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地と海を統べる者
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初めて触れた、その毛並みは
濡れていて
夢の中でも冷たく感じる程だった。
夢に介入できるグローブ
まさか、本当にそんな物が今世に
実現できようとは。
いつか、誰かが言っていた
人が想像出来る物はいずれ
作れるようになる。
今はそんな言葉が、よく理解出来る。
もがく両前足を、やっとの思いで
自らの肩にかけて私はこの夜
パーンを夢の中で救い出した。
「…暴れないでくれ、」
これは、夢の中の私の言葉。
引き上げたパーンは、現実のこの世界に現れた。
ベットの上に、びたんと
落ちて来て私の身体の上に
四肢を投げ出した。
同時に、夢は醒めてしまい
私は慌てて飛び起きた。
どう間違ったのか?
私が夢で見ていたパーンは
この世界では、人の姿で目を丸くしていた。
あられもない姿で、夜の暗闇の中
震えながら彼は警戒心をむき出しに
怯えていた。
「パーン、」
私は、部屋の薄明かりを付けて
パーンにブランケットを被せた。
「まさか、俺の名前?」
パーンは、私の足元に寝ていた
エメラルドに気付き
一瞬目を細めた。
「あぁ、そうだ。君は…私の夢の中ではまるで牧神のパーンのようだろう。」
私の言葉を、くすぐったそうに
受け止めるパーンは
緩く首を左右に振った。
「貴方って、夢から醒めても…夢の中に居るみたいだね。違うよ?俺は…」
パーンは、ブランケットを身体にかき寄せて困った表情で
私を見ていた。
「パーン、やっと君を救えた。やっと私の長年の想いが…」
それは、何かに傾倒している人の姿に映ったかもしれない。
私は、無意識にパーンの足首をこの手に掴んでいた。
「俺は、貴方の夢で何回潰えたか知ってる?半分諦めてた。だって、こんな風に俺を助けてくれるなんてさ、思ってもみなかったから。ありがとう。」
「パーン、君の名前が…いや、まずは何処から来たのか知りたい。」
私の質問攻めにあいそうなパーンは、ずり、ずり、と
後退って。やがてベットから落ちそうになっていた。
「待って、ちょっと…。貴方は、ねぇ服くらい貸してもらえない?さすがに恥ずかしいよ。裸なんだから。」
思ってもみない言葉に、私は
急に現実に引き戻された気持ちで
グローブを外してからベットを降りた。
パーンには、もしかしたらサイズが若干合わないかもしれないが
長袖のシャツを手渡すと
ほっ、と落ち着いたように見えた。
「ありがとう。貴方って、やっぱり優しいんだ。それで…名前なんだけど、実は俺には人間の名前みたいのは無くって。この世界でいう所の数字とアルファベットの組み合わせなんだ。」
その事実が、やはりパーンは
この世界の人では無いことを示しているように感じて
私は、眉をひそめた。
「概念が違うだけだよ?だからね…可哀想な目はやめて欲しい。貴方が好きな名前で呼んでくれても構わないし。」
パーンの指摘の通り、私は
そんな気は無くてもパーンをどこか
憐れむ方で見てしまっていた。
しかし、パーンにはそれは失礼である事を忘れてはいけない。
「俺を助けてくれたのは、本当に嬉しいんだけど…貴方は、俺を助けてどうしたかったの?」
「どうしたい…?いや、とにかく助けて、いつも私の夢の中でもがき苦しむ君の命を救いたかった。その一心で…その後は、」
言葉に詰まった私を、パーンは
穏やかに微笑みながら見つめていた。
「なにそれ、そんな言葉言われると心から気持ちが溢れそうだよ。嬉しくて、もぉ…」
パーンは、オリーブ色の瞳を
ゆっくりと涙で滲ませて笑う。
「パーン…、」
「俺は、貴方の中の夢の中の粒子の集合体なの。それでも、生まれた意味があって…ただ消えるだけで終わらないなんて。貴方に命だと思われる事がすごく誇らしい。ありがとう…」
私は、手の甲で涙を拭いながら
泣きじゃくるパーンの頭を
そっと撫でた。
確かに柔らかな髪、
指に返ってくる弾力のある肌。
パーンは、実在した。
いや、実在させた。
これは、夢の中のような現実で
長年焦がれてきたパーンが
思わぬ形で我が家に現れた
そんな始まりの日が、
更けていく。
「パーン…」
「なに?貴方」
「貴方とは、さすがに照れくさいな。一応私にも名前があってね。」
「うん。聞かせて?」
「東泉寺 広海」
