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失われた言の葉(完結編)

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聞きたい、その聲を。

優しく触れるような言霊が

封じ込められた。


大和、お前の聲が聞けない

と…こんなにも胸が軋むのか。

近くにいて、感じる微かな

温もりに加えて

控えめな優しい聲が

好きだった。


志摩と伊吹に、蛍の実家の弟を影であやつろうとしている輩を、討つ。

という話に対しては

承諾した。


これで、やっと大和の聲が聞けるのではないかと

考えていた矢先に

大和は、蛍を呼び出した。

解決するまでは、大和のそばにいて色々と手伝いをしていた蛍だった。


「どうかしたか?」

居間に二人は落ち着いて

座る。

大和は、紙に綺麗な字で

サラサラと書き始めた。

『……』

「志摩は、その首謀者を討つと聞きましたが…?って。そりゃあそうだ。でも呪いを解いてからでないと無意味だからな。」


こくん、と大和が、頷く。

そうだ。くれぐれも

先に手を出してしまっては

危険だからな。


「大丈夫だよ。志摩にしても伊吹にしても一流な忍者だから。信じて…待ってよう。そりゃあさ、不安だろうけど。」


筆を走らせる手を止めて

大和は蛍を見つめた。


ゆっくりと大和は

目をつむる。

「怖くない。お前は俺が必ず守るからだ。」


蛍は、身を少し乗り出して

唇を重ねた。


『……。』


「治ったら、まず、最初に俺を呼んで欲しい。」


ほんのり紅く染まった大和の頬。

言わなくても、きっと

大和だったらそうしてくれるはずだ。






『ごめん。』

大和が、本殿に行っていて家の留守を任されていた

蛍を訪ねて来たのは

志摩だった。


「…よぉ、済んだのか?」

まだ分からないが、

志摩の表情は固かった。


『それが…、な?俺と伊吹が向かった頃には奴はもう自害してたんだよ。多分、予知能力があったんだな。能力としては、本物だ。気取られたなんて…恥だよ。すまん。』


目の前が真っ暗になった。

希望が絶たれた、

大和…もう二度とあの聲を

聞けないかもしれないだなんて。

信じたくない。


「そうか…、志摩と伊吹で駄目だったんなら本当に相手は………。」

『面目ない。』

「…ありがとう、後は俺がなんとかする。元はと言えば、俺のせいなんだからな。」


何かの手がかりになれば、と志摩は奴の遺髪を

包んだ物を蛍に手渡した。


『信じてる。蛍なら、大和を救えるって。』


「…あぁ、もちろん。」






本殿で掃除をしていた大和は、ふと御本尊に視線を向ける。

『⁈』

それは、まるで泣いているように見えた。

柔らかな頬を涙が伝うように。

大和は、その場に立ち尽くしていた。


労わりの心からか、何からかは分からなかったが

心につかえていた

物が取れた気がした。


「大和!」

家と渡り廊下で繋がっている本殿。

何かあったのか、蛍が

大和に詰め寄る。


『…?』

「お前…、」

蛍は、大和の濡れた頬を指先で触れる。

「泣いてたのか?」


『…、』

それは、無意識に零れていた涙だった。

「信じたくない話だけど…話さないといけないよな。」


『…。』

静かに蛍が、大和を抱きすくめる。


「俺は、どんな事してでも…呪いを解く。」


瞳には、胸に宿る熱い想いを映す力があるのかもしれない。

ふと、冷静になって大和は

蛍を見ていた。


すっ、と

蛍の手をとり


一緒に地獄に来て下さい。


それだけ、掌に書いた。

「なんでまた、地獄に…?あ、そうか。そういう事か。」


死した魂の流れ着く先を考えれば…人に呪いをかけるような輩がいるだろう

地獄に向かうのが一番早かった。


そうなれば、支度を済ませて早くこの厄介な呪いを

閻魔を通じて解いて貰わなければ。


大和は、錫杖を携え

蛍と手を取り合って

地獄へと消えた。


「…臭い。」


『我慢して下さい。よくない気が満ちると、どうしても臭くなります。』


ゆらゆら、赤い花が沢山咲いている。


ここは、何度か来た事がある。門をくぐれば

確かに閻魔がいた。

端正な顔立ちで、燃えるように赤い髪。

人間の姿をしていた。


ギギギギ…と

重い音を立てて門が

勝手に開いた。

『また…面倒なのが来たか。』


やれやれ、と閻魔は

席を立ち二人に歩み寄る。


「よぉ、久しぶりだな。」

『⁉︎馬鹿、お黙りなさい!』


あっけらかんとした蛍の挨拶に、慌てて制する大和。


『ははっ、蛍。お前は邪念が全く無いな。子供みたいな心だ。それにしても、また厄介事を持って来て…。では一度返して貰うぞ?大和。』


返して貰う?

