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Live

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今まで、色んな不条理を我慢したりやり過ごして来たけど。今回の
件については俺の大切な人が傷つく事となって
さすがに、黙ってはいられなかった。

今日、このステージで再び…彼、成瀬彩斗と共に共演できる喜びを
ファンの方と分かち合えるのが、本当に…幸せです。

「…智彰…、」
俺は今、とあるアイドルのライブ会場に来ていた。
水を打ったように静まり返る、場内。皆が、静かに信野智彰の言葉に
耳を傾けていた。拍手と歓声は、しばらく続いた。
胸が高まる瞬間は、すぐにやって来た。
ステージ中央のポップアップから、彩斗が飛び出して
すぐに、智彰が彩斗を迎えに行く。

4人が集まって、一人一人とハグを交わす。
最後はもちろん、智彰だった。
抱擁の入り方、角度が違う。女の子達の歓声が凄い。
俺は、圧倒されながらもただ拍手した。
推しうちわがバタバタなってちょっとうるさいけど。
素直に、心が動いていた。
一人で活動してる俺には、味わえない経験だ。

思い切って、ライブに来てみて良かった、
その後の彩斗の挨拶を聞いて、周りの子達は泣いていた。
今回、一番の被害を被ったはずの彩斗はずっと笑顔で
手を振り、何度もお辞儀をして、とても存在が大きく思えたのは
俺だけではないだろう。

礼儀正しくて、真面目で、何よりメンバーとファンを大切にする
あたたかな心の持ち主だ。(ちなみに、イメージカラーは赤)
2時間半はあっという間で、横に居たはずの真幸の存在を忘れてしまいそうな位に
楽しい時間はすぐに、過ぎ去ってしまう。
ラストで、俺が聞きたいと願っていた曲が彩斗と智彰に
歌われた瞬間、正直…頭の中が真っ白になった。

衣装が、曲の世界観にピッタリで
衣装さえも、対になる配色が美しくも儚い。
掛け合うようなサビの部分が、胸をきゅっと切なくさせる。
歌の世界は、きっと彩斗と智彰の実際に感じている世界の投影なんじゃないかと
思えた。

久しぶりに、こんなに切ない気持ちになって
茫然と抜け殻みたいに突っ立っていると、真幸に肩を揺すられて
正気に戻った。

「もう一回観たい」
『アンコールも結構長かったよね…すごかった』
「俺さ、なんかもう…彩斗と智彰をセットで推す事にするわ。」
『仲がいいって言うよりは、支え合って生きてる。俺にはそんな風に見えた。』
「ほんと、マジでそれ。真幸、たまにはイイ事言うなぁ。円盤も出るだろうから
予約したい…。」
『たまには、違う人の作品の世界も楽しいし、勉強になるね』
バラバラと、帰り始めたファンもまだ夢の中に居る感覚なんだろうなぁ。
もう少し落ち着いたら、感想とか語り合って更にあの4人を好きになって。

『…あら?千紘、真幸?』
会場を出ようとしたら、事務所のマネージャーに声を掛けられた。
「あれ?…マネージャーもライブに来てたんだ?」
『お疲れ様です。…パスつけてますね、という事は』
『招待されたのよ。私の後輩が、ここのアイドル事務所の広報担当でね。』
「…俺、彩斗を見に来て本当に良かったと思ってて」
『彩斗くん、千紘のファンだからね。でも、一般で見に来てたなんて…言ってくれれば
席何とか出来たのに。』

「俺、一ファンとして来たんで!この先も一般で『馬鹿ね、アンタ顔も隠しもしないし
見つかったらどうするのよ。向こうに迷惑かけるかもしれないでしょ。』…ぁ、ハイ。」

『今度からは、どうするか考えてから参加すればいいよ。』
『真幸も、千紘に振り回されてないで…。今回はこっちも結構大変だったのよ。
少しは知ってると思うけど、彩斗くんの状態がね。』
「俺が言える立場じゃないんだけどさ、心配だった。」
『今なら、会えるわよ?会って…千紘も言いたい事あるんじゃないかしら。』

真意を知らないで、ずっと傍観者気取りでいたけれど
今なら、確かに…言いたい事はある。
「ある。でも、今…平気?俺なんかがどの面下げて」
『今だから、会ってあげて欲しいのよ。手配するから、少し待ってて。』

マネージャーは昔からいつも、強くて怒るとめちゃくちゃ怖いし
頭が一生上がらない。
でも、だからこそ彼女のカンの様なものを俺は信じている。
胸が少し騒いでる。
真幸が、俺を見て頷いていた。

数分の電話がやたら長く感じる。
『大丈夫、千紘の気持ちをちゃんと伝えれば…』
「なぁんか、彩斗に告白でもするみたいな心境…」
『美味しいなぁ…、』
「ヤ、メ、ロ…!」
マネージャーに手招きをされて、俺は真幸に待っててと
伝えると、控室までついて行った。
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