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白い世界の黒い奈落(彩斗視点)

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夢を見る事は、始まりに過ぎない。
僕は、夢の世界で生きて行く。誰の心にも、いつかきっと
優しく照らす光が注がれると信じてる。

僕の世界には、何かがいつも足りない。
真っ白い世界で見続ける白昼夢は、時々僕の精神を密かに
侵してくる。

笑顔で居れば、どんな時にも前を向ける気がした。
光は人を優しく抱き締めてくれる。
影なんて、いらない。僕の夢を叶える為に、払った犠牲。
忘れるんじゃなくて、昇華させるんだ。

全てを糧にしてしまおう。

高校生の僕は、所属事務所からある時「アイドルグループのメンバーとして、成瀬君を、と考えている」
と言われて、単純に嬉しかった。
ただ、その頃は、他にもいるであろうメンバーの事が明かされる事なく
僕は、どことなく不安だった。
候補として、上がっている他の誰かを気にしながら
日中は高校に通いながら、放課後にはレッスンに向かうだけの日々。
報われる日が来るのだろうか?

大人の言う事を素直にすべて、鵜呑みに出来るほど僕は心の
綺麗な人間ではない。
漠然と、個人で活動するよりもアイドルグループに所属できるなら
自分にとってもいい刺激になる。
最初は、とても打算的な考えで僕は2人目のメンバーと出会い
頭を殴られたような衝撃を受ける事になる。

信野 智彰。
彼は、智彰は僕にとっては、脅威だった。
端正な顔立ちに、高身長。寡黙そうで、雰囲気のある同世代。
しかも、有名なピアノコンクールで何度も受賞しており
海外にも名を知られ始めたというのに…それらを全て無かった事にして
アイドルの道を選んだという。

元々、うちの事務所には在籍していたけど、ピアノとの両立が怪しくなっていたのも
きっかけに。有望なピアニストである事を本人が望まなかった背景を
僕は、何となく頭では理解できた。
寮にやって来た智彰は、何かから解放された様に自由で
のびのびとしていた。

智彰は、真っすぐで想いの深い性格をしていた。
思った以上に僕に心を許してくれて、仲良くなるのに時間はそう掛からなかった。
同じ空間で、学年的には1つしか違わない智彰と過ごすのは
単純に楽しかった。
学校にも、何人かは友人はいるけど。智彰は、やっぱり誰よりも特別だった。
彼の抱える心の闇を、時々僕は一緒になってのぞき込んでみる。
怖い程に、底なしで…僕は、一度でも見てしまった事を後悔しそうになる。

心の昏さがあっても、いや…あるからなのか?
智彰は、優しかったし、人間味にあふれていて
僕よりも、強くて頼りになる事を予見させた。

未熟な心で、彼に近寄り、触れてしまった事で
僕はいつしか智彰を想い始める様になっていた。
あの手に触れられたくて、名前を呼ばれるだけで胸が高鳴る。
視線が合えば、眩しくて。恥ずかしさと共に嬉しさがこみ上げてくる。
もっと、智彰の傍に居たい。
智彰を、抱き締めたい。
守りたいとさえ想い始める僕は、もう誰にも止められなくなっていた。

智彰の目を盗んで、密かに自分を慰める夜が何度かあったけど
虚しさと、罪悪感がつのるだけで何も満たされることも無く
智彰ならば、と考えてしまう己の内の歪みに
嫌気がさす事もあった。
部屋に帰れば、すぐ近くにある智彰の存在が愛おしくて
恋しい。
でもまさか、智彰に僕は体を触られる事や
そういった視線で見られる事になるなんて思いもしなかった。
この年代特有の気の迷いなのかと思って、僕もあまり強くは彼を
責められずにいた。
何より、関係性が壊れたり、変化してしまう事を恐れたせいだ。

