、聴いてるのかとずっと思ってたけど、違ったんだな。」

朝の千紘の髪は、ふわふわのくしゃくしゃで、見ていて何だかニヤけてしまう。
いつもは、すました顔でツンとしてるのに。朝は隙だらけで可愛げがあるのだ。
『毎日は、…聴かないけど。』
「はー、という事は、俺の帰りが遅くて、寂しくて仕方ない時に、BLCDに没頭してる訳か。」
『!…うるさい…っ、大体なんで…こんないやらしい事できるんだよ。』
「まぁ、…仕事ですからね。真剣にさせて貰うものだよ。それに、原作読むと結構ね、感情移入も
するし。どんなお仕事にも、真摯に向き合う事を信条としてます。千紘だって、表現者としては
理解できるんじゃない?」

むー、っと面白くなさそうな顔をしつつも
『うん。確かに、俺は、誰かの作品なしには…ここまで来れなかったし。それは、理解できるんだけど。
理解できないのは…真幸の……っちな声の、せいでしょ。』

あーーーーー、なるほど。今まで、千紘が何を言いたくて、言い切れなかったのかが分かった気がした。
「もしかして、千紘…、声の相手(要するに受けの子)に、嫉妬もしてる?」
『馬鹿…!そんなはず、ある訳ないし…。』
朝から盛大に図星をついてしまったらしく、千紘は耳まで真っ赤にさせて俺をねめつけて来た。
「やっぱり、千紘は俺の声が好き過ぎて苦しんでるんだな…。気づかなくてゴメン。」
『苦しい…と言うか、切ないのは、うん。認める…』
「まさか、相手の子に自分を投影して…とか、そういう高度なプレイまでは、してないんでしょ?」
『…投影って、自分がされてると思い込む、みたいな?』
「そうそう。」

しばらく、何故か千紘は首をかしげたまま考え込んでいた。
もう、これはしてるんだろ…。
『でもさぁ、ヘッドフォンしてると…そんな感じに聞こえるよね?』
「千紘は、どう思って聞いてるのか。が問題では」
『真幸の、声だけど…なんか違う気がするし、でも、真幸の声でしょ。』
「(往生際悪…っ)…そうだね。」
ばたっ、と千紘はベットに仰向けで倒れ込んだ。
『寝てから考える。』
「まだ明け方だから…、もう少し寝れそうだな。俺も、眠い…。」
千紘を、横から抱き締めてブランケットを掛け眠りに就いた。

もぞもぞと、千紘が体を反転させて
『…目、つむったまま聞いて、真幸』
小さな声で、千紘が話しかけてきた。
「……。」
『見られたら、絶対言えなくなるから…、我慢して』
一体今から、何が始まるのかと期待と一抹の不安を抱きながら俺は、頷いた。
『ふふ…っ、真幸ってば素直で可愛い』
「(ちょっと、不安のが勝って来た…)」
『俺ね、真幸には言えない事が増えると…いたたまれなくなって。それで、自分に罰を与えてるのかも』

直ぐには、意味が分からなかったが
『あぁ、いけない事してるなぁって気持ちは、材料にされて…俺の中で甘く煮詰められる。それで、お腹が一杯には
ならないんだけど。虚しさとかに段々変化していく前に捨てる事にしたんだ。』

恐らくは、この千紘の言う比喩が、本来ならばもっと千紘が隠したい表現の部分に当たるから
不思議な千紘の世界観を聞かされて、複雑な思いに駆られていた。
「そんな回りくどく言わなくても、千紘の表情見たり声を聞いてれば…伝わってくるけどね。」
『もう、目を開けてもいいよ。』

うっすらと、朝の光が差し込んでくる。
すぐ隣を見れば千紘が、じっとこちらを見ていた。
でも、すぐに瞳は伏せられてしまう。
長く、上向きのまつ毛の縁取りが綺麗でそっと、指の腹で睫毛の先に触れてみる。
目蓋が、ぴくぴくと防御反応で震えて
『ゎ…、何?』
千紘が俺の手を払う。
「あ、ごめん…びっくりした?」
『目は、うん…。』
「じゃ、キスなら?」
『…いいけど。真幸が確認するなんて珍しい』
くすくす笑って、千紘は瞳を閉じる。
「俺、千紘の目の虹彩も、白目が青みがかってるのも、二重の線も好き…」
柔らかで薄い目蓋の皮膚に、口づけると
ゆっくり千紘が目を開けて
『俺は、真幸の目の中に自分が映る瞬間が、一番好きだな。』
柔和な笑みをこぼす。

