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遠い心。

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 因縁の関係。と、呼ばれて紹介されたのは結構、キツイものがあった。
留学先から帰国して、初顔合わせの相手はなんと…俺の先祖の仕えていたいわば主君の
子孫らしい。よくもまぁ、こんなに上手く見つけて来たものだと頭が下がる。

出会ったこの日から、俺は相方としての認識に切り替えて
普段から行動を共にしなければいけない。

マネージャーがもう一人については、資料を送信するからと
写真なしでの文面をPCに送ってくれた。
経歴などを目にして、思ったのは引っ越しが多かったのか
よく、県名がバラバラになっている事くらい。
呼び出された事務所まで、地図アプリを使って約束の時間までに
何とか到着した。

綺麗なロビーに案内されて、革張りの立派そうなソファが目に入る。
観葉植物がいくつも取り入れられていて、天井のファンがゆっくりと
回っていた。
窓際に、一人誰かが外を見つめていた。
一瞬、こちらに気が付いて目を瞬かせると何事も無かったかのように
また外を見ていた。

歳は、10代後半だろうか。背は170前後。髪は金髪だった。
きっとこの事務所の子なんだろうと思って、俺は特に気にする事なく
時間ピッタリに現れたマネージャーともう一人の大人が先ほどの人物を見つけると
手招きをして呼んだ。
『あ、ごめんなさい。まさか…この人と?』
くすくす笑いながら、少年は制服姿で俺の傍に立ちお辞儀をした。
「え…?マネージャー、この子は?」
『貴方のご先祖の主君の子孫にあたる存在、って…写真添付し忘れてたのよ。ごめんなさい』
理解が追いつかない。まさかこの学生服を着た少年と…俺が?
一緒にアイドルとして活動する事に…って、言いたいのだろうか。

「ハーフ?」
『クォーターです。金髪は、脱色してるだけ。…です。』
『今どき、珍しくもないでしょ?さて、座って頂戴。』
『はーい。』
少年は言われるままにソファに座り、大人しくなった。
「…失礼します。」
『じゃ、自己紹介をしあって。』

「じゃ、俺から…。竹本 いすかです。」
『…、わぁ…俺、その鳥好きだよ。』
「すいかって、言うかと思った。」
『言わないよ。俺は、松原 若波です。』
多分、2人とも少し名前に似た雰囲気を感じていたんだと思う。
人懐こい松原の笑顔に、雰囲気が和んだのが分かる。
お互いの資料を基に、4名で話し合ったり質問をしたりしながら
ほんのわずかに、松原の人となりが見えてきそうな気がした。

「松原が18歳、か?」
『ん?俺は21歳だけど。』
「え、俺と同い年…には見えないな。なんで制服着てるんだ?」
『これ、私服。たまに補導されるの、このせいか…。』
「紛らわしいって、年下かと思った。」
『若波は、もう入寮してるから続きは部屋に案内しがてらお願いできる?』
「そーっすね。俺…いすかと同室なんだけど。荷物はもう届いてるから、さっさと
スペース空けたトコに並べよっか。」

まさか、同い年だったとは思いもせずに。俺はマネージャー達と別れて
その足で近くの寮へと案内される事になった。
『俺、煙草吸うんだけど…それってやっぱり、いすかもやいやい言うタイプ?』
「アイドルには、どうかと思う。」
『やっぱりな。でも、毎日じゃないよ…。遣る瀬無くなると、ちょっとね、って程度だから。』
スーツケースを引きながら松原の後ろを歩いていると
『段差、あるから気をつけて。』
何気なくドアを開けてくれたりと、意外と気遣いをしてくれる事に心が
じわりと温かくなる。

寮は2棟あるらしくて、隣り合って建っている。ホテルのような綺麗さで
前に留学先のアパートメントを思い出すと、あまりの差に
気落ちしそうだった。
『大学、やめたの?まだ在学期間でしょ。』
「向こうでは、もう必要な単位が取れたから、戻って来た。後はゼミと卒論だけ。」
『へぇ、優秀なんだね。…残念だね?俺みたいなのと一緒に組まされるなんて。ハズレくじじゃん。』
部屋の前で、松原は鍵を解除して軽く俺の背中を押した。
一瞬、フワリと懐かしい様な匂いがした。

「何の匂いだろ、コレ…」
『なんか匂う?…あ、多分俺の持ってる、香木とかの匂いかな。後はお香とか』
「良い香り。和の香りは、俺が居たトコじゃ珍しかったから。」
『好きなの焚いていいよ。でも、火の始末だけは気をつけて。』
松原は部屋の窓を開けて、外の空気を取り込むと
どこかホッとした表情で
『今日から、よろしく。いすか。』
「こっちこそ、色々と面倒ごと引き受けてもらったみたいで…ありがとう。」
軽く差し出された左手を、俺は握り返した。
あたたかい手のひらは、すぐに引っ込められて。
後は、俺主導での荷ほどきになった。

