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救いの手

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いまだかつて、まさか

こんな風に手を掛けられようとは思いもしなかった。


僕の身体は、二度

死を迎えた事になる。


もちろん、事故だった。

だけど

「このまま…天に召される道もあるのだが。どうする?」

葵さんの言葉が死した身体にも聞こえた。

『そんな…。僕はまだ生きたいのです。彼と、共に。』


二度身体と魂が剥がされた僕は、確かにボロボロで。


蛍が地獄から戻るまでの間

ずっと待っていた。

蛍…早く。


生きた魂は、蛍を求めていた。

必ず、朽ちる前に

僕の目の前に彼は現れるだろう。


地獄と現世を繋ぐ道は、

皆が知らないだけで

いくつか存在している。


妖刀は、葵さんに回収されてしまった。


さぁ、どんな顔をして帰って来ますか?


板間に置かれた手鏡にヒビが入る。

「ほう、帰って来たか。」

よく、見ると手には何も持っておらず。


『約束のものがありません…そんな。』

「案ずるな、あれは偽りの花を言ったのだ。そして、それは閻魔にもバレている。さぁ、どう出る?」


フラフラとした足取りで、蛍は大和の冷たい身体の側に座る。そして、慈しむように大和の手を取り

自分の頬へと寄せた。


…息を呑むようなどこか

神聖に見える光景。

蛍には、今

葵さんの存在は気にならないみたいで。


魂だけになった自分でも

気恥ずかしくなる程です。


『⁈』


そっと、そのまま

僕の手を取ったまま

蛍は、僕に口づけた。


「…あの幻が見えたか。答えは、あの中の大和が持って居た。まさか、信ずるとは。蛍が、信じて言われるままに口づけをした時に息を吹き返すように…術を掛けていた。」


くっくっ、と楽しそうに笑う葵さんを蛍は一瞥している。


わぁ…っ!

引き込まれる!


体がまた、魂と一つになる瞬間が、来た。


『!いたたた…っ』

顔を上げて冷静に僕を見ている蛍が

後退りする。


ヒュッ、と竹筒水筒を葵さんが、投げて

蛍が、後ろも見ずにそれを

手で受けた。


「致命傷痕にかけてやれ。綺麗に塞がる。」


音を立て、栓を外し

ゆっくりと左胸に霊水をかける。染み入るように霊水は傷を塞いでいく。

『…蛍?』


「さてと、私はそろそろ帰る。お前ら…仲睦まじくするんだな。」

割れた手鏡を拾い上げ、葵さんは

また突然姿を消した。


『蛍…どうして、僕に』


聞きたいけど、なかなか聞き辛い内容なだけに。


「幻か夢現みたいな物を見せられて…そこでは大和が当たり前に生きていた。どうしても。叶えて欲しい願いがあると言うから…聞いてみたんだ。そしたら、口づけをして欲しいと言われた。かなり驚いたけど…何かある気がしたから、気恥ずかしくて辛かったけどな、させて貰った。」