「最近、あんまりデートに行けてない」
『あ、うん。ちょっと忙しいから…なかなかね』
「でも、外ではいちゃいちゃ出来ないもんなぁ~」
『ほんそれ。』
「男2人で楽しそうに出かけたり、映画見たりしにくいのは辛い。」
『俺もね、学生の頃、仲いい友達と2人で出かけたら…デート?とか、クラスの子にバッタリ
遭遇した時に聞かれて…はぁ、なんで?って思った。仲悪いのは良くないけど、仲いいのは、単純に
良い事だと思うけど。同性で2人で出掛けてるのを、変な風に思われるのは哀しいよね。』

珍しく、熱弁する千紘が珍しくて。
千紘でも、人並みの悩みを抱えてた時期があるのかと思うと
過去の事務所での出来事を思い出した。
『もっと、何の色もない目で見て欲しいなって思う。俺も、言う以上は人に対して、そうありたいんだけどね。』
「千紘は、性別を強く感じないとは思ってたけど。」
『どっちでもいいし、どっちにもこだわらないよね。確立された自分が残れば』
「名前的に、女の子と間違われたこともあるだろ?」
『今は、ほとんどないけどね。』
「千紘、可愛かったからなぁ。昔から」
人見知りで、話をしても会話が続かずにうつ向きがちに、困ったように笑う姿を今でも思い出す。
俺は、単純に千紘の演劇に対する想いと、存在感をこのままにしておくのは
勿体ない気がした。だから、特に千紘に話かけて何とか、意識が変わらないかと期待していた。

『もう、俺…26なの』
「俺は、31だけどな。」
『見飽きられて、きっといつかは…忘れ去られちゃう』
「で、あんな写真集を作った訳か」
千紘の写真集は、すぐに重版が掛かった。予想通りではあった。
俺は、小さな書店でやっと購入出来て喜んで中身を見ていた。(リビングで、隣には本人がいる状況)
「今回のは、なんかこう…ノスタルジックで、微妙にえっちくてネットでも変な方向で使用した野郎が多発してますけど。」
『俺の想いをなんだと思ってるの?お前ら…』
「いやいや、俺はまだ千紘の写真集は使用してませんから。隣に本人居る中で眠れるってのに。」
『男がなんでそんな風に?真幸なら分かるけど!』

「仕方ないでしょ…千紘のお胸見て、健全な男性が目覚める事も、まぁ想定内だし。」
『…おっぱい見てるの!?ふぇぇぇ…、何でさ~、』
「そこに、おっぱいがあるからです。俺からはこれ以上は何とも」
『真幸、あんまり…俺の胸触り過ぎないでね?育ったら、困るし』
「何でだよ、お楽しみポイントのTOP3に入るトコを、どう我慢しろと」
『…あんまり触ってたりすると、分かるものなのかなぁ』

急に、千紘が自分の胸を確認しだして
俺は、笑いをこらえて、そのちょっと間抜けで可愛い姿を見ていた。
『ヤバイ…。通常の状態ってどんななの?俺の、もう手遅れかも~、真幸に弄ばれた胸を…恥ずかしげもなく
曝しちゃった。』
「それ程、解んないでしょ?俺、そこまで千紘に最近特に触れてないし。」
『胸なんて、あんまり意識してなかったから…うぅ、恥ずかしい』
「もう、ブラするしかないわね!」
『面白がるなよ…!人が困ってるのに。』
ふにふにした手つきで、千紘が俺の頬をつねったりしてくる。
全然痛くも無いけど。

「千紘…、」
『何だよ、変態!』
「何でだか…シたくなって来たから付き合って。」

しーん、と静まり返った後に
『この流れで?』
「はい。」
『……』
千紘は、俺に背中を向けて小声で『どうぞ。』と言った。
「えー、顔みたいのに…。冷めてんなぁ」
『ムードないのは、そっちでしょ?ばか。』

なんだかんだ言いつつ、千紘は2回ほど付き合ってくれた。
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