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⑬決意
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『僕の全然面白くない生い立ちとか、本当の名前を知りたいのなんて
やっぱり…青路は変わっていますね。』
食後のコーヒーを喫していると、不意に義兄が立ち上がり
「まだ、名前…当ててない。」
『ぇ、まぁ…そうですけど。でも売り切れてなくて良かったです。』
「帰りしなに、急に言われて。びっくりした。」
『…最初に伝えておけば良かったですね。実は僕、わりと甘党なもので…』
冷蔵庫から、白い箱を手に携えてテーブルの上に置いた。
『青路も食べましょうね。』
次々と真っ白い皿や銀のフォークが並べられる。
「モンブランかぁ。何年も食べてない。」
『あの家に住んでいたら、僕もケーキだとかを人並みに以上に食べていたんでしょうね。』
「残念ながら、母は和菓子一辺倒なんですよ。お客人にも自宅用でも。」
繊細な手つきで、更にケーキを移す時の表情や目の輝きを
見ていると自然と笑みがこぼれた。
『確かに、でもアレですよね。僕が子供の頃はまだまだ物の少ない時代でしたから。充分に
贅沢な暮らしをして貰っていたと。今でも思うんです。』
本来は真面目な性格であろう、義兄はどうしてかいつも
世を厭う気配を感じるのは何故なのかと思う事がある。
あまりに正直で、率直な感性をどう相手に伝えたら良いのか
分からないのかもしれない。
「俺の前では、演じなくて良いと思うよ。」
『ぇ…?』
「時々、大げさに演じてるでしょ?アレ、俺は別にしなくても良い相手だから。」
『そ、そうですよね~…ぅわ、僕ってば本当に道化の様で恥ずかしいです。』
みるみる内に顔が赤くなっていく。
席に座って、コーヒーを飲んで落ち着こうとする姿も
なんだか見ていて面白い。
「次来る時は、店のコーヒーも飲みに行っても良いかも。」
『ごめんなさい。味気なかったですか?』
「やぁ、全然。そう言うんじゃなくて…本当は霞が働いていた、喫茶店で俺が飲んでみたかっただけ。」
『もう、10年ほど前の話です。まだ、若かった頃ですよ。』
「霞って、戦前生まれ?」
『……ぅ、やめてください。結構、気にしてるんですよ。青路との歳の差。』
もう少し、両親から義兄について聞いておけばよかったと思う。
この人、しかも写真まで1枚も残さずに家を出て行っただなんて。
段々と、少し腹が立って来た。
でも、目の前で幸せそうにケーキを食べている姿を見ていると
今更咎める事はできなかった。
「良いじゃないですか。霞はいつ見ても全然変わった気がしない。」
『……。』
「(困ったな)芳、か、お、る…だ。あってるだろ?」
急に、フッと思い出した記憶の断片。
気持ちがいい程に、頭の中のもやが晴れた気がした。
『名前、どうして…?』
「何で今まで気が付かなかったのか…芳ちゃんって、誰かが話していた。子供の頃…お手伝いさんかな?」
『あぁ、あの人お喋りだったので。口止め料を僕が渡しても…言ってたんでしょうね。』
「家を出た後も、年に1、2回は来てました?」
『ま、僕にとっては実家になりますし。』
「はぁ、ちゃんと顔が見たかったなぁ。」
煩わしかった訳では無かったのだと、思いたい。
『僕を憐れむ人は、僕は嫌いなんですよ。僕に対して失礼だし…勿論、両親に対しても悪いですよ。』
不器用さの塊だなんて、義兄をただ見ただけではきっと分からない。
華やかで人目を惹き付ける容姿、育った環境もかなり特殊だと言える。
「俺は何とも言えない。でも、俺の兄が…あなたで良かったと思ってる。」
『青路には、僕は絶対に何をしても敵わない。きっとそんな宿命かと』
「偶々、俺もあの両親のもとに生まれただけの存在です。」
『…でもお義母さんは、本当にお辛かったと思うんです。僕は、所詮他人の子なので。』
しーん、とした空気が気まずく感じる。
「やめよう、不毛だ。血より縁を尊びたいって言ってる。」
甘ったるい黄色みの深いモンブランを食べてみた。
義兄は、カステラも美味しそうに食べていた。
甘いものに簡単に癒される事は理解した。
『青路は、僕の人生の寂しさを…きっと生涯理解できないですよ。』