『ありがとう…僕を信じてくれたんだ』


「あんな風にせがむ大和を見て…しない方が無理だったよ。」


ゆっくりと身体を起こすのを、蛍が手伝ってくれる。

『…んっ!』


身体のあちこちが痛かった。切り傷はさほど無く、

打ち付けた箇所が

膝なども蒼くなっている。


「あまり無理するな?」

労わる蛍が、僕の着物を脱がせにかかった。

寝所の寝間着を取りに行ってから、身体を拭かれて

着替えさせられた。


「傷が癒えれば、またゆっくりと風呂に入ればいい。」


言われるままに頷くと身体を抱き上げられた。


『!なっ、危ない』

落ちないようにしがみ付く。そして、そのまま寝所へと連れて行かれた。


疲れ果てた体は、その後数日間眠り続けたらしい。


体が、なんだか泥みたいに重い。

そんな中でも、蛍はぼくにつきっきりだったらしく

嬉しくて顔が自然と笑顔になる。


『…蛍、ありがとう。なんだかようやく、全身に血が巡り始めたみたいだよ。塞がったのを感じる。』


「俺…なんとなく、あの葵が、言ってた言葉の意味が理解できた。」


布団から手を伸ばし、

蛍の手を取る。

『そうみたいですね…聞かせてください。』


「どうして…大和が人間に戻ったか。俺だから、大和は死んでしまった。他の人には殺されないんだよな?特別な、相手に殺されると死んでしまうんだ。」


おずおずと握り返してくる手は、確かに温かい。


そして、大きい。


『そう。不思議な話ですが…神格を得て不死に近づきはしますが、愛する人に殺されたりすると何故か人間としてしんでしまうのです。そして、そこに、憎悪があれば僕は無間地獄に落とされていました。今回は、妖刀に操られていたから、除外ですが。貴方の心に僕が確かに居たから…また生きられた、と言う事です。』


なんと、幸せな事なのか。

蛍の心に触れられて…


「そういう風に聞くと、何か恥ずかしいけど…でもお前の気持ちも確かめずに浮かれて居たくない。」


言わないと、きっと

彼には伝わらないかもしれない。


『僕は、貴方の事をこれからも1番近くで見ていたい。僕と、永遠を生きて欲しいです。』


恥も外聞も無い。

本当に伝えたい事は

至ってシンプルです。


言い終えると、繋ぎあった手の中が光り始めた。


『⁈』

「何だ…?これ」


光は優しく輝きながら

蓮の花の形に変化して、中空に開いていく。


そして、何処からとも無く

『けれど…その光に触れれば、お前に神格が備わる。俺のやり方は葵のとは違って一度死ななくても、今の肉体になったままで神格が加わる。お前の潜在能力も少し上がるだろう。稀に、体が拒絶反応を示す場合もあるから…今ここで守護職になるのであれば、そういった事態に備えられる。』


声は、閻魔大王らしく

蛍はジッと聞き入っている。


『蛍…?決めてください。ただし、守護職に就くと人間には戻れません。よく、考えて。』


でも、貴方なら…

きっと。


「乗りかかった船だ。後悔はしない、俺が望むから。」


まさか、


そんなすんなりと?


…なんて、貴方らしい

言葉だろう。


本当、人間で終えるには勿体無いと思っていた。


自信に満ちた表情で

蛍は、光の蓮を手に受けた。


『言わば当然の事だろう。此方から神格を授けるなど滅多に無い話だ。どこまでも純粋に力を求め、大和までを手にかけてしまったお前は…どのようにして変わり、道を示す?見ものだな。警戒心を鍛え、戦いには向かない大和を次は守れるようになれ。お前が道を再度誤れば…その時は、覚悟しておけ。』


初めて、感じる畏怖に

蛍の額に汗が滲んでいる。


光は、散り散りになり

蛍の体内に入っていく。


「…蛍、大丈夫ですか?」


心配になって、蛍へと

手を伸ばす。



『しっかり、励め…蛍。』


それで閻魔大王の声はしなくなった。


「特に…体の変化は無いな。」

『そうですか、良かった。時々神格を得る際に前世が干渉してしまう事例もあるので…。性別が変わってしまったり。でも、それは1番万全の状態の姿に変えられるという意味らしく、蛍は蛍の姿で守護職を務めなさいという意味です。』


手をとられ、

「ずっと…大和を守る。」

抱きしめられる。


『っ…ちょっと、苦しいですっ…』

はぁ…、と息を継いで

蛍を見つめる。


「やっと…同じになれたんだ。俺は、1人死んでいく身だと思っていた。大和を残して死にたくなかったんだ。」


蛍…そんな風に

思ってくれていたなんて、

僕は自分だけが貴方を強く想っているのでは無いかと不安になる時期があったのです。

『願っては、いけないと思いながらも…ごめんなさい。しかし蛍の家族とは、いずれ…』


「そうなるのも、分かってた。今から家族からは、離れて暮らさないと…。」


後ろ向きでは無い蛍だが

色んな人を見送り続ける毎日に…耐えられるだろうか?

