眠れない夜は檸檬の香り

あきすと

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⑯遠い日

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溶け合う様な口づけが胸を苦しくさせる。
もっと深くまでに沈んでいく事は、とても簡単なのに
脳裏によぎるのは、子供の頃の事件のトラウマだ。

こんな時くらい、甘い夢を見てもいい様な気がするのに。
唇が開き、白島の熱から解放されて息が乱れる。

『多分、医者のだす薬より…効くと思いますよ。』
「はぁ…、バカ。お前に移ってしまうだろうに。」
『まぁ、俺は特殊なんで。平気なんです。』

さすがに掛け布団が厚い。と、思っていたら
思考でも読まれたのかと思った。
『熱気こもってしまうんで、少し除けておきますね。』

本当に、どこまでも掴み処の無い男で困惑する。
決して、嫌なヤツではない。
ないのだろうが、得体が知れない部分が多すぎる。

実は以前に、白島の素性を調べてみようと思った事がある。
ただ、それは出来なかった。
私自身が白島と時を重ねる度にその理由が分かってきた気がする。

ただののらりくらりとした中年では無い事。
白島の昔の姿を知る人が、見つかればいいのだが。
こんな事を思っていた時期もあったが、なんら無意味で
心には虚しさが残るだけだろうと思い断念した。

いや、これは言い訳に過ぎない。

私は別に白島を困らせたい訳では無いからだ。

急に私の人生に現れては、私の心を何度も大きく揺らす存在が
不思議で、惹かれてしまって仕方がないのだろう。

「なぁ、白島…私は男だぞ?」
白島は近くにあった木の椅子をベッドの近くに持って来て、腰を下ろす。
『知ってますよ~、さすがに。』
「なのに、か?」
『そういうの、関係ないんですよ。うーん、説明するのは難しいですね。』
白島は私の手を触って自分の頬へと宛がう。

『生きてるなぁって、感じるからですかね。』
「他の者も、同様に生きているのに?」
『其処はまぁ、俺の個人的な主観ですから。』
「命として、見ているのか。」
『後は、責任って言うんでしょうか。』

白島はどこか遠い目をして、なんとなく気まずそうだ。

「何か、私に…まぁ…したのはあるのかもしれないが。」
『そればっかりじゃないんですよ。』
「まどろっこしいな、ハッキリとは言い難いのか?」

さすがに、自分でも気の長い方である私でも焦れるくらい
白島は躊躇っている。

『アンタの家の親戚に、とっても偉い方が居るのは周知の通りだと思いますが。』
「あ、あぁ…母方のだな。」
『あそこの家に、子供の頃遊びに行ってましたよね。』
「とは言え、年に数回程だけど。」
『庭で、ケガをしませんでした?』

思い出すまでもなく、昨日の事の様に光景がよみがえって来る。
周りの親戚やいとこの声に、蝉の声。

庭で西瓜割りをしていた。

「なんで知っている?まさか、白島も居たのか?」
『俺も、呼ばれていたんですよ。大人の男たちは俺も含めて離れで会合をしてました。』
「念のため、聞いておく。白島は俺の親戚縁者か?」
『違いますよ。でも、本当は皆親戚みたいなものだと思えれば良かったんですけどね。』
「そうか、良かった。」

ホッとしていると、白島が私の薬指をなぞる。
『怖がらなくても大丈夫ですよ。俺はただ…郁海クンが好きな一人間デス。』
「…余計にコワいわ。」
乾いた笑いを浮かべていると、白島と視線が合う。
『俺の一部が、間違いなくアンタの体内には存在している。だからでしょうね。』

また白島の奇妙な妄言なのかと思って聞いていた。

「それで、続きは?私が怪我をした事…関係あるのか。」
『もう組み立てられませんか?怪我・俺が居た事・責任・一部が…』
「~~貴様、まさか…」

私は熱に負けじと思考した結果。とんでもない答えを導き出してしまった。
『さすがに、アンタの母親には怪訝な顔されましたね。』
「当たり前だ。…やれやれ。ウチの母は特にうるさいからな。すぐに消毒させたかったところだろうに。」
『そうは言いますけどね、結構万能ではあったんですよ。』
「今は何でも消毒にまわるからな。公衆衛生の向上が病を遠ざけるのは確かではある。」

白島の事を私は忘れてしまっていたのか?
でも、また数年後には再会しているのだ。
おそらくは、こっちの記憶の方が印象強かったのかもしれない。

『俺と親密になると、少なからず寿命は延びますよ。』
「そんな、自分を特典みたいに言うな。」
『でも、俺は嬉しいです。好いた相手とは少しでも長い時間を一緒に居たい。』

な、この男は一体何を言い出すのか。

「平然と口説くな。恥ずかしい奴め。」
『アンタにはもう少し自覚して貰いたくて。』
「責任なんて感じなくていい。俺じゃなくとも…いいのに。」
『ずーっと待って居たのにこの言われ様。』
「だって、お前ほどの男が…勿体無いだろうに。」

指の間に差し込まれる白島の筋張った手がくすぐったい。
『アンタだって俺を誑かしておきながら。よく言いますね…』
「…そんなつもりは、無い。」
頬が熱い。
『ま、いいですよ。今はとにかく体を休めてください。俺は、しばらくここに居ますんで。』
安心する声色、熱すぎない手の温度。

目をつむると思ったよりも早く睡魔が迎えに来た。











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