何も言わなくても、当たり前に松原は作業を手伝ってくれる。
きっと、そんなには口数もない大人しい性格なのだろう。
黙々と、一生懸命になってくれる姿を見て俺は、松原が選ばれた理由が
何となく見えて来た気がした。
部屋は、ごくシンプルで最低限の家具と、キッチンもスッキリしている。
神経質そうな手つき、慎重で、物の扱いが丁寧だ。
「松原は、今って仕事は…」
『ニートかと思った?…実は、普通に事務所からの仕事もしてるんだけど、実家の
手伝いもしたりするんだ。』
段ボールから、本を取り出しつつ松原が答える。
「実家はご商売でもされてるとか?」
『うーん、全部、俺が言うとつまんないから教えない。』

は!?と、嫌な感じだなぁと思った瞬間に
『一気に知ると、興味がなくなるものじゃない?少しずつ…知っていけばいいよ。』
松原は何故か、恥ずかしそうに笑っている。
よく、分からない奴だ。
ギャップ?何と言えばいいのか…
駆け引き?俺は、からかわれてるのか。
「そっか。悪かった…俺も無神経に何でも聞いて、ごめん。」
本棚に、書籍を並べていた手を止めた。
『お互いの生活をまずは優先しよう。慣れるまでは。』
「そうだな。でも、松原みたいな人…初めてかも。」
『俺は、いすかと友達しに来てるんじゃないから。』

ドキッ、とする。視線の温度感と言葉の真意が見えない。
傷付けられているのかさえも、分からない。
胸の奥に、歪みが生じる。
俺と、松原は本当にうまく行くんだろうか。
正直…今の一言が効いている。これ以上、踏み込むなって意思表示なのだろうか?
頭がぼんやりとする。昼前から始めた荷ほどきと片付けは、夕方までには終わっていた。
夕食の買い出しに一緒に行ってみたけど、松原は特に何も変わらない。
笑ってくれるし、話せてる。

自炊は向こうで毎日していた為、気負いなくできた。
味の好みについて、聞きたかったけどさっきの直後だから当然、俺からは聞きにくい。
無難なオムライスと、サラダと、スープを食卓に並べる頃
松原のスマホが鳴り出して
『…ぁ、ごめん。先食べてて?』
松原は部屋を後にして、俺は一人になるとため息が出た。

松原は、良い奴だと思う。でも、俺がどうして一喜一憂するのかは
分からない。料理の下ごしらえもきちんとしてくれて、多分味には細かいんだと思う
(味見も、ちゃんと確認しながら作ってるんだろうな)
見た目と、中身の差が…やっぱり大きんだよな。
10分程してから、松原は部屋に戻って来て…外に出る準備をしてるっぽい。
『ちょっと、出て来る。ごめんな』
「え…食事は?」
『取っておいてくれる?ちゃんと食べるから。遅くなるかもしれないから、先に寝てて』

「分かった、気をつけて…」
松原は、玄関先で俺の頭を撫でて
『そんな顔しないで、いすか。』
「……」
『俺じゃないと、駄目なヒトも居るんだってさ。笑える、じゃ。』
慌てて出て行ったのは、大事な人が待ってるから。
大事なヒトって、誰なんだろう。
俺は、この部屋で松原と暮らす事に…心がついて行けるのか。
俺の先祖は、あんな感じの主君にもしかしたら
一喜一憂してたのかな?と考えると、血を感じているのかもしれない。
そよ風みたいに、過ぎ去っていく。心をかすめて、人を引き付けておきながら
知らない間に、居なくなってる。罪作りな人だと思う。

一人での食事を終えると、松原の分の食事をラップを掛けて冷蔵庫に保存しておいた。
入浴して、心のもやもやが少しだけ軽くなる。バスオイルも、自由に使ってと言われている。
さらのお湯に数的オイルを垂らすと、お湯が柔らかくなって、広がる香りに深呼吸した。
全くの他人であるけども、昔々は主従関係にあったのは確かだった。
(うちでも、調べてもらったらしい)
前に数か月ルームシェアをした時は、相手が何度も彼女を連れ込むのでかなり困っていた。
結局は、寮内にバレてしまい退寮する事になったのだが。
松原は、ある程度までしか自分の手の内を見せない事は分かった。

「これ以上は、近づかないから…安心しろよ。」
なのに、どうしてさっきは頭を撫でてきたりするんだろう。
まさか、主従関係ってのをまだ引きずってるとしたら?あまりにも
時代錯誤と言うか。それとも、事務所で、そういう設定でとか
松原に、伝えてあるのか。
考えてもキリがない。今日は少し疲れた。もう、寝る支度をして
ベットに入ろう。

俺は、梯子を上ってブランケットを被り消灯した。

体も疲れていたらしく、すぐに寝入ってしまう。
しばらくして、夢の世界に落とされた。
…現代ではなさそうな?お城の中で俺は仕えるべき主が在って
いつも、何度も主は俺の名前を呼ぶのだ。

いすか、いすかは何処に行った。

俺はいつも主に探されて、そして何より主に名前を呼ばれる事が
大好きだったんだ。

『いすか…お休み。』

俺は、眠っていて気が付かなかった。
日付が変わる頃、松原が帰宅して俺の寝顔をのぞきに来ていた事を。

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