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本当は、スキなんて言えるはずもなく…。

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部屋に帰ると、地獄なんです。
何ででしょう?

それは、同室の男の声が無理だからです。

「嫌いじゃないって事だよね?千紘。俺の声…今更変えようもないし」

嫌いと言うか、何と言えば伝わるのかと俺なりに考えてもみたけど。
答えは無理としか言えなかった。

真幸の普通の声はまだ聴けるけど、
「ぁー、やっぱり恥ずかしい…駄目、ドキドキする!!」
ってんで、俺は家の中でもだいたいはヘッドフォンをして過ごす。
環境音メインの物を聞いたり、あまり多音なものは
聞かずに過ごしている。

さすがに、夜寝る前にヘッドフォンをして寝てると
真幸が見かねて、注意してきた。

「耳にも良くないからね…どうしても俺に耐えられないって言うなら、
俺も新しい部屋を探すから。」

ずるい、そうだよ…昔から真幸は優しかった。
ただ、俺が、正面から向き合う事を避けて来ただけ。

「真幸は、何にもしてないんだから…部屋探すなら、俺だよ。」

「女の子受けする声だって言われても…、俺としては千紘に無理って言われれば
もう、それでお終いだけどね。」
部屋の境界もない、真幸との共同生活は不便さもなかった。

相手が、年上な分俺にもきっと気を使っているのだろう。
申し訳なさもあった。

一度、酔いに任せてキスをした間柄ではあるけど。
もう結構前の話だ。

「……そうだ、」
俺は、最近通販で購入したドラマCDを聞いてみる事にした。
在庫切れが多い中で、残り1点となっているCDを真幸が帰る前の
部屋で聞いてみた。

声に慣れなければ、と苦肉の策で手にしたけれど。
原作は、小説となっていて
良く知りもしないのに、しばらく黙って聞いている。
が、
ん?なんかこれ…いつにも増して真幸の声が…アレじゃないか?

俺は、CDのブックレットを勇気を出して読んでみた。

BL小説、たいぼーの、ドラマCD化???

びーえるしょーせつ…。

「わーーーーっ!!!!」

「ただいま…千紘、って…何爆音で聞いてるの?」
慌てて、PCの元まで這うように歩いて
「間違えて、買ったんだよ…。」
なんとか再生を止めた。

「いいけどさぁ、千紘…顔真っ赤。」
「おかえり…アンタの鬼みたいなタイミングの悪さ…何なの?」
「千紘が待ってるから帰ります。って、誘いは断ってるからね。」

はい、と手を差し伸ばされて
立たされると目のやり場にも困るし
耳はヘッドフォンで覆ってしまいたい。
「あ、そ…。」
「千紘の反応見てると、嫌いじゃないのは伝わってる。恥ずかしいのも、くすぐったく思うのも
それって、どちらもマイナス感情とは思えないんだよね。」

正直、ギクッとする。
真幸の言う通りだった。
だって、昔の真幸を知ってる俺からすれば
大人の真幸の声に、成長や年月を感じてしまう。
と、同時に少しだけ置いて行かれてる気がすると言う、複雑な俺の
心情が含まれているからだ。

「こんな声は、真幸じゃない…」
俺が、言えた義理か?と思うけど。

「お仕事だからね。じゃあ、俺も言っていい?」
真幸の抱擁が心地よくて、耳を覆う手も
だんだんと解けてく。

「モデルで紙面に出てる時も、TVに出てる時にしても…千紘が別人みたいで、俺も同じ気持ちになるよ。」

こんな事は、生まれてはじめて言われた。
なんだろ、少しだけ寂しい。
自分だけが、寂しいだなんてのは勘違いなのか。

真幸は、こんなにも嫌がるばかりの俺を
抱き締められる程の器なのだ。
「良かった、千紘の独占欲が、ちゃんと俺を感じてくれていて。」

普段の真幸の声は、特に好きだ。
温もりを感じる、安心する。
「なんで、BLのCDなんて買ったの?千紘…」

「いや、とりあえず真幸の声に慣れようと思って、」
「せめて、海外ドラマの吹き替えとかからにすればいいものを」
「ホント、びっくりした…」
「しかも、俺このCD持ってるのに…買ったのかぁ」
頬をそっと撫でて、真幸は俺を解放すると
テーブルの上のCDケースを開いていた。

「真幸の出てるドラマCD、品切れが多くてさ」
「へー、そうなんだ。俺の声は家に帰れば聞けるんだから、わざわざ購入するなんて」
「俺、普通の声の時は、平気なのに…真幸の声。」
「意識し過ぎじゃない?そんなに、気にしないでよ」

帰宅して、すぐにテーブルに夕食を並べる俺を見ながら
真幸は、嬉しそうに笑う。
「俺は、やっぱり千紘の裏腹な所が、スキだな…。」

言われてすぐ、意味が分からずに目を瞬かせていると
真幸は寝室に着替えに行った。

冷静に考えてみると、ちょっと俺も言ってる事が
矛盾しているかもしれない。
それは、例えば、寝室にはベットが1つしかない事とか
同じシャンプーを使っている事とか。

声がどうこう騒いでる割に。この辺の事には
羞恥心が作動しないなんて、ぶっ飛んでる。

真幸の好意も受けているし、
俺も、真幸がいなきゃイヤだなんて思うくらいの
親密さは、あるんだ。

一緒に住み始めてから、透けて見える好意が
どんどんエスカレートしてもう、1ヶ月。
耳を塞ぎながら、ベットの上で重なり合ったり
余ってるものを足らないどこかに
埋めたりしながら、過ごしてみた。

簡単ではないけど、きっと何処かが満たされていた。
真幸は言った、

俺の声が、もっと聴きたい。と。
思いがけない言葉で、俺はその夜
真幸の声がどうして、駄目なのかを実感した。

「千紘、体…平気?」
リビングに戻って来た真幸に問われて
思い出して、また耳が熱い。
「今日は、オフだったから大丈夫だって。」
「家に帰って、すぐに晩御飯だなんて…でも、あんまり無理しないように、ね?」
「真幸…いいから、もう」
「耳、真っ赤。千紘みたいに反応がいいと、大変だね。」




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