坊ちゃんと私

あきすと

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⑱指の先

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『あの、でも…自分から言っておいて何ですが。』
こちらにまで伝わって来そうな緊張感。
1秒がこんなにももどかしいと思うのは、いつぶりだろうか。

「今日、じゃなくても…俺は」
『あの、青路がどれくらいの想いで言ってくれたのか。僕には知り得ないけど…』

顔が本当に赤くなっているのが正面から見ていてよく分かる。

「今すぐに、叶えたい事と…ゆくゆくは。と一応は分けて考えてる。」
『嬉しいのに。何なのか…心中が複雑ですね。仮にも僕はアナタの兄ですし。』

すんなりとした、白くて女爪の指先。
きっと、指輪などがとても綺麗に映る事だろう。

「大丈夫、そこまで俺も考え無しではない。し、もし、何かしら…心に引っ掛かりが
あるんだったら。俺のせいでイヤな思いをさせる訳にはいかない。」
『僕は、海外で…まぁ、青路がなんとなく想像するような事にも遭遇はしましたよ。』
「だろうな…。」
『えぇ、でも…自らの体も心も誰にも許す事はありませんでした。』

なんとなく、納得がいったのはやはり父の影のせいか。
「なにも、疑って無いよ。」
『僕って、昔からどうしても色眼鏡で見られますし。誤解されやすいみたいで。』

あと、数時間しか義兄とは一緒に居られないのだと思うと
頭の中で色々と聞いておきたい事や、確認したい事が噴出しそうで
冷静になるべく、お茶を飲んで軽くため息をついた。

「俺も、霞との時間を心のどこかで取り戻したいって思ってる。でも、」
『…嬉しいです。でも、僕はここで暮らしていきたいんです。』
「俺の方に来てくれ、なんて言うガラじゃない。」
『青路は案外、たおやかですからね。』

話は、何の結論も出る事は無い。
きっと俺は来月もこの部屋を訪れているんだろう。
この先の事を、決めかねながら2人でいつまでも
似た様なところで迷って、考えている間に繰り返す。

「俺は霞の傷には成りたくない。」
『…それは、無理ですよ。』

予想外の霞の言葉に、一瞬変な声が出た。
「ぇ…俺、何かしたっけ?」
『多分ものすごく幸せで、嬉しくて仕方なかったのに。僕は、ひっそりと傷ついていたんだと思いますよ。』
「もしかして、俺が…俺、そのものが霞にとっての傷って事か?」
『ハイ。酷い話でしょう?でも、僕も…やっと手に入れた家族と2人の両親からの愛情を
生まれて来たアナタに…全部まるっとさらって行かれました。』

何となく、きっとこう言うんじゃないかと思ってはいた。

酷い兄だと、思うと義兄は思ったのかもしれない。
「霞って、結構…言うよなぁって。ちょっと感心してた。」
『僕は、アナタみたいに優しくも無いですよ。人に親切に出来る程の余裕だってありませんし。』

笑顔が、少しだけ冷ややかで。
上がった口角に視線が自然と向かってしまう。

人を惹き付ける魅力が、義兄には多すぎるのだろう。

「全然、傷付かない。」
『ほら、愛されている確信があるから。アナタは揺るがない。』
「いや?それよりも…きっと霞に言われてるからだと思う。」
『……はぁ…、そうなの?』
「綺麗な顔で、少しくらい意地の悪い発言されたぐらいじゃな。むしろ…嫌われてみたい。」
『青路、アナタ…こじらせていますよ。』

言葉が2人を繋げて、同じ空間に居ながらもっと距離さえも
縮められるのに。
触れ合って、離れがたくなるのを恐れている。

「…こっちで、店始めようかな?」
『今のお店はどうするんですか?』
「アレは、元のオーナーから任せられてて。ほぼ趣味みたいなものだから。」
『あの、先生…アナタのお父さんの関りですか。』
「そう、ご厚意で場所の提供をしてもらったけど。」
『お店としては、どうなんですか?繁盛しているのか。』
「贔屓のお客さんは、わりと年配の人が多い感じで。若い人は、時々ちらほら。」
『価格が、人を選んでる。と言っては響きが悪いですけど。』

ここの所、日中は喫茶も営業時間に入る様になってからは
客層の幅が広がっては来た。

「あくまでも、アートギャラリープラスだから。いまでも結構、作品を目当てに
来店する人もいるから。なかなか踏ん切りがつかないよ。」

『先生は、随筆も…作家業もしていましたから。アートの方とは一緒にしない方向で
僕は見ていますよ。』
「今でも、本とか読んだりする?」
『僕、先生の詩作が好きですから。眠れない夜には先生の詩作の世界を思い出しながら
目をつむるんです。そうすると、まぶたの裏には、僕の作り上げた先生の世界が広がっていく。
とても、素敵なんですよ。』

「俺は、あんまり読まないかな。教科書に載った時期から何となく気恥ずかしくって。自分の肉親の
詩がクラスメイトに朗読される。めちゃくちゃ恥ずかしかった。」
『アナタと言う人は~。もっと、誇りに思っても良いと思うのですが。』

話していると伝わって来る。
きっとまだ、義兄は父の事を敬愛している事がひしひしと
言葉からも。表情からも読み取れる。


「もう少し、決定打が欲しい。ココに居たい理由が。」
『無理しないでください。時々手紙や電話で充分じゃないですか。』
「…足りないから来てるってのに。」
『僕だって、そりゃ…たまにはハグしたくなったり。アナタの手が恋しくなったりはしますよ。』
「……助平。」
『だって、本当の事です。』
「せめて、ベクトルは同じであって欲しいと思うのはワガママかな?」

連れて帰りたい。実家じゃなくて。
俺が今、生活している部屋で良い。
やり直そうは違う、始めるんだと思う。

『ベクトルは、違っちゃ居ないと思いますよ。』
「じゃ、何が違うと思う?」
『そうですね~…色と香りでしょうか。』

言葉の選び方も、義兄らしい。

「言われてみれば、確かに。」
『僕のが、お見せ出来なくてとても残念です。』
「え~…見せてくれないんだ?」
『はい。』
「どうして?」
『それは、まぁ…僕だけが知っていればいいからですよ。』
「うん。でも、俺に対するもの…なんでしょ」
『助平は、どっちだ。』

ついてみせる悪態さえも愛おしいと感じる。

「見たい所が沢山あり過ぎて、やっぱりまだ明るいし…」
『青路、朝から猥談ですか?若いですね。』
「全然。どちらかと言えば、精神面の話だよ。」

『次回まで、もう少し待っていて下さいネ。』
「お勉強する?そーいう本。そう言えばこの前見かけたけど。」
『はぁ、はしたないですよ。青路、そんなに…アレなら僕がお手伝いしましょうか?』

義兄はニッコリと笑いって、自らの手で何かを示すように
指を形作り、俺と視線を合わせた。

「はしたないですよ、お兄様…。」








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