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⑮聞いて欲しい
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朝、目を覚ますと遠い記憶の中で聞いた事のある規則的な音を
耳にとらえていた。
両目の焦点が定まらない、ぎゅっと一度目を閉じてゆっくり開く。
天井は、当たり前だが回ってなどいなかった。
夢さえも見なくて、よく眠れたと思う。
今日は、帰宅するから日の高い内に義兄とは…。
はぁ、寂しいって言うのか?
言う権利も無い気がするけど。
「月1なんて、やっぱりおかしい。」
今の時代、手紙も昔に比べれば早く届く。
電話もいくらかは掛かってしまうものの、それでも
長距離通話だって随分と手軽に出来る。
『起きましたね。おはよう、青路。』
居間に続く襖を開けると、朝の空気や味噌汁の香りに
脳が簡単に満たされていく気がした。
「おはよう…、霞。」
『浴衣着、寝乱れてる。さ、顔を洗って来て下さいな。』
居間の掛け時計を見ると7時を過ぎていた。
起きる時間も、変に気をつかうものだ。
あまり早く起きると、まるで急かしているみたいだし。
交代制の仕事だから、義兄にはあまり無理をさせたくない。
促されるままに洗面所に行って顔を洗って身支度をした。
準備された朝ごはんは、和食で炊き立ての白米にしょっぱ目の卵焼きが特に
嬉しかった。
「いつも和食?」
『勤務前は、だいたい。休みの日はパンでサンドイッチを作ったり。』
「同じ男とは、思えない。」
『…おや、料理人って男性が多いじゃないですか。お店だとね。』
「はぁ、…言われてみれば確かに。」
『僕、まだまだ料理は練習中でして。』
朝から何となく機嫌のよさそうな義兄は、どうしても目を引く。
「朝は、うんと寝てたいカナ。」
『青路は寝てれば良いでしょ、その分僕が作ります。』
素直さと、ほんの少しの意地を感じながら食べ終える。
「卵焼きが美味しかった。後、味噌汁と…白和えも全部。」
向かい合って当たり前みたいに会食する事にも、抵抗がなくなって来た。
『青路は、高学年の子みたいですね。』
「…小学生?」
『うん。なんだか、そのまんまって感じがして。』
義兄が、あまりにもそのまんまでは無さ過ぎるのでは?
と、言いかけたが。
帰る当日に、気を悪くさせるものではないと自戒した。
「霞は、ずっと俺と離れて暮らしていく?」
『突然ですね。…引っ越すのは難儀ですから。しばらくはココのつもりです。』
「でも、なんでこんな縁も所縁も無さそうな県に。」
『縁も所縁も、…この辺りは実は僕の産みの親が居たんです。』
初耳だった。
「もしかして、会ったのか?」
『まさか、もう何年も前に長患いで他界していました。』
「知らなかったとは言え、…ごめん。」
『イヤですね、青路が謝る事ではないでしょう。お墓は、ちゃんと建っていて安心しました。』
「てっきり、俺はこんな地方まで来たのは試されているのかと。」
『さすがの僕も、そこまで捻じれていませんよ。』
「やっぱり、会いたかった…よな?」
『僕、母が18の時の子供なんです。当時は、特に珍しくも無かったですが。』
義兄の人生の1部の話を聞くだけで、自分の事の様に
心がヒリヒリと痛む感覚を覚える。
「俺からは、何も言う事は無い。」
『僕こそ、ごめんなさいね?青路。アナタに言わなきゃいけない事が多すぎて。どこから話したら良いのか。』
困った様に笑う義兄は、一旦食卓の上を片す。
俺も、流し台に食器を運ぶ。
後姿や背格好は、どこか頼りなく華奢で
この世を上手く渡って行けるのか、心配になりそうだ。
やかんにお茶を沸かしながら、義兄は振り返って隣に立っている俺に
抱きついてきた。
かなり、びっくりした。
頭が真っ白で、とりあえず両腕で抱きすくめる。
身長差が、かなり愛おしい。
妙に触れたくて、綺麗な髪や形の良い頭を撫でまわしたい。
『ねぇ、青路…アナタすごく…フフッ…やっぱり若いですね。』
義兄の悪戯っぽい笑みと香りと、体温に判断力がただただ低下する。
俺がいけなかった、真正面同士で抱き締めたものだから。
「…こればっかりは、不可抗力としか。」
『まぁ、まだ…朝ですからね。起きただけイイですよ。』
義兄との触れ合いが思いの外、濃密だったせいで
自分の中での意識をまた深めてしまう。
「はぁ~…あんまり弄ばないで。」
『全然、本当に。そんなつもりなくて…ただ、青路と暮らしているみたいで嬉しくなっちゃったんですよ。』
悪気はないのだろうけど、確かに。悪い気はしない。
細い腰、綺麗な青い瞳にサラサラの金髪。
子供の頃に憧れた天使様は、今俺の腕の中にいる。
「大丈夫なのか?言い寄られたりしない?」
『言い寄られますよ。僕、ずーっと子供の頃から。好奇の目に晒されまくりですし』
「…薄々感じてはいたけど。」
『あらゆる変態さんに後をつけられ、職場には来られますし。今でも時々あります。』
「よく、無事だったな。」
俺の言葉に義兄は一瞬、表情を曇らせて俺を見上げて来る。
『青路、…実は僕…』
覗き込むように義兄の心の奥を探りたくて、頷く。
『…ぁ……、』
タイミング悪くお湯が沸き、義兄は俺の腕からするりと抜け出して
コンロの火を止めに向かった。
耳にとらえていた。
両目の焦点が定まらない、ぎゅっと一度目を閉じてゆっくり開く。
天井は、当たり前だが回ってなどいなかった。
夢さえも見なくて、よく眠れたと思う。
今日は、帰宅するから日の高い内に義兄とは…。
はぁ、寂しいって言うのか?
