坊ちゃんと私

あきすと

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デフォルメで、ざっくり霞のイメージイラストです。

あまり明確なイメージを貼らないのは、あくまでも小説は
想像の世界である事を薄れさせない為でもあります。
(あ、でもイラストとかもし描いていただける事があればめちゃくちゃ嬉しいです♪)







父の書斎のドアを開けた。
子供の頃の光景を今でも忘れはしない。
『君が、先生のご子息?』

父の革張りの椅子をクルリと器用に回して、
こちらを見つめる、瞳。
遠い、異国を感じさせる澄んだ碧。

書斎に射し込む光が、目の前の人の背後を
明るく包み込む。


「部屋に、天使が迷い込んだのかと思った。」
もう、10年以上も前の話だ。

『坊ちゃんは、相変わらずのローマンチストでいらっしゃる。』
憧憬の彼方の天使は、いつのまにか堕落の悪魔に思えてくる今日この頃。

昔、亡くなった父は芸術家であった、らしい。
あまり鮮烈な記憶もないのだが、生涯に1人だけ弟子をとったのだという。
気難しく、繊細な父は遅くに生まれた我が子・つまり俺の成長を見届ける事なく
この世を去った。

「今なら、明確に違うと言い切れるのに。」
面白おかしく笑う、愛想のよさそうな声。
でも、目の奥は滅多に笑わない事を知っている。
父の作品が納められた、小さなギャラリーの主をしていた頃に
再会を果たした。

『あなたの父君も、よく言っていましたね。黙っていれば人形の様なのに、と。』
とあるクリスマスの日に、1人で真っ白いコートに身を包み
ギャラリーに訪れたこの人。

「霞さんは、確かに。・・・綺麗ですから。」
自身で営む小さなギャラリーの店じまいをしてから、2人で話しながら遅めの晩飯となった。
『いつまで、そう言ってもらえるのか。僕もこれで結構なオトナです。』
「あなたは年齢さえも超越した存在でしょう?」
『・・・ふふっ。坊ちゃんには、僕は一体どんなフィルターが掛かっているのか。』

砥の粉色の髪が、薄明りに透ける。
カウンターにつく腕から、指先までの線はニット越しにも華奢なのが分かる。
「一生、一目見た時の印象は変わらないモノでしょう。」

父の書斎で、遺品整理をしていた霞さんは
全てを母に託して、フラリと姿を消したのだった。

『ずっと、更新されなくても良かったのに。でも、どうして運命ってのは悪戯で。また引き合わせちゃうんでしょうね。』
スッとした眉が、わずかにひそめられる。
「あなたが、父を今でも忘れなかったから。・・・でしょう?」

自分なりに、父の唯一の弟子でもあった霞さんに関して
調べていた時期がある。
あまり、透明なイメージとは言えなかったが
霞さんの風貌がよくない方向に働いてしまい、父との深い関係を
示唆する、いかがわしい内容のゴシップもいくつか出回っていた。

『この国は、僕にとっては愛憎しか与えてはくれなかった。』
「なのに、帰国してすぐにこのギャラリーに訪れた。・・・でしょう?」
キッチンと対面式のカウンター越しのやり取り。
『坊ちゃんは、父君みたいに勘が鋭いからやりにくいです。』

髪を耳に掛ける仕草が、自然すぎて耳下でまどかに照るピアスへと視線を誘われる。
「霞さん、飲みすぎる前に今日は止しておきましょう。」
『独りもので、終の棲家も無いですし無職です。』

突然、何を言い出すのかと思えば。
「どういう、事でしょう・・・?こっちに戻って来たのですか。」
『外の国は、住み良いと思っていたのに。坊ちゃんとここで再会してから、めまぐるしく色んな事が起きて。
実家も、家を更地にしてしまいました。長らく、仮住まいでしたが。それも年内に退去しなくてはいけなくなって。』

とどのつまりは、
「え~っと・・・」
『住むところが決まるまで、僕を住まわしてくれませんか?』
霞さんは困り果てて俺の店を訪ねて来たのだ。

3度目に会う人間に言える言葉ではない事は、おそらく
本人も分かってはいる事だろう。
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