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好きな人の声

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「千紘、ちょっと…あの番組見たんだけど」
俺は、例のごとく冷静さを欠きそうになりながら帰宅した千紘に話しかけた。
今日も、紺色の綺麗な髪はゆるやかにウェーブがかっていて、襟足の辺りや
うなじのラインがとても綺麗である。

『ただいま。真幸、メッセージ読むの遅くなって…買い足しできなくてゴメン。』
「ぁ、それは全然いいんだけど。ネット番組見たんだけどさ。千紘の事好きだって公言してる
アイドルがいたって、ネットで話題になってますけど。」
千紘はシューズを脱ぎながら、顔をしかめた。
『あ、あれさー。何なの?俺、全然みたことも無い人で驚いた。俺とどこかですれ違った時に
写真撮ったみたいで…マナー的にやばくない』

珍しく千紘が怒っている。面識もないのに大胆な事をしたものだと。
「やっぱり…そういう感じなんだ?千紘からすると。」
『動画でのコメントも結構来るんだけど、正直温度差が凄いっていうか』
「良い子なんだけどね、妄想が凄かったからね。俺でも、おいおいって思いながら聞いてたくらい。」
すぐに洗面所に直行する千紘を見送り、先ほどからの心のモヤモヤを少しだけ抑え込んで
リビングに戻った。

分かってはいたものの、千紘のファンは自分の思う以上にいる事。
そして、さっきの話に出て来たアイドルは男性であり
千紘は同性からも人気が高い事に、俺は頭を悩ませたりしている。

公言できっこない関係だから、行動にも制限が付いて回るだろうし。
なのに、千紘はいつも変装せずにそのままどこにでも出かける。
帽子はあまり好きではないのか、髪に手を加える分隠したくないのだと言う。
今でこそ、様々な髪色をして遊んでいる子も多い中で
やっぱり千紘は、目立ってしまう。

持って生まれた、雰囲気もあるだろうし。自然体でありながら
人を簡単には寄せ付けないオーラも放っている。
千紘の事を好きな人間が、どのくらい居るのかは予想もつかないけれど。
元から、独占欲が薄目な俺でも千紘には特別違う何かを感じている。

『真幸、ご飯終わったらゲームしよ』
「珍しい。今日は配信しなくても良かった?」
『んー、最近ちょっと配信の頻度が多かったから。気持ち、減らそうかと思って。』
「動画上げるたびに、コメントで彼が絡んでくるからね。」
『そうそう、それ…。でさぁ、前に真幸に貰ったゲームの続きしようかなって』




「長らく放置したなぁ」
『…俺には、辛いゲームなんだよ。だって、真幸の声ばーっかり聞こえるし』
「音声設定で、オフにもできるけどね?」
『そこまでするのも、なんかどうなの…』
千紘は、俺の声が苦手と言うよりは、むしろ大好き過ぎて恥ずかしくて耐えられないと言うのだから。
聴けないと、それはそれで味気ないのだと。

『この主人公のお兄ちゃんさぁ…弟の事好きだよね。もう、ほぼストーカーになってて笑える。』
「笑うトコ?でも、愛憎の物語なのは違いないね。…そのせいで二次創作で結構、書かれてるみたいだし。
もしかしたらアニメ化したりするんじゃないかな。」
『びーえる?』
「ちょ、っと…。兄弟愛だよ。多分。でも、話が進むにつれて俺もだんだんと弟である、主人公の事がまぁ…愛おしく
思えてくるわけだよ。」
ソファーとの間に座ってる千紘の背後に俺が座っていた。
千紘のプレー画面を見ながら、こうして時々抱き締めたりする時間が
結構好きである(千紘が無防備だからか)
『真幸、わざとやってる?さっきからくすぐったいし…』
「わざとだね。千紘の後ろ姿が愛おしくて、抱きしめたい」
『暇なら、先にお風呂入ればいいのに。』
「俺の声を聞いて、千紘が反応するところを見たいのです。」

千紘は、困ったように笑いゲームを進める。
『じゃ、悪戯しないで見てて』
「…わぁ、そのダンジョン俺、苦手なとこ」
『レベルあげよーっと』
「俺、先に風呂に入って来る。」
『はぁい』
千紘は、すっかりゲームに集中してしまい軽く手だけは振ってくれた。

にしても、さっき千紘が言ってた、某アイドルが気になる。
いつか共演してみたい。とか、そんな次元の話をしたのではなくて
家に行ってみたい。と、言ったから不穏なものを感じたのだ。
自宅を突き止めたがる人物だった場合、これはかなり厄介だ。
俺は、千紘が動画配信を始めた頃に一応の注意をしておいたので、今の所
弊害はないものの。

千紘の心が、今回わりと荒れ気味だった事もあり
今までよりか動画の更新頻度は落ちるかもしれないが、他の媒体でも
発信の方法はある為、痛手は負わないだろう。

立場的には、同じ事務所の後輩を守るべきであり
いや、もっと前からの関係ではある。
千紘に近づこうとする輩には、目を光らせておかなければ。
色々と、考え事をしていたせいですっかり長風呂になってしまった。
着替えて、リビングに戻ると千紘はソファの上で俺が贈ったウサギの耳がついた
ヘッドフォンをしたまま、眠っていた。

「…しかも兄弟イベントの一番重要なシーンで、寝てる」
俺の声が嫌で、おそらくはヘッドフォンを持ち出したんだろうが。
あれ?
もしかして、聴きながら寝てるのか。

恥ずかしくて、聴いてられない。

と言う程の俺の声を聴きながら、眠れる千紘の心がよく分からない。
長い睫毛を伏せて、静かに眠る姿はまるで人形みたいに
あまり生気を感じさせない。
綺麗な形の唇は、ほんのうっすら開いていて
指先で、くっと下唇の真ん中あたりを押すと
鮮やかな血色が、フッと一瞬だけ濃くなる。

今日は、薄いメイクが施されていてマットな肌の質感が余計に
無機質さを強めている。

ふるっ、と目蓋が動き千紘がゆっくりと眼を覚ました。
何か言いだす前に、キスで唇を重ねると
ヘッドフォンからの声に気が付いた千紘が、頬を赤く染めながら
慌てて、耳からヘッドフォンを外した。
どこか気まずそうに、キスに応えては俺の首に両手を絡めて来た。

『バレちゃった?』
「え…、どういう事」
『…気づいてないなら、それでいいよ。』
くすくす笑って、千紘は俺をまっすぐに見つめる。
「ヘッドフォン、通してなら平気なのか?まさか」
『内緒…、でも俺は真幸の声が大好きだよ。』
きっと、何か千紘にはまだ隠し事がある。
千紘を見ていれば、そんな気がしてならない。



(声の秘密については、当方のHPでの
トーク、ストーリーで少し触れてみます。)
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