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こころ、ほどける時

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隣に、彩斗がいる事に慣れて早半年。進路を見据えた選択をする時期に来ているらしく
ここの所、彩斗は思い悩む事が増えている。
事務所からの仕事も数は増えてきているのに、何をそんなに考えているのか分からない。
まだ正式なデビューまでには、1年半もある。

家に籠りがちな彩斗を、外に連れ出すきっかけが欲しくて
「たまには、外に出かけないか?」
と誘うと
『…智彰には、まだまだ教える事がありそうだね。いいよ。』
不穏な返事と共に返事を貰うと、服を物色する彩斗を後ろで見ていた。

心なしか、楽しそう?嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。
「もしかして、これ…デートだとか思ってる?」
『ぇ…。違うの?』
彩斗は手を止めて、こちらを振り返った。
実際、俺と彩斗の関係性はかなり微妙だった。
「違わない、けど…そう思われると急に緊張してくる。」
正直に伝えると、彩斗は朗らかに笑ってくれた。
『僕も、…でも迷ったり悩んだりするのは、良く思われたい証拠なのかもね。』

今日は、一日レッスンも無い。意図的に空いた日があるのは
ルームメイトとどう、過ごすのかを考えさせられる時でもある。
全ては、自分の選択次第で、この後の事が変化していく。

『その内、改まる場所や機会があったら智彰には、和装の着方を教えてあげるよ。』
「和装…、着物って子供の時以来かな。七五三だから、」
『五歳の時かな?』
「そうだ。」
『家、昔は呉服屋さんだったんだ。今は違うけど…。』
「呉服屋さんって、見た事あんまりないかも…」
『今じゃ、ネットで買えるからね。』
「彩斗は、もしまだ呉服屋が続いてたら継ぎたかったんじゃないのか?」
『意地悪な話だよね、選ばなかった方の未来は見えないんだから。』

出掛ける支度が整うと、部屋に鍵を掛けて階下に行き
ロビーを通って玄関へ出る。
ホテルみたいなつくりの寮だと、暮らす前には思った。
外部からのお客さんが出入りする為、応接間に近い部屋も用意されていて
自分には直接、関係は無いだろうけど改めて設備の多さには
感心するばかりだった。

秋も深まりかけた高い空に漂う羊雲。
日差しがまだ暖かく、風が少し冷たさを含む季節。
意識して、2人で外に出かけた事は今までなかったから
傍に彩斗がいて、何の目的も無く帰るところも同じなのに
不思議な気分だった。
私服の彩斗は、シャツに、グレンチェックのボトムを履いていて
靴はローファーで。
「海外の学生さんみたい…」
『あれ?そういえば、智彰って留学してなかった?』
駅で電車の待ち時間を過ごしながら交わす会話が、いつもは
違うホームだからできないのに、今日は同じホームにいる事でできている。
俺は、これだけでも嬉しい。
「留学、は…親がしろってうるさかったけど。もう、俺はピアノ止めたし。コンクールでなら、
海外は何度か行ったけど。」

『ピアニスト…智彰なら簡単にイメージできるよ。だって、すごく似合うから。』
「自分の将来は、自分で決めたくて。家を出て来た。」
『立派だよ、僕は…自分に何か出来る気もしない。智彰は、まだ時間がある。だから、焦っちゃだめだよ。』
彩斗は、電光掲示板を見ながら、髪を耳に掛けて静かに微笑んだ。
やっぱり、元気がなさそうだ。
彩斗には、まるで時間が無いような言い方が引っ掛かる。
急に、彩斗の事を遠くに感じてしまい俺は彩斗の手をきゅっと握った。

『…!』
「俺には、言えない事もあるだろうけど…話を聞くくらいしか出来ないけど。もう少し、頼って欲しい。」
これが今の自分に言える、精一杯だった。
彩斗の冷たい指先は、きっと緊張のせいだろう。
瞳が、少し開いた気がして手を緩める。
『びっくりした。…うん、ありがとう。その内、話すかもしれない。』
「今日くらいは、心を空にして楽しめたらいいなって」
『時々、そうやって智彰は大人っぽくなるんだから…。』
「日々、変わっていくものだろう?人も…。まぁ、中には変わりそうにない人もいるけど。」

その日は、彩斗が気になっている映画を見て外食をして、公園を一緒に歩いた。
ほぼデートと言える内容だったのは間違いないだろう。
こんなにも親密に、誰かと長時間過ごした事が今までなかった。
いつも、ピアノの鍵盤を見つめてるかプールの中で
誰かを前にする事が少なかった、今までの生活の寂しさを思い出させる。

彩斗の人となりを知ることが、面映ゆい。
出来る事ならこの先をずっと…と考えてしまうのに。
彩斗の思い悩む事には、俺ではきっと何もできない。
誰もが、きっと通る道なんだろうけど。
まさかルームメイトの事を好きになってしまうとは、思いもしなかったし
今の生活にほとんど不満もない。
後のメンバー2人が加われば、どうなるかは分からない。

帰りの電車内で、窓に映る彩斗と間接的に目が合った。
ハッとした表情の後にすぐ、笑顔を見せられて
俺は、余計に不安になっていく。
いつでも、笑顔で居なければいけないなんて…残酷な事だ。
アイドルであれば、きっとそんな風に思っているんだろうけど。

部屋に帰って来ると、無意識に安堵していた。
多分、彩斗も俺と変わらないだろう。
いつもの様に、先にシャワーを浴びに行く彩斗の背中を見送ってから
リビングのテーブルに、小さな箱を置いておく。
喜ぶのかは、分からないけど。
多分、好きかな?と思って選んだもの。
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