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⑫召し上がれ
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『美味い懐石料理の後に、スパゲッティだなんて僕らしいでしょう?』
言われてみれば、先程の庭園を眺めながら食べていた懐石とは
随分と違い、とても親しみやすさと軽妙だった。
「そういえば、霞の勤め先にはレストランは?」
『えぇ、ありますよ。何といえば良いのか…丁度良い程のお店です。』
少しだけ言葉を濁したような表現で、義兄は苦笑いした。
テーブルの上に並べられるパスタ用の少し大き目な皿に
タバスコと粉チーズまでが揃う。
「まるで喫茶店だ。」
『こっちの食文化って独特のものが多いです。僕が海外に居た時は朝食は
質素でしたね。でも、帰国してみるとやっぱり和食の朝ごはんの充実加減には
圧倒されます。』
義兄は体つきは、どう見ても細い。
なのに意外に食べる。
静かな声で、召し上がってください。
と言われて、フォークを右手にする。
「俺、スプーンは使わなくて。ラーメンもレンゲはむしろ気になるんですよね。」
『本当ですか?僕もですよ。フォークとスプーンで食べてる人…居ますね。』
「俺は、余計に上手くは食べれなかった。」
『僕は、金属が触れ合う感覚がどうも苦手みたいで。』
思わず顔を見合わせて笑った。
付け合わせのサラダは、どうやら自家製のドレッシングを掛けているらしい。
「材料だけでも、揃えるの大変そうな…」
『ちょっとだけですよ、海外の友人に時々送ってもらう事にしたんです。こちらのお土産を
物々交換の様な感じです。』
「ナポリタンって、俺普段はあんまり食べないんですよ。どちらかと言えば、ミートソースを選んでしまう。」
『あれ、タイプじゃなかった?』
「今、食べてみて…後悔したかも。」
『…僕が作るから、美味しいはずですよ?』
この義兄の不思議な図々しさは、何故か憎めない。
「だから、今…そう言おうとして」
『味にうるさい僕が作るから、美味しいはず。』
「ピーマンも、入ってて…うわぁと思ってたけど。」
クルクルと綺麗に少量のパスタを器用にフォークに絡めて、義兄は俺を見ては
ただ微笑んでいる。
『好きに言っててください。』
「知らなかったなぁ…」
『美味しさを発見するって、楽しいでしょう?』
「…うん。でも、それよりも霞が俺に作ってくれた。ってのが、じーんと来た。」
『所帯持てば、少しは変わるかもしれませんよ。』
「俺には、厳しいですよ。…まだ自由でいたいんで。」
俺の発言に、義兄は何か言いたげ食べていた手を止める。
椅子から立ち上がって、やかんにお湯を沸かしだしている。
何か、気に障る事を言っただろうか?