言う権利も無い気がするけど。
「月1なんて、やっぱりおかしい。」
今の時代、手紙も昔に比べれば早く届く。
電話もいくらかは掛かってしまうものの、それでも
長距離通話だって随分と手軽に出来る。
『起きましたね。おはよう、青路。』
居間に続く襖を開けると、朝の空気や味噌汁の香りに
脳が簡単に満たされていく気がした。
「おはよう…、霞。」
『浴衣着、寝乱れてる。さ、顔を洗って来て下さいな。』
居間の掛け時計を見ると7時を過ぎていた。
起きる時間も、変に気をつかうものだ。
あまり早く起きると、まるで急かしているみたいだし。
交代制の仕事だから、義兄にはあまり無理をさせたくない。
促されるままに洗面所に行って顔を洗って身支度をした。
準備された朝ごはんは、和食で炊き立ての白米にしょっぱ目の卵焼きが特に
嬉しかった。
「いつも和食?」
『勤務前は、だいたい。休みの日はパンでサンドイッチを作ったり。』
「同じ男とは、思えない。」
『…おや、料理人って男性が多いじゃないですか。お店だとね。』
「はぁ、…言われてみれば確かに。」
『僕、まだまだ料理は練習中でして。』
朝から何となく機嫌のよさそうな義兄は、どうしても目を引く。
「朝は、うんと寝てたいカナ。」
『青路は寝てれば良いでしょ、その分僕が作ります。』
素直さと、ほんの少しの意地を感じながら食べ終える。
「卵焼きが美味しかった。後、味噌汁と…白和えも全部。」
向かい合って当たり前みたいに会食する事にも、抵抗がなくなって来た。
『青路は、高学年の子みたいですね。』
「…小学生?」
『うん。なんだか、そのまんまって感じがして。』
義兄が、あまりにもそのまんまでは無さ過ぎるのでは?
と、言いかけたが。
帰る当日に、気を悪くさせるものではないと自戒した。
「霞は、ずっと俺と離れて暮らしていく?」
『突然ですね。…引っ越すのは難儀ですから。しばらくはココのつもりです。』
「でも、なんでこんな縁も所縁も無さそうな県に。」
『縁も所縁も、…この辺りは実は僕の産みの親が居たんです。』
初耳だった。
「もしかして、会ったのか?」
『まさか、もう何年も前に長患いで他界していました。』
「知らなかったとは言え、…ごめん。」
『イヤですね、青路が謝る事ではないでしょう。お墓は、ちゃんと建っていて安心しました。』
「てっきり、俺はこんな地方まで来たのは試されているのかと。」
『さすがの僕も、そこまで捻じれていませんよ。』
「やっぱり、会いたかった…よな?」
『僕、母が18の時の子供なんです。当時は、特に珍しくも無かったですが。』
義兄の人生の1部の話を聞くだけで、自分の事の様に
心がヒリヒリと痛む感覚を覚える。
「俺からは、何も言う事は無い。」
『僕こそ、ごめんなさいね?青路。アナタに言わなきゃいけない事が多すぎて。どこから話したら良いのか。』
困った様に笑う義兄は、一旦食卓の上を片す。
俺も、流し台に食器を運ぶ。
後姿や背格好は、どこか頼りなく華奢で
この世を上手く渡って行けるのか、心配になりそうだ。
やかんにお茶を沸かしながら、義兄は振り返って隣に立っている俺に
抱きついてきた。
かなり、びっくりした。
頭が真っ白で、とりあえず両腕で抱きすくめる。
身長差が、かなり愛おしい。
妙に触れたくて、綺麗な髪や形の良い頭を撫でまわしたい。
『ねぇ、青路…アナタすごく…フフッ…やっぱり若いですね。』
義兄の悪戯っぽい笑みと香りと、体温に判断力がただただ低下する。
俺がいけなかった、真正面同士で抱き締めたものだから。
「…こればっかりは、不可抗力としか。」
『まぁ、まだ…朝ですからね。起きただけイイですよ。』
義兄との触れ合いが思いの外、濃密だったせいで
自分の中での意識をまた深めてしまう。
「はぁ~…あんまり弄ばないで。」
『全然、本当に。そんなつもりなくて…ただ、青路と暮らしているみたいで嬉しくなっちゃったんですよ。』
悪気はないのだろうけど、確かに。悪い気はしない。
細い腰、綺麗な青い瞳にサラサラの金髪。
子供の頃に憧れた天使様は、今俺の腕の中にいる。
「大丈夫なのか?言い寄られたりしない?」
『言い寄られますよ。僕、ずーっと子供の頃から。好奇の目に晒されまくりですし』
「…薄々感じてはいたけど。」
『あらゆる変態さんに後をつけられ、職場には来られますし。今でも時々あります。』
「よく、無事だったな。」
俺の言葉に義兄は一瞬、表情を曇らせて俺を見上げて来る。
『青路、…実は僕…』
覗き込むように義兄の心の奥を探りたくて、頷く。
『…ぁ……、』
タイミング悪くお湯が沸き、義兄は俺の腕からするりと抜け出して
コンロの火を止めに向かった。
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