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⑦兄貴、〇〇〇してよ。
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「…兄貴も、人が悪いよね。」
悠寅くんが帰った後の片付けをしながら、俺は思わず兄貴に詰(なじ)ってしまう。
昨日の今日ってタイミングでもあったし。
もちろん、不慮のタイミングには違いない。
ただ、俺自身がなんとなくいたたまれずにいる気がして
すっかりいつもの仕事着に着替えた姿の兄貴に
傍から抱きついてみた。
『恋は人を狂わせる…って言うけど。アレは、もう恋を通り過ぎてたけどな。』
兄貴はすんなりとおれの事を抱き、
「…兄貴、だっこ…して?」
笑顔を含んだ表情でその場で丁寧に抱き上げる。
『お前、案外重たいよなぁ…』
難なく抱き上げられて、脚が浮く感覚が面白い。
「そうだよ、命の重みをひしひしと感じるでしょ…っ、ぁ…ちょ…っと待って。」
俺はすっかり忘れていた、慌てて下ろしてもらいそのまま
廊下に出た。
『星明~?』
兄貴は気が付いていなかったみたいで、ホッとした。
七夕の前日には、出張版の占いのお店を準備していた。
「俺、明日は参加する側になっちゃうけど。」
『たったの2、3時間だろ?』
「うん。そうなんだけどね。」
『…お前は、家で待っててくれないか。』
持ち出すものの荷物を整理を兄貴の部屋でしていたら、
テーブルの上の書類に目を通している兄貴が言った。
「え、…うん?」
『1人でうろつくなって話。』
「あ…、そう言う…の、兄貴が言うんだったら。行かないよ。」
一瞬、兄貴からの熱?の様なものを感じた気がした。
『一応、心配してる。と言うか、変な虫がついたら困る。』
「ここ、地元なんだから。そんな今更…」
でも、俺も口ではこう言いながらも。
兄貴に誰かが、と思うと確かに気が気じゃない。
人との出会いと言うのは、本当に影響が大きい事をよく知っているからこその
心配なんだろうと思う。
『そんなの関係ない。』
「あ、そうそう。兄貴は明日どんな格好で行くの?」
『和装、浴衣?』
「……え~、ズルい。何でそんな。俺もやっぱり行きたい。」
『お前に見せてから行くだろ?』
まぁ、そうなんだろうけど。
分かってはいるんだけど。現地に行けないのは、気がかりでしかない。
「良いなぁ、俺も…兄貴の…うぅん、そうじゃなくって。ただ2人で観てたかったなぁ。」
自分のワガママさや強欲さが、自分でもよく分かる。
でも、見ないフリをする。
今この目の前の人との時間が大事で、遠慮する事にももう
疲れてしまったから。
斜め向かいにいる兄貴は、何か言いたげに俺を見ている。
後戻りできないのは、お互い様だ。
『なぁ、星明。七夕は旧暦のものもあるって言ってたよな。』
「うん。来月にもう一度あるんだよね。」
『じゃなくても、特別は毎日続いてるものだ。』
「…写真いっぱい撮ろうね。」
『一緒に、な。』
時々、ふと考える。
例えば、兄貴がどこかの女性とお付き合いしたりして
恋愛して、結婚するとか。
子供が生まれたりして、俺に甥っ子か姪っ子が生まれる世界も
もしかしたら、どこかには存在しているんだろうなぁ。って。
一番悲しいのは、兄貴の両親がウチの両親に兄貴を
託さなかった世界かもしれない。
親戚ではありながらも、会う事も無く遠い異国で兄貴は生まれたのだから。
きっと、俺の存在も知らないままに生きたのかもしれない。
途方もない、話かもしれない。
でも、1つ運命の歯車とやらがズレていたら。
出会う事のない存在であったことは、確かだ。
「はぁ…、この時期って俺は複雑だよ。」
『俺はこの時期じゃなくてもわりと毎日…複雑だけどな。』
「…ぁ、お茶淹れて来ようかな。」
立ち上がると、衣紋かけに浴衣が掛かっていた。
「わぁ…、アレ着るんだ?」
兄貴も、俺の視線の先を見つめて
『そう。あの浴衣はお前と一緒に選んだよな。』
頷いた。
「も~…なんでそんなに天然たらしなの?やっぱりホストやってただけある…。」
『ホストやってはいたけど、俺には不向きだったからな。』
「うそ~、天職じゃん。」
『はぁ、だから…家に帰ればめっちゃ可愛いのが居るのに。何でって思ってた。食う為・生きる為でしか
なかったって話だよ。ほら、お茶淹れて来てくれるんだろ?』
俺がいまだに、ホスト時代の兄貴を許せてないのは
兄貴が1番理解している。
「あ、ごめん。待っててね。」
うまく空気を切り替えなきゃ。
あんまりしつこいのは、きっと嫌われる。
兄貴の部屋を出た。開いている窓からの夜風が、急に現実へと引き戻したみたいで。
俺にとっての、この兄貴の部屋と言うのは現実からは程遠いのかもしれない。
階段を下りながら、自分が居ついている台所に戻って来ると
