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円やかな眠り。

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千紘が、ルームシェアに申し込みをしていると事務所からの連絡が
あって驚いた。
あの、年末の一件があってから、千紘とは会うことも無く暮らしていた。
ちょうど、春先にマネージャーを通して伝えられて
自分の中でも、きっと転機のように思ったんだ。

新しい生活のを迎えるであろう、千紘にはもうすぐ会える。
久しぶりに過去の千紘との思い出が、頭の中で
何度も繰り返し映像として、流れる。

同じスクールに通っていた事。
事務所にて、また再会するまで気づかなかったと
千紘は言っていたが。
俺は、前もって事務所から話を聞いていたから
知っていた。

モデル事務所からの移籍になる千紘は、
アート系の雑誌や、何故か園芸の雑誌で
表紙を飾るという、少し変わった露出の仕方をしていた。

千紘の容姿が、何かしらそういった風なイメージを
起こさせるのかもしれない。
肌の質感、色味、髪の色や光り方、
いわゆる、素材が生っぽいのに時々無機質にも思えて
触れてみれば、生ぬるい頬とか。

まるで、観賞用みたいにシンとした空気を保ちつつ
瞳の虹彩まで、のぞき込みたくなるくらいの
雰囲気があった。

『死んだ魚の眼なら、無意識になってる。』
「話すと、千紘は別人みたいだもんな。」
『花と、青年の企画展は面白かったけどね。』
今日の千紘は、帰宅して間もなくダウンした。

撮影で湖畔に連れて行かれ、撮影があったらしく
もちろん、入水しての撮影となった。
身に染みるような、水温の中での写真撮影に耐えて
帰って来た。

俺は、すぐに風呂を沸かして千紘を休ませたくて必死だ。
夏の撮影とはいえ、冷え切った体の千紘に
同情まではいかないが、身を案じるばかりだ。
白い、肌が青みを増し
冷たい唇に、熱を感じなかった。

時間をかけて、ゆっくりと温まるように千紘には言ってある。
ただ、寝てしまわないかが気になるところで
たまに、浴室近くの廊下を歩いたりして確認している。

思ったより早く、風呂から上がって来た千紘がリビングに
やって来た。
『……』
「だ、大丈夫そう?」
『……あ?うん…。』
機嫌があまり良くなさそうな千紘の声色に、内心ビックリしたのは
内緒だ。
「顔色、戻って来てて良かった。…あったかいものでも、飲む?」
千紘は、ソファの前のラグに座って、首をゆるく振った。
『真幸、こっち…来て。』

裸足で部屋着の千紘は、膝をつき両手を俺に伸ばして来た。
まだ、温かみが恋しいのだろう。
求められれば、すぐに千紘の側に行き、その細い体を抱き締める。
外は、千紘が帰る少し前から小雨が降っていた。

マネージャーに送り届けられた千紘の瞳は、虚ろで
まだいつもの、千紘には戻っていなかった。
よく分かる、昔から千紘の不器用さを見ていた俺からすれば
人へと戻す為の行為が、千紘にとってのこの抱擁と、

『…寒かった、』
「お疲れ様…千紘。」
キスだった。

『今日は、赤くならないと思う。真幸の声にも』
「じゃぁ、いつもより沢山…名前呼ぼうかな。」
『いいよ、真幸…ん…ふふっ、あったかい、くすぐったい』
千紘のお腹に顔を埋めて、グリグリしてみたり
じゃれ合う時間は、楽しくて
愛おしい。

「そういえば、届いた?新しいヘッドフォン。」
『ぁ、…届いた。冗談かと思った。』
千紘の耳を、触りながら顔をのぞき込むと、恥ずかしそうに
顔をそむける。

「気に入ると思ったのに…、嫌だった?」
『なぁんで…ウサギの耳付きヘッドフォンなんだよ。音は良かったのに、』
なるほど、一度は装着してくれたのか。
「だって…千紘ってウサギっぽいから」
千紘は、さすがに引いた感じで苦笑いをしている。

『あのさ、3次元でそういうのは言わないぞ、フツー。』
「いつも、俺と居る時、耳真っ赤にして押さえたりしてるから。イメージになったんだよ。」
『えぇ…そっか。言われてみれば、確かに真幸と居ると気恥ずかしくて、つい』
「でも、今日は大丈夫なんだろ?」

無意識に、スッと千紘がまた耳を両手で覆う。
「サービスで、企画展のナレーション再現してみようか?」
『ヤ、メ、ロ!!』
企画展では、専用の音声が撮られていてその写真や、展示の前に行くと
スマホを通じて音声ガイドが流れていた。
「圧倒的に、女の子受けする企画だったよね。」
『ほんと、でも撮影結構大変だったけど…』
「千紘は、見るだけでは物足りないけどね。触りたくなる。」
『生きてるのに、何だろ…自分も花みたいに見られる存在なのかって、たまに考える。』

分かっているのに、千紘は…どうしてそう言う事を言うのか、と
咎めたくなる。

「まだ、足りてないね。早く、こっちに戻って千紘。」
すんなりと伸びた腕、きゅっと締まった手首に繊細な指先。
薄い胸に、耳を押し当てて千紘の鼓動を聴く。
これが、全てだけど
単純ではない。千紘の心の冷たさを溶かすのは、いつからか
自分の役割だと感じている。

『…俺、生きてるけどね。』
「千紘を、物みたいに扱う人は…俺が許さないから。」
『首、触ってよ。真幸…』
知ってはいるけど、千紘は首や耳にとても弱い。
綺麗なうなじ、黒髪の艶は紺に近く
耳の形が少しだけ小さめで、耳たぶの厚みは
やや薄い。

肌と、髪のコントラストが特に色気を感じさせる。
耳元にキスをしながら、静かに触れてみた千紘の首元は
わずかに冷たくて。
『真幸…』
「千紘は、曼殊沙華と君影草だって考えた人は、きっと千紘を理解できてると思う。」
『…あぁ、どっちも、毒ありの綺麗な花なのにさ。』
「だれも、知らなくていいのにね。」

一度だけ、やってみたかった事があって
少し前に千紘の協力の元、風呂の浴槽に花びらを散らして
入浴した事があった。
笑えそうかと思ったけど、全然で。
むしろ、何事も無さげに千紘が薔薇の花びらの浴槽に
溶け込んでいて、

やっぱり、千紘は少し違う星の住人だと感じたのだった。

当たり前に馴染んでる。気負いもない。

多分、千紘なら指先に蝶が止まっても
動じないだろうし、絵になる。

千紘で、何かを表現したい人の気持ちは
少し分かる気がしてきた。

「ちひろ…?」
『やばい、寝そう…』
「夕飯には、起こすから…ベッドまで運ぶよ。」
身長175cmはある千紘を、横抱きにして
寝室へと連れて行く。

『…ありがと…』
ベッドに体を横たえた千紘は、すぐに寝息を立てて夢の世界に
落ちていく。
頬に口づけてから、俺は寝室を後にした。

千紘からは、花の香りがした。
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