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過去の岐路

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俺は自分の都合で、アイドルへの道を絶ち
後悔だけはしなかった。
家の方が落ち着いてからは、大学受験をして
もう一度自分の生きて行く道を
見つめてみる事にした。

少し遅れてからのスタートではあったけれど、
勉強さえしていれば、何となく
気は紛れていたのは事実だ。

量子力学などを考えていると
時間なんて溶ける様に費やせてしまう。
いつしか、のめり込む様に
研究にばかり時間を割いていた。

そんな中、俺は再び竹本いすかという
存在を強烈にフラッシュバックした
事があった。
たまたま聞いた、深夜のラジオに
パーソナリティとして
いすかが話しているのを
聞いていたんだ。

タクシーに乗って家に帰る途中だった。

日々に追われていて、一時は
夢を共にしようとした相手をまさか、
忘れていたなんて。

ショックだった。

その日以来、いすかが所属している
グループのファンクラブに入会したり
曲を聴き漁ったりし始めた。

気取らない、でもアイドルとしての
愛嬌や求心力もある不思議な魅力に
簡単に虜になっていた。

勉強だけにほとんど使っていた頭が、
途中からいすか一色になった。

外見、声、性格、どれをとっても
狙ってなさ過ぎて全く媚びない
少しマイペースなアイドル。
アイドルである事が、もはや自然体に
感じるんだ。


隣を見てみれば、俺に散々鳴かされて
疲れ果てて熟睡している。
見かけによらず、結構タフと言うか。
家でもダンスレッスンとかはまだ
続けてるらしい。

見せてはくれないが。

いつまた、アイドルに戻っても
良いようにと言う事なら
あまりにも、意地らしいだろう。

寝顔のあどけなさに、少しだけ
罪悪感を感じる。
涙の伝った痕を見てしまえば、
いすかの抱える寂しさや不安を
どうしても、思ってしまう。

今、そばに居るのが過去の俺じゃなくて
悪いな…なんて言いはしないが。

悪いな、俺も結構前からこの
竹本いすかを想っていたんだ。

「もっとお前は、これからも綺麗に成長してくんだ。」
この世界の竹本いすかの魅力は、
21歳のいすかとは、比べものにならない。
憂いを帯びた優しい瞳に
抜群の歌唱力にダンス。

でも、行方不明になってはいるが
俺には一つの仮説があった。

これは、勤め先にも関わるから
まだ誰にも言えないが。


いすかの唇を、そっと指先で静かに
なぞると
『ん~っ……、』
むず痒がって、思わず笑ってしまう。

寝る前に、いすかは俺に聞いて来た。
『結婚、しなかったの?』
と、随分直球に。

俺は、真面目に
「俺が愛してるのは、いすかだけだから。」
と言うと、両手で顔を押さえて
目を細めて笑っていた。

『ねぇ、どうして…そんな。俺、嬉しくって泣いちゃいそうだよ。』

なんて言うから、
もう1R増えてしまったのは
言うまでもない。

「お前が俺を好きなのは、そう言うDNAでも入ってるんじゃないのか?」
『……そうかも。ご先祖様は、松原家に仕えてたし。』

ちなみに、いすかの先祖を守る為に
こっちの先祖は命を投げ打っている。
理解できる気がする、
今の俺でもきっと同じ事をするだろうから。

本能的に、いすかを守りたいと感じてる。
これには逆らえないと解る。

絶対に手放したく無い相手だ。

『ごめんね、俺…やっぱり男だし。若波にウォッチ貰わなかったら、まともに暮らす事も出来てなかったんだよね。』 

「性別なんて今の時代は、関係ない。ただ、いすかさえ良ければ、パートナーとしてとも考えたんだが…今のいすかには、戸籍もない。俺としては、裏で誰かに作って貰ったもので登録するのも、何だか気が引けるんだ。」

『気にしないで、俺はこの生活が嫌だなんて思ってないから。…そだなぁ、外気温が暑い事以外はそんなに気にしないから、ね?』

いすかは、そう言って笑っていたけど
元の世界の事を思うと
心中は複雑だろう。


翌朝、目を覚ましたいすかに
サプリメントを飲ませた。
熱中症を予防する作用があり、
この世界ではごく一般的に流通されている
ビタミンやミネラルなどが含まれた物だ。

何の疑いも無く、いすかは
飲食する姿を見ていると
信頼関係ができている事を感じさせる。

朝食を2人で分担して作っていた。
いすかは部屋着にエプロンを付けている。

「次の休みは、少し出掛けないか?ずっと家の中も退屈だろう。」
バッ、といすかは振り返って俺を見る。

瞳は、いつにも増して爛々としている。

『行く、行く~♡ね、海とかって無理なの?』


海かぁ、行けない事も無いけど。
砂浜の砂で火傷したり、海水温度が
上がってて…おおよそ海水浴を楽しむ
雰囲気にはならないと思う。

サンドイッチを作りながら、その事を
やんわりといすかに伝えると
すっかり意気消沈してしまった。

「あ、でも真夏は止した方が良いだけで、
もう少し季節が落ち着けば…見に行くくらいは」
『真夏に行きたいんだもん。』

そうなんだろうなぁ、とは思うけど。
「ごめんな、こんな未来で…」
『若波が、謝る事じゃないよ。』

いすかは、その後も静かに
朝食を食べていた。

若いいすかには、少し退屈だろうとは思う。
人は慣れてしまえば、その環境の中で
楽しむ事を覚えて行く。
きっと、いすかもその内馴染む事だろう。
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