自分一人で、寂しい癖にひねくれて行く義兄を
俺はもう見る事を止めに、終わらせたいと思う。
やっぱり…青路は変わっていますね。』
食後のコーヒーを喫していると、不意に義兄が立ち上がり
「まだ、名前…当ててない。」
『ぇ、まぁ…そうですけど。でも売り切れてなくて良かったです。』
「帰りしなに、急に言われて。びっくりした。」
『…最初に伝えておけば良かったですね。実は僕、わりと甘党なもので…』
冷蔵庫から、白い箱を手に携えてテーブルの上に置いた。
『青路も食べましょうね。』
次々と真っ白い皿や銀のフォークが並べられる。
「モンブランかぁ。何年も食べてない。」
『あの家に住んでいたら、僕もケーキだとかを人並みに以上に食べていたんでしょうね。』
「残念ながら、母は和菓子一辺倒なんですよ。お客人にも自宅用でも。」
繊細な手つきで、更にケーキを移す時の表情や目の輝きを
見ていると自然と笑みがこぼれた。
『確かに、でもアレですよね。僕が子供の頃はまだまだ物の少ない時代でしたから。充分に
贅沢な暮らしをして貰っていたと。今でも思うんです。』
本来は真面目な性格であろう、義兄はどうしてかいつも
世を厭う気配を感じるのは何故なのかと思う事がある。
あまりに正直で、率直な感性をどう相手に伝えたら良いのか
分からないのかもしれない。
「俺の前では、演じなくて良いと思うよ。」
『ぇ…?』
「時々、大げさに演じてるでしょ?アレ、俺は別にしなくても良い相手だから。」
『そ、そうですよね~…ぅわ、僕ってば本当に道化の様で恥ずかしいです。』
みるみる内に顔が赤くなっていく。
席に座って、コーヒーを飲んで落ち着こうとする姿も
なんだか見ていて面白い。
「次来る時は、店のコーヒーも飲みに行っても良いかも。」
『ごめんなさい。味気なかったですか?』
「やぁ、全然。そう言うんじゃなくて…本当は霞が働いていた、喫茶店で俺が飲んでみたかっただけ。」
『もう、10年ほど前の話です。まだ、若かった頃ですよ。』
「霞って、戦前生まれ?」
『……ぅ、やめてください。結構、気にしてるんですよ。青路との歳の差。』
もう少し、両親から義兄について聞いておけばよかったと思う。
この人、しかも写真まで1枚も残さずに家を出て行っただなんて。
段々と、少し腹が立って来た。
でも、目の前で幸せそうにケーキを食べている姿を見ていると
今更咎める事はできなかった。
「良いじゃないですか。霞はいつ見ても全然変わった気がしない。」
『……。』
「(困ったな)芳、か、お、る…だ。あってるだろ?」
急に、フッと思い出した記憶の断片。
気持ちがいい程に、頭の中のもやが晴れた気がした。
『名前、どうして…?』
「何で今まで気が付かなかったのか…芳ちゃんって、誰かが話していた。子供の頃…お手伝いさんかな?」
『あぁ、あの人お喋りだったので。口止め料を僕が渡しても…言ってたんでしょうね。』
「家を出た後も、年に1、2回は来てました?」
『ま、僕にとっては実家になりますし。』
「はぁ、ちゃんと顔が見たかったなぁ。」
煩わしかった訳では無かったのだと、思いたい。
『僕を憐れむ人は、僕は嫌いなんですよ。僕に対して失礼だし…勿論、両親に対しても悪いですよ。』
不器用さの塊だなんて、義兄をただ見ただけではきっと分からない。
華やかで人目を惹き付ける容姿、育った環境もかなり特殊だと言える。
「俺は何とも言えない。でも、俺の兄が…あなたで良かったと思ってる。」
『青路には、僕は絶対に何をしても敵わない。きっとそんな宿命かと』
「偶々、俺もあの両親のもとに生まれただけの存在です。」
『…でもお義母さんは、本当にお辛かったと思うんです。僕は、所詮他人の子なので。』
しーん、とした空気が気まずく感じる。
「やめよう、不毛だ。血より縁を尊びたいって言ってる。」
甘ったるい黄色みの深いモンブランを食べてみた。
義兄は、カステラも美味しそうに食べていた。
甘いものに簡単に癒される事は理解した。
『青路は、僕の人生の寂しさを…きっと生涯理解できないですよ。』
自分一人で、寂しい癖にひねくれて行く義兄を
俺はもう見る事を止めに、終わらせたいと思う。
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