距離感に悩んだり、智彰は数か月、実家に帰ってしまったりもあって
僕の想いは、より一層深みを増していった。
誰よりも、智彰と居る事を望んで、互いを気遣い、思い遣りながら
過ごした年月は、とても大切な何かに変化していく。
智彰が、高校を卒業してから、間もなくMellow.はデビューした。
4人で作り上げてく世界に、一体どれだけの人が心を動かされるかは未知数で。
いつだって、精一杯、全力で外の世界と繋がっていこう。

と、僕は、希望に燃えていた。

心強い味方は、確かに世の中には沢山いてくれた。
でも、思った以上に厳しい意見を持つ人や批判する人の多さに
僕は、心が折れてしまったのだ。

僕は、もっと自分は強い人間だと思っていた。
自分を見誤っていたらしい。
発端は、とあるネットの配信番組に出演した時の事だ。
今の僕は、この時の出来事を冷静に見つめることが出来る。

順風満帆まではいかないけど、当時の僕らは着実にファンも増えて行っている
成長期だったと言えるだろう。
本当に恵まれていた。
けど、些細な事から僕のSNSには誹謗中傷の書き込みが急増してしまい
身に覚えのないなりすましの僕の偽アカウントが、モデルの千紘さんの
動画コメント欄に書き込みをしだしたらしくて、
茫然としていた。事務所は動いてくれたけど、僕のSNSから発信しない事を
約束させられた。
しばらくして、出演した配信番組で、写真の間違いなどがお詫び訂正として
流れたらしい。

僕は、渦中の人のはずなのに見に覚えのない事ばかりが広がっていく世界に
心をゆっくりと閉ざしていった。

僕の言葉は、もうきっと届かない。

諦めかけていた。
活動は智彰の方も、もう一組のメンバーも続けてくれたけど
僕は、心が上向かない日が多くて、事務所からの配慮もあり
しばらく休業する事になった。
両親は、実家に帰って来いと何度も言ってくれたけど。
僕は、まだ辞めた訳じゃないから。と伝えて、智彰と一緒に居たい事を
両親に言って、何とか分かってもらえた。

『彩斗、お前…入院したことになってる』
智彰はネットのニュースを見てため息をついた。
本当の事は、どこにあるんだろう?
僕にも、もはや分からなかった。

智彰は、決して僕を責めないし、急かさずに僕の休業中はなるべく
傍に居てくれた。
すっかり大人になった背中に、僕はきっと守られているんだと思うと
胸が、切なくなって少し苦しい。
「もう、お好きにどうぞ…ってね。」
『元気そうじゃん。』
「元気になる為の、お休みだからね。転んでもただでは起きないよ。」
『ファンの間では、彩斗はお姫様扱いだからな…、今頃あーや(彩斗の愛称)は、
心を痛めて…って、心配されてるだろうに。』
「そんなんじゃ、アイドル戦国時代を生き抜けないからね。」
『ながーいお休み、お前は何して過ごす気なのか聞いてみたい』
僕はベットの中で、リビングにいる智彰をチラッと見つめる。

「長く…して、大丈夫かな?僕の事、忘れちゃわない?」
『ま、最長3か月で良いんじゃないのか?でも、俺が時々、彩斗の報告する係だからな。』
「ありがとう。…迷惑かけちゃってごめんね」
『彩斗は、とばっちり受けただけだろ?千紘さんは、俺らを…どう思ったのかは全然分からないけどな』
「千紘さんは、あんまりSNSに深入りしないタイプだからね。大人だよ。」
智彰が、ペットボトルの水を持って来て
『夕方まで寝ろって。さっきの頭痛は治ったのか?』
「寝たら、時間がもったいないよ。」
『療養だろ?寝るのも仕事だと思え』
体を起こして、ベットのフレームにある頭痛薬を水で飲んだ。

智彰の手が、おでことか頬っぺたを触る。
冷たい手…。でも気持ちがいい。
「使い物にならない僕を、側においてくれてありがとう」
智彰は、苦く笑ってキスをし
『使い物にならないから、側に置くんだよ。余計にな。』
「…ぁ…、」
気恥ずかしさで、頬を押さえる僕の髪を撫でた。

『俺が、また明るい方に彩斗を連れ出してやるから…今は休んでおけ。』
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