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⑥さよなら、坊ちゃん。(4の続きです)
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「1つ、事決めをしておきましょうか。」
これは、進言・提案と言うよりかは僕なりのお願いに近い。
『何でしょう?』
坊ちゃんは良識もどうやらありそうだし、冷静で居てくれるのでしょう。
「僕は、人の…そういう気には敏感な方なんですよ。」
はっきり言って、とちくるっている。
事もあろうに、義理の弟を相手に。
『そういう、気…ですか?』
他人でも良かったじゃないですか。なのに、貴方と言う人は
僕と言う存在を認め、こんな風に自らの範囲内に入れてくれる。
まぁ、義兄だと思って気を遣っているのかもしれませんが。
お互いに、どうかしている人の血を感じさせるのは
否めないでしょう。
「説明しなくても、お判りでしょう?ソッチですよ。」
一瞬の間があってから、
『…あぁ、なるほど。』
イマイチ決まりの無い返答。
「こんな、寝る前にカステラだなんて。子供の頃は、それはそれはご馳走だったものです。」
『この、茶色い部分のザラメが…残ってて好きですね。』
「夜明け前には、出ます。」
『え…?』
「住むところも、なんとかしないといけませんし。いつまでも貴方に甘えてばかりいてもね。」
『でも、物件を探すまでって、言いましたよね?』
「はい、気が変わりました。だって、貴方と居ると居心地が良くなってしまうから。」
『分かりました。霞さんの気持ちで決めてください。俺は、ただいつでもあなたが
困っているなら力になりたいです。』
だからね、青路さん…そういう所が罪なんですよ。
これは、将来心配かもしれません。
ちゃんと、優しさの使い方を僕が教えてあげなければ。
「人間、追いつめられれば…実は何だって出来ますよ。野垂れ死にもしないでしょうから…ご心配は無用です。」
『落ち着く先が決まったら、必ず…連絡をください。うちの住所を…渡しておきましょう。』
坊ちゃんは、立ち上がり電話代の引き出しから帳面を持って来た。
「貴方は、本当に…お人好しですね。」
サラサラと、少しクセのある字で郵便番号と住所が記される。
『電話も引いてありますから。』
「…え~、電話なんてしませんよ。」
『そうですか。高いですからね。電話賃も。』
電話なんかして、坊ちゃんの声を聞いてしまったら
きっとこんな風に貴方と過ごした時間を思い出して、きっと会いたくなるでしょう?
「そうそう、事決めのことなんですがね…僕と、その…月に1度は会って欲しいんです。」
坊ちゃんは、顔を上げて僕に帳面を綺麗に剝いで渡してくれた。
『日にちは、』
「決めません。と言うよりも…いつでもいいんで。そいで、僕が生きているのかを確かめてください。」
何か言いたげに、坊ちゃんが僕を見つめる。
『生きて、いるでしょう?そんな…いつまでも』
「だと…僕も思いたいです。」
『霞さん…、まさかどこか』
「いえいえ、そういうのではありませんよ。ただ、生きて…いるのかは僕も分からないし。青路さんもです。」
明日をも分からない生だと言いたいのだけれど。
若い坊ちゃんには、伝わるだろうか。
『はぁ。年に12回俺はあなたに会えるんですね。』
「はい。ひょっとして、もっと逢いたいですか?」
フフフッと笑っていると、坊ちゃんの表情が少しだけ曇っている気がした。
『案外、会うんですね。』
「……え…、ひっどい…!」
坊ちゃんはおかしそうに、笑っている。
こんな冗談も僕に言える様になったなら、大丈夫かもしれない。
『ごめんなさい、冗談ですよ。でも…沢山会えるんだと思ったんです。良いじゃないですか。』
笑った時の目尻の感じが、先生とよく似ていたので
不意にドキッとした。
当たり前と言えば、当たり前だ。
先生がこの世に遺していった、忘れ形見なのだから。
始発が動きだす頃、僕は坊ちゃんに見送られて駅まで
最後に送ってもらった。
この先どうして生きて行こう。
僕はこれから、どんな人と出会いどんな仕事をして
何を思い生きて行くのか。
考えるだけで憂鬱と期待が同時に襲って来た。
住み込みの仕事、日雇い、選ばなければ何とか仕事には
ありつけるだろう。
数時間前に食べた、カステラの甘さをまだ口の中に感じている。
始発は人があまり乗っておらず、夜明けもそろそろと言うのに
暗闇の中を走行する。
この歳で違う人生を歩みだすなんて、ある意味では自虐に近い。
なんとかなるだろうし、何とかするしかない。
僕は、この人生で本当に坊ちゃんと関わって生きたい。
だから、あえて傍に居ないでおこうと思う。
ちゃんと、1人の人間として見て欲しいから。
縁で縛りつけるのは、とても簡単。
でも、とらわれ続けるといつかは切れてしまうしか無くなる。
ふとした自然な笑顔を見られてよかった。
坊ちゃんの事を、振り回すなんて先生に申し訳ない。
黙っていたけれど、実はとある画家にしばらくの生活のアテを貰ってある。
きっと、貴方に知られてしまったら軽蔑されるようなものだ。
でも、断っても良い。
選択肢は多岐にわたるし、僕次第だから。
どうか、来月を無事に迎えられています様に。
列車は長いトンネルに入る。映し出される自分の亡霊みたいな姿。