ますます日々の暮らしの匂いがして気づかされる。
お湯を沸かして、最近お気に入りの茶葉を戸棚から出す。
この家の台所には、多くの異国の茶器や調理器具も多く取り揃えてある。
両親が趣味で集めたものもあるし、俺もやっぱり料理ずきが
高じて、両親の様に無意識に買ってしまう事もある。
兄貴も、異国の風を感じるものには本能的に惹かれるのか
私服がほぼ民族衣装と言われるほどだ。
豊かな時間、毎日をほぼ兄貴と暮らして。
ただただ、以前の俺からすれば考えられない
かけがえのない日々だ。
こう思うと、昔の兄貴との軋轢も無駄では無かったんだと思える。
「…だから、悠寅くんにも頑張ってもらいたいな。」
人の恋路は見ていて、なんだかもどかしい。
でも、必要な時間でタイミングなんだと後になってから気付かされる。
お盆にカップを載せて、静かに廊下を後にし
階段を上がって行く。
外が、深く暗い。星が良く見えるから新月あたりかな。
一応、一緒に持って来たパインの焼き菓子。
兄貴に味見をしてもらうつもり。
「ゎ、びっくりした。」
部屋の前のドアが丁度開けられて、驚いた。
『気配、したから。』
「兄貴、そういう所だよね~。ん、ありがとう。」
サラッとお盆を俺から持って行く。
気が利きすぎる。
『お前、またこんなお菓子ばっかり作って…太るぞ?』
「美味しいパイン見つけたから、つい…。」
『まぁ、冗談だけどさ。星明のは美味いから何も言えない。』
「趣味ってのが、ね…。これからも付き合ってよね。兄貴も」
兄貴は、パッと見長身だけれど線は意外と細い。
普段からそんなに食べるイメージも無い。
すらっとした均整の取れた体をしているから
普段着が結構腰のラインが見えるものが多くて、現実離れしてるけど
時々、走りに行ったりしているのを実は知っている。
わざわざ、俺には言わないけれど。
加賀さんともワークアウトに出かけたり、休みの時はそれぞれにも
時間を過ごしてはいる。
気持ちに少し余裕が出来たから、前みたいに一人で不安になる事は
かなり減ったと思う。
俺も、プールで泳いだりしてリフレッシュ出来てるし。
(たまに変な人に声掛けられるけど)
『星明が楽しい事が、一番だからな。俺も付き合うよ。』
「…うん。」
明日になれば、俺はまた1つ歳を重ねる。
早く兄貴に近づきたかった数年前とは、ちょっと心境は
変わって来たけれど。
これからも、ずっと2人で居られたらいいのになぁ。
と、この頃の俺は淡く夢を見ていた。
悠寅くんが帰った後の片付けをしながら、俺は思わず兄貴に詰(なじ)ってしまう。
昨日の今日ってタイミングでもあったし。
もちろん、不慮のタイミングには違いない。
ただ、俺自身がなんとなくいたたまれずにいる気がして
すっかりいつもの仕事着に着替えた姿の兄貴に
傍から抱きついてみた。
『恋は人を狂わせる…って言うけど。アレは、もう恋を通り過ぎてたけどな。』
兄貴はすんなりとおれの事を抱き、
「…兄貴、だっこ…して?」
笑顔を含んだ表情でその場で丁寧に抱き上げる。
『お前、案外重たいよなぁ…』
難なく抱き上げられて、脚が浮く感覚が面白い。
「そうだよ、命の重みをひしひしと感じるでしょ…っ、ぁ…ちょ…っと待って。」
俺はすっかり忘れていた、慌てて下ろしてもらいそのまま
廊下に出た。
『星明~?』
兄貴は気が付いていなかったみたいで、ホッとした。
七夕の前日には、出張版の占いのお店を準備していた。
「俺、明日は参加する側になっちゃうけど。」
『たったの2、3時間だろ?』
「うん。そうなんだけどね。」
『…お前は、家で待っててくれないか。』
持ち出すものの荷物を整理を兄貴の部屋でしていたら、
テーブルの上の書類に目を通している兄貴が言った。
「え、…うん?」
『1人でうろつくなって話。』
「あ…、そう言う…の、兄貴が言うんだったら。行かないよ。」
一瞬、兄貴からの熱?の様なものを感じた気がした。
『一応、心配してる。と言うか、変な虫がついたら困る。』
「ここ、地元なんだから。そんな今更…」
でも、俺も口ではこう言いながらも。
兄貴に誰かが、と思うと確かに気が気じゃない。
人との出会いと言うのは、本当に影響が大きい事をよく知っているからこその
心配なんだろうと思う。
『そんなの関係ない。』
「あ、そうそう。兄貴は明日どんな格好で行くの?」
『和装、浴衣?』
「……え~、ズルい。何でそんな。俺もやっぱり行きたい。」
『お前に見せてから行くだろ?』
まぁ、そうなんだろうけど。
分かってはいるんだけど。現地に行けないのは、気がかりでしかない。
「良いなぁ、俺も…兄貴の…うぅん、そうじゃなくって。ただ2人で観てたかったなぁ。」
自分のワガママさや強欲さが、自分でもよく分かる。
でも、見ないフリをする。