『嫌な言い方をしますが…僕や蛍は、旅立つ方を見送る側になる訳です。最初は、かなり辛いと思います。でも、その一面ばかりに目を向けず、また1日1日と産まれ来る命がある事も気づきます。人の生き死にに関わる事にはなりませんが、見守りましょう。愛すべき我が地の生命を。』


貴方なら、きっと

大丈夫。

強くて優しい蛍なら。


「…具体的には、俺は何をしたらいいんだ?」


『こうしなさい、とかああしなさいという事はありません。一応神ですし、でも他の守護者でも畑仕事をしたり、商人になっていたり、はたまた武士、忍者などもいますから。ご自由にされていいですよ。蛍は蛍なのです。ちょっと神ですけど。』


「ふーん…じゃあ、俺は家族作る。で、働く。」


家族を作る?

僕のさっきの説明が、足りなかったのかな。


『あの、家族は良い事ですが…辛くありませんか?いつかは、蛍と離れてしまうのですよ?』


意味がわからない、という表情で蛍が怪訝そうに僕を見た。


「?お前、大和は…家族になれないのか。」


『はっ?』

「いや、だから…大和と住めばいいかなぁと。」


えぇ⁉︎

な、何で僕の名前がそこで出るのか。


『僕ですか?』

「家出るから、一緒に住むぞ。」

『それは…厳しいです。まだ貴方は守護者になったばかりですし、しばらくは貴方の地を護らないと。地が貴方と融和するまでは離れない方がいいです。お言葉は、ありがたいのですが。』


地を離れて他で暮らすリスクは、神格を得たばかりだとかなり高い。

最初が肝心なだけに…。


まずは、地にいる

何体もの神々に認められなくては、融和など叶わぬ夢だから。


「そうなのか…じゃあ、しばらくは無理そうだな。俺、早く認めて貰えるように頑張る。」


人格を問われ、

神力を試される。

基本、器では無いという者が神格を与えられる訳も無いから、比較的すんなりと

蛍も認められるだろう。


『はい、僕もそう祈っています。』


早く、また自信に満ちた貴方に

一緒に住もうと言われたい。


「でも、俺は…大和を一回殺したよな?それで守護者っても、ピンと来なくないか?」


…閉口、したくなるような

珍しく後ろ向きな蛍の発言です。


『大丈夫、だって貴方は閻魔大王の御墨付きですよ?あと、葵さんからもです。』


いつにない、弱気な蛍が

なんだか愛しくて。


「…大和。」

『それに、神格を得れるだけの器が無いと守護者にはなれません。僕のきっかけで、見出されたのでしょう?蛍は、人の幸せを願う心を持っています。僕は、それだけでも充分だと思うのです。見えない想いこそが大切。』


「…。そんなに、励まされたらな。分かった。とりあえず自分なりにやってみる。なんとか、先が見えて来たらまた…迎えに来る。」


蛍。

やっぱり貴方は

僕の思う以上に…。


『はい。待ってます。ずっと…貴方なら、すぐに来てくれると信じてます。』


蛍が、地と融和するまで

しばらくの別れ。


僕の生きる、途轍も無く

長い時間、

その中の

ごく僅かな期間だけだ。


それでも、少しは

寂しさを感じる。


「ありがとうな。俺に…生きる理由をくれて。じゃなきゃ俺は、妖刀にとり殺されてた。」

すっ、と立ち上がり部屋を出て行こうとする

蛍の背中を見つめる。


『そんな…僕こそ、まさに人間に戻ってしまう程の深い想いで手に掛けられた事、嬉しかったです。おかしな話ですが…貴方に憎まれて殺されたら僕は無間地獄行きでしたから。』


「怖…。危ない橋渡らせてたんだな、悪かった。」


けど、あれが無ければ

蛍だって、

僕に見送られる命の

一つに過ぎなかった。


偶然だったのか?


それとも、蛍の運命は

こうあるべきだったのか。


どちらにしても、

今だけは

彼の背中を見送ろう。


また、逢える日を信じて。
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