「とうせんじ、ひろおみ。へぇ、貴方の名前?いいなぁ…広海さん。」
「パーンは、パーンでいいのかな?君は、確かにこの国の人の風貌では無いから英名の方が、しっくりくると言うものだが。」
「貴方が…、広海さんに呼ばれるのならパーンでも構わないよ。」
「君は、どれだけ私キラーなのか。」
「…?」
「で、返しに来てくれたと思ったら。お前、本当に実現出来たんだな。」
研究室に友人を訪ねて、数日後
私は仕事帰りに向かったところ。
友人は、この成果をごく当たり前のように受け止めていた。
「やっぱり君は天才だったな。私の夢に付き合ってくれて本当に感謝している。」
セキュリティシステムが、緩い
談話室にて友人は眩しげに私を見ては頷く。
「お互い様だ。装置の返却どうも。で、俺には成功報酬って何かあるのか?」
友人の言葉に、私は顔を強張らせた。いや、何も用意していない訳ではない。
だが、あまりこの手は使いたくなかった。と、言うのがあって。
「逆に、問おう。私はどうしたらいい?」
「パーン…だっけ?その子に会わせてくれ。色々話がしたい。」
「まぁ、君らしい言葉だな。覚悟はしていた。が、パーンをモルモットのように扱うのだけは…認めない。あくまで、一人の人として。傷つけないでやってくれ。」
友人は、鼻で笑った。
「お前の夢の中の結晶なんだろ?大事にするに決まってる。なぁ、東泉寺、その子は有機体なのか?」
「それが…どうやらほぼ人間と変わらないらしいな。つくりなんかは。」
「へぇ…よく調べたな?」
にやっ、と嫌な笑みで茶化される。
「バカ言うな。身体が人間と変わらない以上私も責任があるだろう?やはり、無理にこっちの世界に引っ張って来たんだからな。」
「そうかもな…。なぁ、パーンはお前が仕事の間こっちで助手って形で来てもらえないかな?俺の研究にも役立つし、一人にさせるのはまだ心配だろ。」
言われてみれば、パーンを日中一人にさせてしまうのはしのびなかった。
あちらの世界にも、それなりに生活をしていたのだろうが。
まだ、こっちの世界に来て日の浅い
彼が、私は心配で仕方なかった。
「ありがとう、話してみるよ。」
「アルバイト代くらいは、つくから。悪い話じゃないと思うぜ。」
気前の良い友人の誘いに、内心
手を合わせながら
私は、パーンの待つ家へと急いで
帰った。
濡れていて
夢の中でも冷たく感じる程だった。
夢に介入できるグローブ
まさか、本当にそんな物が今世に
実現できようとは。
いつか、誰かが言っていた
人が想像出来る物はいずれ
作れるようになる。
今はそんな言葉が、よく理解出来る。
もがく両前足を、やっとの思いで
自らの肩にかけて私はこの夜
パーンを夢の中で救い出した。
「…暴れないでくれ、」
これは、夢の中の私の言葉。
引き上げたパーンは、現実のこの世界に現れた。
ベットの上に、びたんと
落ちて来て私の身体の上に
四肢を投げ出した。
同時に、夢は醒めてしまい
私は慌てて飛び起きた。
どう間違ったのか?
私が夢で見ていたパーンは
この世界では、人の姿で目を丸くしていた。
あられもない姿で、夜の暗闇の中
震えながら彼は警戒心をむき出しに
怯えていた。
「パーン、」
私は、部屋の薄明かりを付けて
パーンにブランケットを被せた。
「まさか、俺の名前?」
パーンは、私の足元に寝ていた
エメラルドに気付き
一瞬目を細めた。
「あぁ、そうだ。君は…私の夢の中ではまるで牧神のパーンのようだろう。」
私の言葉を、くすぐったそうに
受け止めるパーンは
緩く首を左右に振った。
「貴方って、夢から醒めても…夢の中に居るみたいだね。違うよ?俺は…」
パーンは、ブランケットを身体にかき寄せて困った表情で
私を見ていた。
「パーン、やっと君を救えた。やっと私の長年の想いが…」
それは、何かに傾倒している人の姿に映ったかもしれない。
私は、無意識にパーンの足首をこの手に掴んでいた。
「俺は、貴方の夢で何回潰えたか知ってる?半分諦めてた。だって、こんな風に俺を助けてくれるなんてさ、思ってもみなかったから。ありがとう。」
「パーン、君の名前が…いや、まずは何処から来たのか知りたい。」
私の質問攻めにあいそうなパーンは、ずり、ずり、と
後退って。やがてベットから落ちそうになっていた。
「待って、ちょっと…。貴方は、ねぇ服くらい貸してもらえない?さすがに恥ずかしいよ。裸なんだから。」
思ってもみない言葉に、私は
急に現実に引き戻された気持ちで