『コーヒーで良いですよね?』
「ぇ、あぁ…何でも。」
『ごめんなさい、青路。僕ってば…自分で話題を振っておきながら急に…その、嫌になってしまって。』
とても正直すぎる反応に、俺の方こそどうしたらいいのか分からない。
ただ、食べるだけ。もっと、もっととこの味を脳に記憶する様にだ。
今思えば、実母は料理があまり上手くはなかった事を思い出す。
お嬢さん育ちの為、台所にも自分から進んで立つタイプでもなかったし。
子供の頃の思い出と言えば、甘く焦げた卵焼き。
俺は、実はお手伝いさんが作ってくれる少し塩味の利いた
しょっぱ目の卵焼きが好きである事を、母には黙っていた。
『いつか、青路に作ってあげたいとずっと思って来て。今日やっと貴方に食べてもらえて…良かった。』
「どこで習うんですか?料理は」
『僕、家を出てからは転々と色んなアルバイトをして。海外に行く為のお金を貯めていたんです。
小さな喫茶店、繫盛期の旅館で調理場に行ったり。料理は関係ないですが警備の見回りや、
劇場のもぎり。どれも楽しかったなぁ。』
「今は、人手が足りませんからね。どこに行っても霞なら器用にこなせそうですし。」
『仕事の覚えは早い方ですが、なんせ飽き性で…。』
飽き性と言う言葉が引っかかる。
なぜか、
多分それはいつか自分も簡単に飽きられてしまうのではないかと言う危惧。
「俺にも、やっぱりいつかは飽きてしまうんですかね?」
『え…?』
お湯が沸いた音がして、義兄は慌ててコンロの前に向かった。
『ぁ、ごめんなさい。インスタントしか…今は買ってなくって。』
「俺もインスタント、飲んでますよ。」
『青路のお店では、ちゃんと淹れてくれるんでしょう?』
「はぁ、まぁ…一応は商売で出してますからね。」
『僕を、使ってくれればよかったのに。』
突然何を言い出すのかと思う。
マグカップが2つ並んでいる。
「霞、そのカップは俺用に?」
『……そうですよ~…ぁ、えっと…勝手に買っちゃいましたけど。良かった?』
「可愛い事するんだなぁ」
『ヤメテ。』
「どんな顔して、選んでたのか…」
『でも、お揃いじゃないですし!』
「なるほど、ペアな訳だ?」
沸騰し過ぎたお湯を、義兄は持っているやかんを宙でクルクル回し
冷ましている。
缶から出したコーヒーの顆粒を、義兄の傍でカップにスプーンで入れる。
『座ってて、青路。』
「これくらいは、する。」
『…上手。』
くすくす隣で笑う義兄は、やっぱりどう見ても…綺麗ではある。
『あ、青路…口元にケチャップが付いてますよ。フフッ、可愛い…』
思ったより近くに、顔を寄せられて。瞳をただぼーっと追っていた。
「ぅわ…」
手の甲で口を軽く拭う。
『じゃ、お湯注ぎますね。』
何かに期待していたし、何かに夢破れた気がした。
苦い表情をしていると、コーヒーの良い香りが湧き上がって来た。
言われてみれば、先程の庭園を眺めながら食べていた懐石とは
随分と違い、とても親しみやすさと軽妙だった。
「そういえば、霞の勤め先にはレストランは?」
『えぇ、ありますよ。何といえば良いのか…丁度良い程のお店です。』
少しだけ言葉を濁したような表現で、義兄は苦笑いした。
テーブルの上に並べられるパスタ用の少し大き目な皿に
タバスコと粉チーズまでが揃う。
「まるで喫茶店だ。」
『こっちの食文化って独特のものが多いです。僕が海外に居た時は朝食は
質素でしたね。でも、帰国してみるとやっぱり和食の朝ごはんの充実加減には
圧倒されます。』
義兄は体つきは、どう見ても細い。
なのに意外に食べる。
静かな声で、召し上がってください。
と言われて、フォークを右手にする。
「俺、スプーンは使わなくて。ラーメンもレンゲはむしろ気になるんですよね。」
『本当ですか?僕もですよ。フォークとスプーンで食べてる人…居ますね。』
「俺は、余計に上手くは食べれなかった。」
『僕は、金属が触れ合う感覚がどうも苦手みたいで。』
思わず顔を見合わせて笑った。
付け合わせのサラダは、どうやら自家製のドレッシングを掛けているらしい。
「材料だけでも、揃えるの大変そうな…」
『ちょっとだけですよ、海外の友人に時々送ってもらう事にしたんです。こちらのお土産を
物々交換の様な感じです。』
「ナポリタンって、俺普段はあんまり食べないんですよ。どちらかと言えば、ミートソースを選んでしまう。」
『あれ、タイプじゃなかった?』
「今、食べてみて…後悔したかも。」
『…僕が作るから、美味しいはずですよ?』
この義兄の不思議な図々しさは、何故か憎めない。
「だから、今…そう言おうとして」
『味にうるさい僕が作るから、美味しいはず。』
「ピーマンも、入ってて…うわぁと思ってたけど。」
クルクルと綺麗に少量のパスタを器用にフォークに絡めて、義兄は俺を見ては
ただ微笑んでいる。
『好きに言っててください。』
「知らなかったなぁ…」
『美味しさを発見するって、楽しいでしょう?』
「…うん。でも、それよりも霞が俺に作ってくれた。ってのが、じーんと来た。」
『所帯持てば、少しは変わるかもしれませんよ。』
「俺には、厳しいですよ。…まだ自由でいたいんで。」
俺の発言に、義兄は何か言いたげ食べていた手を止める。
椅子から立ち上がって、やかんにお湯を沸かしだしている。
何か、気に障る事を言っただろうか?
