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夢想の恋

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2つ上に憧れの先輩が居て、憧れが恋に変わるまでそれ程
時間はかからなかった。

自由な言葉で、人を翻弄する無意識な引力。
綺麗な黒髪に、白い肌。
佇まいが凛として、ピッと伸びた背筋からも先輩の清廉とした魅力が
伝わってくる。

いつまでも、気軽な追いかけっこの関係では済まない事を
自覚していたのに俺は、ずーっと光冥先輩を追いかけ続ける事に
内心、疲れて来ていた。
報われないなら、傍に居たくない。辛いだけだから、優しくされると
決心が揺らぐ。
あの声が、他の誰かにも優しく語り掛けるなんて思うだけで
胸の奥が重く、痛い。

高校に入学してから、友達は結構できた。
はっきり言って、気を紛らわせれるなら誰でも良かった。
先輩には、将来の道があるという事も理解しているし
いつかきっと、どこかで手を離さなきゃいけない事になる。
考えるだけで、言葉も出なくなる。

登校の途中に、何度もその背中を見つけたけど
近付く勇気が持てなくて、遠目で見ているだけだった。
これが、きっと正解だと自分に言い聞かせるしかなくて。

多分、自分はもう恋をしない事だろう。
この心の溝を埋められるのは、たった一人でしかない。
楡野光冥だけなのを、嫌と言うほど知っている。

夏休みになれば、先輩は受験に向けて心もきっと今以上に切り替わる事だろう。
剣道部に今はのめり込んでいるけれど、大会を過ぎれば
生真面目な先輩は将来を見据えて、もっとシビアになる。…はず。

俺はまだ、フワついた心で高校生活を送る。
部活にも所属せずに、放課後には新しくできた友人と遊びに出かけたりして
忘れるための、準備を始めていた。

バカやってると、時間も早く過ぎていくし楽しい。
ただ、少しだけお金に困る。
付き合いが増えれば、出費もかさむから親に貰う小遣いでは全然足りないのだ。

今日も、最後の授業が終わると友人と共に階段を駆け下りて昇降口を目指す。
『雪緒…、』
駆け下りた先に先輩が居て、思わず勢い余って先輩の正面に倒れこむ。
「っ、ぅわ…!?」
『危ないなぁ…、何そんな慌ててるん?』
先輩はしっかりと俺を抱き留めてくれて、ケガはない。
顔を不意に覗き込まれて、一気に頭が熱くなる。

「光冥先輩、すみません…」
先輩の多分、制服から香る匂いに少し懐かしくて気持ちが揺らぐ。
『今日は、部活もないんやけど。一緒に帰らへん?』
穏やかな声になびえてしまえば楽なのかもしれない。
「…ぁ、友達と行くトコがあって」
『何人?俺、一緒やったら迷惑かな』

う、何でここまで食い下がれるのか。
先輩にはプライド?とかあると思って見てたけど。
「一人だけど、俺、が…気まずいよ。」
先輩は、悪くない。優しさで言ってるんだろう。この人なら。
でも、俺の気持ちが…やり場無くなっちゃう。
俺が先輩の事、好きだって分かっててこんな事言うんだから。

『…そか。ほんまやな、じゃあまた。今度は、2がええな。』
先輩は俺の肩に軽く触れてから、一笑すると何事も無かったかのように
階段を上がっていった。

友人が、「あの先輩、知ってる。副会長だ、執行部の」
と言ってから俺の顔を見た。
「中学、同じなんだよ…。」
本当に今となっては、それだけなのかもしれない。
先輩は、相変わらず中学の時の様に変わらない存在感で高校でも
目立っている存在だった。

一歩踏み込まれるたびに、俺は何故か引いてしまう様になっていて
先輩が距離を詰める事を心のどこかで、望みながら実際には拒否している。

帰宅部なのは、もったいないと先輩に言われたけど
正直、同じ高校に入れれば、後はどうでも良かった。
眩しい存在を追い続ける事は、とても心が疲れる。
自分は、相手には相応しくない。
こんな劣等感がいつだってついて回るからだ。

友達には、今好きな人が居る事もバレてないだろうから気が楽。
一緒にゲームしたり、たわいない会話をしてれば時間は勝手に過ぎていく。
「…ごめん、やっぱり今日は止めとくわ。」
昇降口で、友人に頭を下げて俺は来た道をただ駆け戻り
先輩の姿を探す。多分、職員室だろう。

職員室前の廊下で、先輩は3年の担任と話していた。
一応、身だしなみを気にしていると、会話が終わったらしく
先輩は俺を見て、破顔した。

『顔に全部、書いてある…何も言わんでも判る。』
ゆっくりと歩み寄って来る先輩の表情に、俺が気恥ずかしい。
「なんで、そんな笑顔なんだよ…」
『めっちゃ嬉しいし~、…何かこう好きなもの買うたりたくなる。』
「一緒に、帰るだけ。なんじゃないの?」
俺も大概、底意地が悪い。分かってて言わせたいなんて。