ウソつきで、逃避して、日和見な僕の虚像。
見るに堪えないから、かたく目を閉じた。
これは、進言・提案と言うよりかは僕なりのお願いに近い。
『何でしょう?』
坊ちゃんは良識もどうやらありそうだし、冷静で居てくれるのでしょう。
「僕は、人の…そういう気には敏感な方なんですよ。」
はっきり言って、とちくるっている。
事もあろうに、義理の弟を相手に。
『そういう、気…ですか?』
他人でも良かったじゃないですか。なのに、貴方と言う人は
僕と言う存在を認め、こんな風に自らの範囲内に入れてくれる。
まぁ、義兄だと思って気を遣っているのかもしれませんが。
お互いに、どうかしている人の血を感じさせるのは
否めないでしょう。
「説明しなくても、お判りでしょう?ソッチですよ。」
一瞬の間があってから、
『…あぁ、なるほど。』
イマイチ決まりの無い返答。
「こんな、寝る前にカステラだなんて。子供の頃は、それはそれはご馳走だったものです。」
『この、茶色い部分のザラメが…残ってて好きですね。』
「夜明け前には、出ます。」
『え…?』
「住むところも、なんとかしないといけませんし。いつまでも貴方に甘えてばかりいてもね。」
『でも、物件を探すまでって、言いましたよね?』
「はい、気が変わりました。だって、貴方と居ると居心地が良くなってしまうから。」
『分かりました。霞さんの気持ちで決めてください。俺は、ただいつでもあなたが
困っているなら力になりたいです。』
だからね、青路さん…そういう所が罪なんですよ。
これは、将来心配かもしれません。
ちゃんと、優しさの使い方を僕が教えてあげなければ。
「人間、追いつめられれば…実は何だって出来ますよ。野垂れ死にもしないでしょうから…ご心配は無用です。」
『落ち着く先が決まったら、必ず…連絡をください。うちの住所を…渡しておきましょう。』
坊ちゃんは、立ち上がり電話代の引き出しから帳面を持って来た。
「貴方は、本当に…お人好しですね。」
サラサラと、少しクセのある字で郵便番号と住所が記される。
『電話も引いてありますから。』
「…え~、電話なんてしませんよ。」
『そうですか。高いですからね。電話賃も。』
電話なんかして、坊ちゃんの声を聞いてしまったら
きっとこんな風に貴方と過ごした時間を思い出して、きっと会いたくなるでしょう?
「そうそう、事決めのことなんですがね…僕と、その…月に1度は会って欲しいんです。」
坊ちゃんは、顔を上げて僕に帳面を綺麗に剝いで渡してくれた。
『日にちは、』
「決めません。と言うよりも…いつでもいいんで。そいで、僕が生きているのかを確かめてください。」
何か言いたげに、坊ちゃんが僕を見つめる。
『生きて、いるでしょう?そんな…いつまでも』
「だと…僕も思いたいです。」
『霞さん…、まさかどこか』
「いえいえ、そういうのではありませんよ。ただ、生きて…いるのかは僕も分からないし。青路さんもです。」
明日をも分からない生だと言いたいのだけれど。
若い坊ちゃんには、伝わるだろうか。
『はぁ。年に12回俺はあなたに会えるんですね。』
「はい。ひょっとして、もっと逢いたいですか?」
フフフッと笑っていると、坊ちゃんの表情が少しだけ曇っている気がした。
『案外、会うんですね。』
「……え…、ひっどい…!」
坊ちゃんはおかしそうに、笑っている。
こんな冗談も僕に言える様になったなら、大丈夫かもしれない。
『ごめんなさい、冗談ですよ。でも…沢山会えるんだと思ったんです。良いじゃないですか。』
笑った時の目尻の感じが、先生とよく似ていたので
不意にドキッとした。
当たり前と言えば、当たり前だ。
先生がこの世に遺していった、忘れ形見なのだから。
始発が動きだす頃、僕は坊ちゃんに見送られて駅まで
最後に送ってもらった。
この先どうして生きて行こう。
僕はこれから、どんな人と出会いどんな仕事をして
何を思い生きて行くのか。
考えるだけで憂鬱と期待が同時に襲って来た。
住み込みの仕事、日雇い、選ばなければ何とか仕事には
ありつけるだろう。
数時間前に食べた、カステラの甘さをまだ口の中に感じている。
始発は人があまり乗っておらず、夜明けもそろそろと言うのに
暗闇の中を走行する。
この歳で違う人生を歩みだすなんて、ある意味では自虐に近い。
なんとかなるだろうし、何とかするしかない。
僕は、この人生で本当に坊ちゃんと関わって生きたい。
だから、あえて傍に居ないでおこうと思う。
ちゃんと、1人の人間として見て欲しいから。
縁で縛りつけるのは、とても簡単。
でも、とらわれ続けるといつかは切れてしまうしか無くなる。
ふとした自然な笑顔を見られてよかった。
坊ちゃんの事を、振り回すなんて先生に申し訳ない。
黙っていたけれど、実はとある画家にしばらくの生活のアテを貰ってある。
きっと、貴方に知られてしまったら軽蔑されるようなものだ。
でも、断っても良い。
選択肢は多岐にわたるし、僕次第だから。
どうか、来月を無事に迎えられています様に。
列車は長いトンネルに入る。映し出される自分の亡霊みたいな姿。
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見るに堪えないから、かたく目を閉じた。
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