『コーヒーで良いですよね?』
「ぇ、あぁ…何でも。」
『ごめんなさい、青路。僕ってば…自分で話題を振っておきながら急に…その、嫌になってしまって。』
とても正直すぎる反応に、俺の方こそどうしたらいいのか分からない。
ただ、食べるだけ。もっと、もっととこの味を脳に記憶する様にだ。
今思えば、実母は料理があまり上手くはなかった事を思い出す。
お嬢さん育ちの為、台所にも自分から進んで立つタイプでもなかったし。
子供の頃の思い出と言えば、甘く焦げた卵焼き。
俺は、実はお手伝いさんが作ってくれる少し塩味の利いた
しょっぱ目の卵焼きが好きである事を、母には黙っていた。
『いつか、青路に作ってあげたいとずっと思って来て。今日やっと貴方に食べてもらえて…良かった。』
「どこで習うんですか?料理は」
『僕、家を出てからは転々と色んなアルバイトをして。海外に行く為のお金を貯めていたんです。
小さな喫茶店、繫盛期の旅館で調理場に行ったり。料理は関係ないですが警備の見回りや、
劇場のもぎり。どれも楽しかったなぁ。』
「今は、人手が足りませんからね。どこに行っても霞なら器用にこなせそうですし。」
『仕事の覚えは早い方ですが、なんせ飽き性で…。』
飽き性と言う言葉が引っかかる。
なぜか、
多分それはいつか自分も簡単に飽きられてしまうのではないかと言う危惧。
「俺にも、やっぱりいつかは飽きてしまうんですかね?」
『え…?』
お湯が沸いた音がして、義兄は慌ててコンロの前に向かった。
『ぁ、ごめんなさい。インスタントしか…今は買ってなくって。』
「俺もインスタント、飲んでますよ。」
『青路のお店では、ちゃんと淹れてくれるんでしょう?』
「はぁ、まぁ…一応は商売で出してますからね。」
『僕を、使ってくれればよかったのに。』
突然何を言い出すのかと思う。
マグカップが2つ並んでいる。
「霞、そのカップは俺用に?」
『……そうですよ~…ぁ、えっと…勝手に買っちゃいましたけど。良かった?』
「可愛い事するんだなぁ」
『ヤメテ。』
「どんな顔して、選んでたのか…」
『でも、お揃いじゃないですし!』
「なるほど、ペアな訳だ?」
沸騰し過ぎたお湯を、義兄は持っているやかんを宙でクルクル回し
冷ましている。
缶から出したコーヒーの顆粒を、義兄の傍でカップにスプーンで入れる。
『座ってて、青路。』
「これくらいは、する。」
『…上手。』
くすくす隣で笑う義兄は、やっぱりどう見ても…綺麗ではある。
『あ、青路…口元にケチャップが付いてますよ。フフッ、可愛い…』
思ったより近くに、顔を寄せられて。瞳をただぼーっと追っていた。
「ぅわ…」
手の甲で口を軽く拭う。
『じゃ、お湯注ぎますね。』
何かに期待していたし、何かに夢破れた気がした。
苦い表情をしていると、コーヒーの良い香りが湧き上がって来た。
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