今この目の前の人との時間が大事で、遠慮する事にももう
疲れてしまったから。
斜め向かいにいる兄貴は、何か言いたげに俺を見ている。
後戻りできないのは、お互い様だ。
『なぁ、星明。七夕は旧暦のものもあるって言ってたよな。』
「うん。来月にもう一度あるんだよね。」
『じゃなくても、特別は毎日続いてるものだ。』
「…写真いっぱい撮ろうね。」
『一緒に、な。』
時々、ふと考える。
例えば、兄貴がどこかの女性とお付き合いしたりして
恋愛して、結婚するとか。
子供が生まれたりして、俺に甥っ子か姪っ子が生まれる世界も
もしかしたら、どこかには存在しているんだろうなぁ。って。
一番悲しいのは、兄貴の両親がウチの両親に兄貴を
託さなかった世界かもしれない。
親戚ではありながらも、会う事も無く遠い異国で兄貴は生まれたのだから。
きっと、俺の存在も知らないままに生きたのかもしれない。
途方もない、話かもしれない。
でも、1つ運命の歯車とやらがズレていたら。
出会う事のない存在であったことは、確かだ。
「はぁ…、この時期って俺は複雑だよ。」
『俺はこの時期じゃなくてもわりと毎日…複雑だけどな。』
「…ぁ、お茶淹れて来ようかな。」
立ち上がると、衣紋かけに浴衣が掛かっていた。
「わぁ…、アレ着るんだ?」
兄貴も、俺の視線の先を見つめて
『そう。あの浴衣はお前と一緒に選んだよな。』
頷いた。
「も~…なんでそんなに天然たらしなの?やっぱりホストやってただけある…。」
『ホストやってはいたけど、俺には不向きだったからな。』
「うそ~、天職じゃん。」
『はぁ、だから…家に帰ればめっちゃ可愛いのが居るのに。何でって思ってた。食う為・生きる為でしか
なかったって話だよ。ほら、お茶淹れて来てくれるんだろ?』
俺がいまだに、ホスト時代の兄貴を許せてないのは
兄貴が1番理解している。
「あ、ごめん。待っててね。」
うまく空気を切り替えなきゃ。
あんまりしつこいのは、きっと嫌われる。
兄貴の部屋を出た。開いている窓からの夜風が、急に現実へと引き戻したみたいで。
俺にとっての、この兄貴の部屋と言うのは現実からは程遠いのかもしれない。
階段を下りながら、自分が居ついている台所に戻って来ると
ますます日々の暮らしの匂いがして気づかされる。
お湯を沸かして、最近お気に入りの茶葉を戸棚から出す。
この家の台所には、多くの異国の茶器や調理器具も多く取り揃えてある。
両親が趣味で集めたものもあるし、俺もやっぱり料理ずきが
高じて、両親の様に無意識に買ってしまう事もある。
兄貴も、異国の風を感じるものには本能的に惹かれるのか
私服がほぼ民族衣装と言われるほどだ。
豊かな時間、毎日をほぼ兄貴と暮らして。
ただただ、以前の俺からすれば考えられない
かけがえのない日々だ。
こう思うと、昔の兄貴との軋轢も無駄では無かったんだと思える。
「…だから、悠寅くんにも頑張ってもらいたいな。」
人の恋路は見ていて、なんだかもどかしい。
でも、必要な時間でタイミングなんだと後になってから気付かされる。
お盆にカップを載せて、静かに廊下を後にし
階段を上がって行く。
外が、深く暗い。星が良く見えるから新月あたりかな。
一応、一緒に持って来たパインの焼き菓子。
兄貴に味見をしてもらうつもり。
「ゎ、びっくりした。」
部屋の前のドアが丁度開けられて、驚いた。
『気配、したから。』
「兄貴、そういう所だよね~。ん、ありがとう。」
サラッとお盆を俺から持って行く。
気が利きすぎる。
『お前、またこんなお菓子ばっかり作って…太るぞ?』
「美味しいパイン見つけたから、つい…。」
『まぁ、冗談だけどさ。星明のは美味いから何も言えない。』
「趣味ってのが、ね…。これからも付き合ってよね。兄貴も」
兄貴は、パッと見長身だけれど線は意外と細い。
普段からそんなに食べるイメージも無い。
すらっとした均整の取れた体をしているから
普段着が結構腰のラインが見えるものが多くて、現実離れしてるけど
時々、走りに行ったりしているのを実は知っている。
わざわざ、俺には言わないけれど。
加賀さんともワークアウトに出かけたり、休みの時はそれぞれにも
時間を過ごしてはいる。
気持ちに少し余裕が出来たから、前みたいに一人で不安になる事は
かなり減ったと思う。
俺も、プールで泳いだりしてリフレッシュ出来てるし。
(たまに変な人に声掛けられるけど)
『星明が楽しい事が、一番だからな。俺も付き合うよ。』
「…うん。」
明日になれば、俺はまた1つ歳を重ねる。
早く兄貴に近づきたかった数年前とは、ちょっと心境は
変わって来たけれど。
これからも、ずっと2人で居られたらいいのになぁ。
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