グローブを外してからベットを降りた。
パーンには、もしかしたらサイズが若干合わないかもしれないが
長袖のシャツを手渡すと
ほっ、と落ち着いたように見えた。
「ありがとう。貴方って、やっぱり優しいんだ。それで…名前なんだけど、実は俺には人間の名前みたいのは無くって。この世界でいう所の数字とアルファベットの組み合わせなんだ。」
その事実が、やはりパーンは
この世界の人では無いことを示しているように感じて
私は、眉をひそめた。
「概念が違うだけだよ?だからね…可哀想な目はやめて欲しい。貴方が好きな名前で呼んでくれても構わないし。」
パーンの指摘の通り、私は
そんな気は無くてもパーンをどこか
憐れむ方で見てしまっていた。
しかし、パーンにはそれは失礼である事を忘れてはいけない。
「俺を助けてくれたのは、本当に嬉しいんだけど…貴方は、俺を助けてどうしたかったの?」
「どうしたい…?いや、とにかく助けて、いつも私の夢の中でもがき苦しむ君の命を救いたかった。その一心で…その後は、」
言葉に詰まった私を、パーンは
穏やかに微笑みながら見つめていた。
「なにそれ、そんな言葉言われると心から気持ちが溢れそうだよ。嬉しくて、もぉ…」
パーンは、オリーブ色の瞳を
ゆっくりと涙で滲ませて笑う。
「パーン…、」
「俺は、貴方の中の夢の中の粒子の集合体なの。それでも、生まれた意味があって…ただ消えるだけで終わらないなんて。貴方に命だと思われる事がすごく誇らしい。ありがとう…」
私は、手の甲で涙を拭いながら
泣きじゃくるパーンの頭を
そっと撫でた。
確かに柔らかな髪、
指に返ってくる弾力のある肌。
パーンは、実在した。
いや、実在させた。
これは、夢の中のような現実で
長年焦がれてきたパーンが
思わぬ形で我が家に現れた
そんな始まりの日が、
更けていく。
「パーン…」
「なに?貴方」
「貴方とは、さすがに照れくさいな。一応私にも名前があってね。」
「うん。聞かせて?」
「東泉寺 広海」
「とうせんじ、ひろおみ。へぇ、貴方の名前?いいなぁ…広海さん。」
「パーンは、パーンでいいのかな?君は、確かにこの国の人の風貌では無いから英名の方が、しっくりくると言うものだが。」
「貴方が…、広海さんに呼ばれるのならパーンでも構わないよ。」
「君は、どれだけ私キラーなのか。」
「…?」
「で、返しに来てくれたと思ったら。お前、本当に実現出来たんだな。」
研究室に友人を訪ねて、数日後
私は仕事帰りに向かったところ。
友人は、この成果をごく当たり前のように受け止めていた。
「やっぱり君は天才だったな。私の夢に付き合ってくれて本当に感謝している。」
セキュリティシステムが、緩い
談話室にて友人は眩しげに私を見ては頷く。
「お互い様だ。装置の返却どうも。で、俺には成功報酬って何かあるのか?」
友人の言葉に、私は顔を強張らせた。いや、何も用意していない訳ではない。
だが、あまりこの手は使いたくなかった。と、言うのがあって。
「逆に、問おう。私はどうしたらいい?」
「パーン…だっけ?その子に会わせてくれ。色々話がしたい。」
「まぁ、君らしい言葉だな。覚悟はしていた。が、パーンをモルモットのように扱うのだけは…認めない。あくまで、一人の人として。傷つけないでやってくれ。」
友人は、鼻で笑った。
「お前の夢の中の結晶なんだろ?大事にするに決まってる。なぁ、東泉寺、その子は有機体なのか?」
「それが…どうやらほぼ人間と変わらないらしいな。つくりなんかは。」
「へぇ…よく調べたな?」
にやっ、と嫌な笑みで茶化される。
「バカ言うな。身体が人間と変わらない以上私も責任があるだろう?やはり、無理にこっちの世界に引っ張って来たんだからな。」
「そうかもな…。なぁ、パーンはお前が仕事の間こっちで助手って形で来てもらえないかな?俺の研究にも役立つし、一人にさせるのはまだ心配だろ。」
言われてみれば、パーンを日中一人にさせてしまうのはしのびなかった。
あちらの世界にも、それなりに生活をしていたのだろうが。
まだ、こっちの世界に来て日の浅い
彼が、私は心配で仕方なかった。
「ありがとう、話してみるよ。」
「アルバイト代くらいは、つくから。悪い話じゃないと思うぜ。」
気前の良い友人の誘いに、内心
手を合わせながら
私は、パーンの待つ家へと急いで
帰った。
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