『一緒に、言うても途中までやし。今更そんなん言う必要、ある?』
先輩に、口では勝てないのを分かってても
ここ最近は素直に居れなかった。

先輩は、1階の3年生の教室まで俺と歩き
教室に入ると鞄を手にして戻って来た。
先輩のクラスには、まだ数人の生徒が残っている。
「さっさと帰ればいいのに」
『あー、まぁ…そうなんやけどな。』
生徒玄関で外履きに履き替えて、外に出るとまだ日差しが柔らかい。
「どこか、寄る…とか?」
駅までの道を歩きながら、先輩は首を軽く横に振った。
『寄り道なんて、俺が一緒でそんなんさせる訳ないし』

生真面目なのに、やっぱりどこか掴み処がない。
「生徒会所属ですもんね。」
『あんまり、何もしてへんけど。肩書だけちゃう?』
「自分で、言わないでくださいよ。反応に困るし…。」
通り過ぎる公園を、俺は無意識に目で追っていた。

『で、雪緒はいつまで拗ねてるん?』
ドキッとした。
横を振り向くと、先輩は少しだけ寂しそうに笑って俺を見ている。
「俺、拗ねてますか?」
『俺には、そう見えるけど。少し前までの雪緒は素直で、ド直球やったんに。』
何があった?と問いかけて来る。
何があったでもない、何もないから俺は愕然としてるのに。

「先輩は、俺の事どう思ってます?」
『どうって…ちょっと気になる後輩やと思ってるけど。お前、将来グレそうで心配や。』
「へー、ちょっとかぁ。俺は、先輩が高校の中でも相変わらず目立つし、モテてるし
全然おもしろく無くって…。追いかけて来た事、後悔しそうだけど。」
俺の言葉に、傷つくかな?本当は、ビクビクしながら言うこの言葉だって
先輩へのヒガミに思えて来るし、情けない。

『俺は、嬉しかった。でも、なぁんか…寂しいって思ってる。あんまり俺には時間もないし。
夏過ぎれば、すぐ受験やから。そんでも、雪緒と居れる時間が欲しいから。声掛けたん。』
先輩は、いつだって真面目に返してくれる。
俺が、どれだけ捻くれても笑って流してくれる。
「好きですよ、俺はまだ…」
『うん。俺も、校内で雪緒の姿な…探してる。その度に、好きなんやなぁって。』
「俺は、先輩が好きだけど。たまに、劣等感で逃げたくなる。」

歩道を歩いてる最中に、数回指先が触れあった。
存在を感じると、どうしても心の中にある想いが膨らんでいって
胸が詰まった様に苦しい。
『俺は、結構怖いんよ。雪緒…きっといつか俺なんかよりも好い人に出会って、去られる事が』
情けなない?と、先輩が苦笑いする。
「!そんな人、絶対…居ないと思う。」
こればっかりは、本心だった。

急に、頭を撫でられる感触に俺は先輩を見上げた。
はにかんだ笑顔は、少しだけ先輩を幼く見せてくれる。
『やから、俺も同じ…。』

駄目だ、こんな人を好きで無くなる理由が見つからない!!
「光冥先輩…やっぱり、かっこいい。」
『雪緒の休みの日、もっと奪いたいのに…部活やねんもん』
「応援に、行こうかと思ったけど…部員じゃないし目立ったら嫌だから行けない。」
駅について、定期で改札を通りプラットフォームに出るとすぐに
上りの電車が到着した。
比較的、空いてる電車内で俺と先輩は座席に座る事が出来た。
5駅分だからしばらくは、外を眺めて流れる景色に心地よい揺れのせいで
俺は、うとうとしだす。
隣に座っている先輩は、少しだけうつむいて微動だにしない。

2人とも寝たら、まずいって。
降り過ごすと困る。と言うか、コレ絶対寝てるよ先輩。
俺の肩に、段々と先輩が傾いできてる。
逃げないけど…逃げないけど、何だろう。
疲れてるのかな?

もう少しで降りる駅だから、我慢してよう。
まさか、こんなにすぐに寝る人だとは思わなくて、びっくりしてる。

『ぅわ、めっちゃ寝てた…』
起こそうとする直前で先輩は、自分で目を覚ました。
「俺も、寝ちゃいそうでした。でもさすがに2人とも寝るとヤバイと思って…。」
『恥ず…、』
「全然?何か、お疲れ様です。」
座席から立って、ドア付近に歩いて行きいつもの駅で降車した。

落ち着いた駅舎、地元に帰ってくるとほっとした。
『ウチ、来ーへん?』
先輩は、サラッと言ってのけた。
まだ、先輩の家には行った事が無くて俺は、意外な誘いに
少しだけ困惑した。
「でも、寄り道は…」
『渡したいもの…あって、』

断るのも、何となく惜しくて俺は初めて
先輩の家について行く事になった。






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