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⑤先生と霞
しおりを挟む昔、僕との仲をおもしろおかしく書き立てた雑誌があった。
芸術家は、良くも悪くも好奇の目を向けられてしまうもの。
先生は、意に介さず。
僕は、ひたすらに深く心を傷つけられていた。
汚らしい妄執で僕と先生との事を、好奇の目で見る
俗世間が気持ち悪かった。
先生と僕との間に、何があるかだなんて他人には
どうでもいいことなのだ。暇人どもめ。
養子縁組にて家中に招き入れて下さった先生には
恩しか無い。
大切な、先生の世界を僕にも快く御教授いただけたのだ。
もはや、父親と言う目では見ていなかった。
雲上人とも言える存在。
先生の心の庭に、果たして僕の存在はあったのかも今となっては
知る由もない。
愛がなんだ、恋がなんだと騒ぐ前に。
貴方方には、その想いを垣間見た事があるのかと
僕は問いたかった。
多感な時期に、先生のお子さん(坊ちゃん)が生まれて
心は大きく揺れた。
初めて、自覚したと言っても良いのかもしれない。
あぁ、僕の心の中の女が泣いている。
と、素直に感じた。
同時に、少し自分の事がおそろしく思えた。
浅ましさに、ぞっとした。
僕は、僕であること以上を求めてもしかしたら
先生に接して来たのではないだろうかと。
喜ぼう、産まれて来た先生の子供を。
見ていたじゃないか、奥さんの臨月のおなかも。
神秘に触れている様で、とても眩しかった事も
忘れちゃいない。
愛する人の、愛し子。
干されたおしめ、奥さんにあやされて聞こえて来る
泣き声と、でんでん太鼓の音。
僕に気を遣って、先生も奥さんもをあまり
僕の前には連れては来なかった。
それが、原因かは分からない。
ただ、僕は心が空っぽになった気がした。
寂しさで、どうにかなりそうで。
坊ちゃんの泣き声がまるで、自分の泣き声の様に
聞こえ始めて、僕は心が限界だった。
『もう、物語ですよ。ここまで来れば。』
「えぇ、本当に。坊ちゃん、貴方も先生のご子息ですよ?
ペンを走らせてみてはいかがですか。」
甘く濃いザラメの味わい。
優しく窮屈なカステラの歯ざわり。
これは、夜中に食べるには確かに…。
「いけませんね…。」
『父には、文才はきっと無かったでしょう。』
「まぁ、好みの世界ですから。芸術なんてのは特に。」
でも、もったいないでしょうに。
きっと自分のどこかに、坊ちゃんも先生を思わせる何かを
感じ取った事があるはず。
先生が僕に残してくれたのはカタチだけ。
中身は僕次第なのも見越しての事でしょう。
残念ながら、そのカタチでさえも活かし方を知らないで
僕は早々に海の外へと出て行ってしまった。
『霞さんは、相変わらず…切れ味が鋭いなぁ。』
喉まで詰まりそうになる甘味に、坊ちゃんはお茶を
淹れてくれた。
しみる。湯呑に注がれた緑の冴えがとても綺麗で
懐かしくて。
僕がこの地に忘れていったものの大きさを知る。
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