眠れない夜は檸檬の香り

あきすと

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二年。

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大海原を出て、ずっと船の中に居ながら任に就いて
そろそろ2年が経とうとしていた。
季節はあっと言う間に流れていくものだ。
私の感情などは、無かったことにされているだろう。

白島が、どうしているのかも…この海の上では分からない。
外部からの細かな情報などは、あまり伝わって来ない。
ましてや、白島は仮にも諜報に関わっているのだから、当たり前だった。

正月も、盆も無い。
ただ、食事には乗船者もかなり気を使っている。
食べる事くらいなのだ、楽しみと言えば。
船室に戻って、寝台に上がり私は自分の腹を触ってみた。

平たい。それだけではなく、薄い。
まだ、頼りないと言われそうなこの体。
最後に、白島とかわした抱擁の余韻などは、もう残っても居なかった。
いつでも、何度も思い返しては頬が赤くなるのを
自分でも実感していたのに。

今思い出せるのは、首筋からの香りだけ。
匂いと記憶の関連性は、強いものだと聞いていた。

時々、船内料理のフライなどの付け合わせに出てくる
黄色い檸檬を見ると、私の頬は穏やかに緩むのだった。

「檸檬は、白島を思い出す…」
船旅に欠かせない、ビタミンCが多く含まれている檸檬は
同郷で栽培されるようになって久しい。
皮のほろ苦い中にも、豊かな香りが込み上げて来て
キュッとした酸っぱさに目をつむる。

浜風に混じる、爽やかさ。秋も深まる頃に私は上からの伝令にて
帰国することを知った。
長いような、短いような…寄港をする度に白島への土産を選びそうになる
自分の気楽さが、おかしかった。
信じている事が怖い癖に、でも…やっぱり信じていたい。
帰航が決まってしまえば、後の私の心はまるで宙に浮いている様だった。
心が落ち着かない。
馬鹿げているだろうけど、久しぶりにまた白島の夢を見る程に嬉しかったらしい。
子供じみていると言われれば、そうなのだろうが。

あの白島の顔を、また当たり前のように見れる日が来るのかと
考えるだけで、ソワソワしてしまう。
帰国次第、かかりつけ医に寄って、健康状態を診てもらい
借家の掃除を軽くしてみよう。
やる事に追われていると、きっと白島に会えるのは落ち着いてからだろう。

ひっそりと、人知れず港で大荷物を受け取ってハイヤーに乗り込み、
行き先を告げた。
家に着くまでの間に、何度も眠りこけそうになってしまい
舗装された道路は、乗り心地が良かった。
が、少し外れの道に入ってしまえば今でも多くの地域が砂利道だ。

伝わってくる振動で、体が揺れて私は寝るに寝れない状況だった。
2年の月日が流れた、とはまだ実感しがたい。
安堵感が、一気に心へと流れ込んできた。
変わっていない、街角。
まばらな人の行き交い。
もうすぐ、家につく。

「…ん?」
今、通り過ぎた人の背格好を見て
「安芸…?」
私は、見間違いではないかと思った。
とても、よく知る男は髪に緩やかなウェーブがかかっていた。
白島は、何故か私の大家さんの家へと入っていった。


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