坊ちゃんと私

あきすと

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④よるのいけないこと、しませんか。

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成長したあなたの姿に、求めていたのは
やっぱり先生だった。

自分があまりにも変わらない。
昔の面影を求めさまよう事に、落胆する。

今の僕に、失うものが無い事が逆によろしくなかった。

散らす花なんてもう、無いに等しい。

随分と、年月だけが僕の横を通り過ぎてしまった気がした。

「ぼっちゃ…青路さん。本当によろしいんでしょうか?」
『いやいや、あなたが言い出した事でしょう。次の仕事と住まいが
見つかるまでで良かったら。ウチに来て下さい。』

今更、どの面を下げて養子の家の跡継ぎにこんなお願いを
できたものか。

「本当に、本当に…あなたも先生も奥さんも。気質は変わりませんね。」
真夜中、吐く息の白さと冷えて痛くなり始める耳を
気にしながら。
まるで拾われた犬や猫の様に、坊ちゃんについて行く。
『霞さん、俺はもうあなたは会えない人だと思っていた。』

思いがけない坊ちゃんからの言葉に、思わず目をみはる。
「ぇ、そんな事ないでしょう?」
『…俺を見て、父を思い出す。そうなんでしょう』

勘の鋭さは、誉められたものかも分からない。
図星過ぎて笑うしか出来なかった。

駐車場で車に同乗し、なんとなく気持ちが向上していくのを感じる。
「行き先はやっぱり、坊ちゃんの家でしょうか?」
『気楽な1人住まいです。それ程広くも無いですが。』
坊ちゃんの筋張った白い手の甲が、綺麗に思える。

いつか焦がれた人と、やっぱり良く似た手のカタチ。
頬を撫で、優しく頭を撫でたあの手のひらを思い出しそうになる。
「せめて、今年を無事に過ごせればなんでも…。」
『年の瀬ですからね。』

街は浮かれている。何が楽しくてこんな時期に家を追われなきゃいけないのか。
「迷惑料として、年越しそばを作らせてくださいな。」
『そういえば、海外から戻って間もないんですよね。』
「えぇ、すこぶる元気ではありますが。」

ゆっくりと、冬の夜の街を坊ちゃんは車を走らせる。
『年内に仮住まいを出て行く…じゃ、多少は家財道具もあるんでしょう?運ぶの手伝います。』
「有難うございます。でも、きっと…坊ちゃんあの私の部屋を見たらビックリしますよ。」

15分程、走ったくらいで住宅街の駐車場に坊ちゃんは停車した。
どうやら一軒家の借家を借りているらしくて、正直ホッとした。
『寒いでしょう、少しだけ部屋で温まってから寝ましょう。』
「酔いもせずに、まだまだ体は冷えたままですよ。」
『霞さんは、深酒しそうなんで程ほどに頼みますよ。』

街灯の頼りない灯りが軒下を照らしている。
玄関前に来て、坊ちゃんが家の鍵を開ける。
少しばかり建付けの悪い引き戸を静かに、力強く開けた。

『さ、お帰りなさい。』
「…た、ただいま…です。」
『実家だったら、と思うんですが。俺も良い大人ですからね。』
「そうでしょうね、奥さんはお淋しいでしょうけど。」

革のブーツを脱いでいると、坊ちゃんが玄関の明かりをつけてくれた。
「おや、助かります。ありがとう。」
『風呂は、明日でも銭湯に入りに行きましょう。』
「そうしましょう。」

冷え込む家の中。冷たい廊下を2人で歩きながら居間に向かう。
『布団は一脚しか無いですよ。』
「つかえませんよ。」
『本当ですか?』
「はい、私は家出しなければ…坊ちゃんの義兄さんだったんですよ?」

坊ちゃんは、一瞬戸惑った表情をして僕を見つめた。
居間の明かりがつけられて、よく顔が見える。

悲しい程、先生に似て来ている。
嬉しくもあるのに、どうして。

『そんな、有りもしなかった話は止めてください。』

僕の人生は自分で言うのも気が引けるけれど
逃避で出来ている。

困ったら、事態から逃げてしまうのだ。
「ごめん、なさい…」
『霞さん。俺はあなたと父の関係を正しくは知りません。俺は父とは違う。
どうか、別の1人間として見てください。』
「ぼっ、…青路さん。」

いけない、また誰かを振りまわして傷つけてしまいそうになる。

坊ちゃんは僕に浴衣と丹前を貸してくれた。
「お借りしますね。」
ふわ、と坊ちゃんの匂いが鼻をかすめた。

『寝る時は、湯たんぽもあるので言ってください。』
「お気遣い、有難うございます。それにしても…コタツ久し振りです…なんてあったかい。」
夜中のささやかな談笑が、何気なくてとても楽しい。
僕が渡仏していた時の話をしながら、途中で坊ちゃんは
『夜に気が引けますが、お腹に何か入れませんか?』

僕がお腹を空かせてはいないかと、気をまわしてくれる。
機内食を食べたのがもう随分前で、坊ちゃんのお店では然程
胃に溜まるものも食べていない。

言われてみれば、少し口が寂しいけれど。
このまま寝てしまえば気にはならない程度ではある。

「お願いしたら、何が振舞われます?」
図々しくも、坊ちゃんにたずねてみる。
『実家から貰った、カステラが手つかずですよ。甘いものは、お好きですか?』

え~…坊ちゃんってば。
この人、罪なお人だなぁ。
僕は甘いものに目が無いってのに。

「その誘惑にのりましょう。」












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