意味がわからなかった。

「返す?」

『そうだ、気がつかなかったか?こっちに来てから大和は話が出来てただろ?』


そういえば…。


「自然すぎて、分からなかった。」

『僕…も。』

『ここに来たら、一度全て身体の状態が全快する。それは、俺が、いわば失ったものを貸すようなものだ。でなければ、地獄は耐えられない。いや、貸しても…耐えられないかもな。』


「だから、聲を?」

『俺の声は、喉からではなくて心からの直接の思いだから。嘘が付けない。』


何度来ても、相変わらず不思議な世界だ。

人智を越えている。


「じゃあ、説明もいらなさそうだな。大和を…治してやって下さい。」

『…大和。』


『はい。』


『お前は、やっと少し幸せに近付いたのかもしれないな。』


「?」


事情を悟った閻魔が、流れ着いた魂の一つを呼び寄せ

呪いの解き方を聞き出している。


『円を外して、星を逆になぞる。』

確認するように、閻魔が

大和に近付く。

そして、着物の合わせを

大きく開く。


「⁉︎」

『蛍、我慢して下さい!』


想い人が、自分の目の前で

あんな風にされるなんて。

閻魔じゃなかったら

斬り捨てている所だった。


「…っ。」


『くすぐったいです。』

実に異様な光景だった。

上背のある閻魔が、屈んで

大和の胸元で何かをしている。


「で、終わったか?」

少し離れた所で見ていた蛍が大和の様子を窺う。


『今、終わった。気を付けろ。意識が絶たれている。』


ぐらっ、と大和は

膝から崩れ落ちた。

「戻る、よな?」

『当たり前だ。…このまま送ってやろう。ではな。』


「ありがとう、必ず恩は返す。」







目を覚ます。

太い梁が見える。

あぁ、そうか。確か、自分は蛍と共に地獄に行っていたんだった。


「やっと、目ぇ覚ましたか。良かった。」

いつもの、温かみのある声は蛍。

身体が、何だか軽くなった気がした。


『蛍…。』

「大和、やっと聞けた。お前の聲。しばらくぶりだ。」

節っぽい蛍の指で

髪をかき上げられる。


『…やっと、僕の声が貴方に届く。良かった、本当に

。』


大和は、表には出さなかったが

やはり蛍は傍に居てくれたが、どうにも上手く気持ちを伝えられなくて

何度となく、気落ちをしていた。


それは、どちらのせいでも無かっただけに

余計に気持ちのやり場に困っていた。


晴れて、今こうしてまた

声が出るようになったのなら…。


『貴方といると、本当に退屈しませんね。』


「?ぁ、嫌味か」

『まさか。でも、こうやってまた一つ困難を乗り越えられた。閻魔が言いましたように…僕は今少しずつ幸せに近付こうとしていると、自覚していますよ。だって、何があっても貴方は僕を諦めない。信じてくれている。嬉しかったです。』


「…当たり前だ。俺は、俺の大切な者を守れなきゃ俺じゃないと思ってる。だから、何があっても諦めない。それが、俺を守るためでもある。」


最もらしい蛍の言葉に

大和が眩しそうに目を細める。


『そうです。僕は、貴方のそういう誇り高い性格が好きです。なのに、僕には案外優しい所とか。』


くすくす笑っていると

頬を抓まれ

「お前はいつも巻き込まれて、酷い目にあっても…最後には笑ってる。大した奴だよ。本当、俺に相応しいような肝の太い奴だ。」


『伊達に、長生きしてませんよ。』


ふっ、と笑みを消して

大和が蛍へと手を伸ばす。


「…。」


寝台の端に座っていた

蛍と、唇が重なる。
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